目をあけて夢をみる話

▲ひとりめ
■ふたりめ
●さんにんめ

※付きの所は、短編の間に差しはさまれる特殊な部分です。表記が特殊ですが、お好きなようにお読みください

■※
目をあけて夢を見ている。
ホームに立つ・つーか、てもちぶさた・あ!・向こうの茂みがむくむくと起き上がる・る・る・るりいろのこえ・えいさ・えいさ・さわさわさわさわ……(フェードアウト)


森が死んでいくのを見ていた。
頭上で枝が揺れては絡み合い、絡み合っては離れ、
離れる拍子に折れてどさっとおちてくる。
管を通る水の音がうるさいくらい生きていたのに、
急に緑を失っておちてくる。
枝が、葉が、寄生する蔦が、きのこが、
柔らかいコケの上にずんずん降り積もった。
死んだ木は灰色の骨になった。
ねたついた潮風が木の骨を吹き抜けてからからと泣いた。
ああ、トドワラだ。
トドワラが目の前に死んでいた。


足の下、ずっと下を、巨大な亀がぐるりぐるりと泳ぎ回っていた。
曲がり角にくるとすっと速くなる。
円なのだからずっと曲がり角なのだけど。
とにかく機械仕掛けみたいにぐるりぐるりと回っていた。
恐ろしいとは思わなかった。
藻の色をした甲羅に触れてみたいと思った。
それでも目を離すと途端に恐ろしくなる。
息継ぎをしに上がっていくとき、
息をした途端に下からがぶりと食われる様な気がして、
水の外へ口を出すなり、あわてて顔を戻して亀を見た。
水面近くから見ると亀は、普通の大ぶりな亀のように、
足というのか、ひれというのか、ばらばらと動かして泳いでいる。
だが、生きているものから受ける感じが、亀にはなかった。


水槽の中の夫を見つめていた。
もうすぐまた餌をやらなくてはいけない。
腹が減ったというのは、夫がぱくぱくとやるのでわかる。
夫をめでる気にはならないが、ぱくぱくは割に可愛らしい。
ぱくぱくとやるしか能がない平凡な夫は、こちらへ横面を見せて泳いでいる。
角のガラスにぶち当たってこっちを向いた。
手を振ってやると、ぱくぱくとやる。
面白がって放っておくと、ぱくぱくやりながら変な踊りをする。
そのうちに、段々浮いていって、水面でぽこりと言った。
白い腹を出して死んでいた。覗き込んだら、臭い。
臭い上にぬめぬめするので、面倒になって、
水やら砂やら、水槽の中身をいっぺんに窓の外の植え込みへ捨てた。
夫の上へ砂がかかって湿った墓になった。
新しいのをまた買わなくてはいけない。
空になった水槽を元の場所において、そう思った。
あまり気乗りがしなかった。

●※
わたし/ここ/遠い場所にたっている。いま/ここ/そこ。そこ/しらない。そこ/知らぬ/あなた。底知れぬ/わたし/いまここ。


関ヶ原の小高いところに座って居た。
関ヶ原は、なんだか白い。一面に白い。
茸かしらと思っていたが、見回すと膝元にもひとつあった。
ひょいと取り上げると、ポカッと変な音がして抜け、
土くれがドドドッと落ちた。
見ると白い茶碗である。女を一人養うような飯茶碗であった。
落ちた土くれをほぐしてみると、白く節くれ立った仏さまが出てきた。
つわものが声を枯らし、肉を腐らし、骨を晒した関ヶ原。
一面真っ白に、のど仏のやすらい場になった関ヶ原に、紗のように朝陽が差した。
拝んでみたいような気がした。


阿修羅をいまや彫り上げんとしていた。
目の前の、それはすでに阿修羅であった。
三つの憂いを宿し、三方へ手を伸ばす、女であった。
子の重みを知らない肩へ、まず一刀、
なむあみだ、肩から胸へ、一刀、
なむあみだ、なむあみだ、また一刀、
念仏を刻み込むように、ふくよかな丸みをそぎ落とす。
胸と胴は平たく、腕は細く長く、後れ毛をそり、頬に陰をいれる。
やがて少年ができあがる。
彼は悟りきらないかなしみを母から受け継いでいた。


水の中をゆるゆると進んでいた。
上から大きな弾丸がゆるゆると降ってくる。
一定の間でいくつもいくつも、水面を割って沈んでくる。
水面を割ると言っても水を叩くのではなくて、
靴下をはくように水に入り、銀の泡をまとうのだ。
弾丸は目の前を通り過ぎて、泡をきらきらさせて鯨のように底を目指す。
いま落ちてきたのは、水に入った途端に間抜けな音を立てて弾けた。
蟹か海老かの幼生がたくさん中からあふれ出して、
青白く視界を曇らせた。


一人で下駄を買った。
釣り銭をやたらたくさんもらい、それを全部コブシの中へ握り込んで、
買った下駄をはいて歩いた。
小石を蹴飛ばしたら下駄の歯が欠けた。欠けたと思ったら生えてきた。
飛ばした小石は道ばたへ転がっていき、忘れた頃に後ろから追っかけてきた。
コブシはじゃらじゃら、下駄はからから、小石はのそのそ。
のそのそ、のそのそ。
のそのそがどこまでもついてくるから蹴り飛ばされたいのかと思って振り向くと、
小石はきゃっと言って逃げていった。


棺に爪を立てていた。
棺には覘き窓が無い。蓋に挟まれた花がはみ出していた。
がりがりと黒い表面に爪を立て、中にいる死体のために空気穴を作ろうとしていた。
もうすぐ死んで三日になるはずだった。

▲※
いない人→いる。ないもの→ある。咲いた花=そのまま。琥珀のような記憶。
ふふ。


歯医者へ行ったら、だいぶ悪いですねと言われた。
きっと甘い物と酸い物をとりすぎたせいですから控えて下さいと、
そう言った歯医者は出っ歯だった。
このところ心は落ち着く暇もない。ころころと良くなったり悪くなったりしている。
よいおもいは砂糖のようで、悪いおもいは酸のようで、どちらも歯に悪かった。
歯医者の出っ歯を思い切り笑ったら、さっそく歯が欠けた。


街中で歓声を聞いた。
四方八方に雑踏がひしめいている。ひしひしひしひしひしひし。
音もひしめいている。
ガムを踏んだ舌打ち、イヤホンから漏れるラジオ、早く切りたげな電話の相槌。
その中でたしかに誰かが小さく歓声をあげたのだ。
その源をさがして、スクランブル交差点の真ん中で首を伸ばした。
センターラインの上で、小さな女の子がかまきりの死体をかかげていた。
興奮に頬を赤くして母親を呼ぶ様子を驚くほど無感情に眺めた。
呼ばれてやがてやってくる母親のぞっとした顔が目に浮かぶようだった。


横たわる私のそばを何かいきものが歩いていた。
歩いてきたと思うと耳にぶつかって、何度か当たってからやっと避けて行った。
目が悪いのだろう。歩いてきていちいちぶつかっていく。そのたびに水まんじゅうのような塊が肌に当たった。
湿っていると思った。二匹目が来た。湿っているのではないようだった。
ひたひたと歩いていく。いくつも、いくつも、仏の足音のように。
やがて私の肌も水まんじゅうのように透き通ってひんやりとしてきたように思われる。
歩いてくるいきものは私を避けなくなってきた。
脚へ腕へ苦労してのぼるものがいる。
耳のそばに座ってうごかないものがいる。
目の上に腹を休めているものがいる。
耳元ですうぅすうぅと鼻を開け閉めする音がする。
目の上のものはひやりと重い。瞼を通してひんやりとその感触がしみわたってくる。
脇へ潜り込んだものも静かに呼吸している。
深く眠れそうだ。

■(深い呼吸音2度)


目を瞑って十秒
私は今日を思い出す
やりとり 目線 言葉 声
私のすべて

目を瞑って十秒
その間にあなたを思い出す
かけられた言葉 出会った目線 驚いた顔
今日のあなた

目を瞑って十秒
思い出して必ず
ごめんなさいと口に出る
あなたを見なかった目線 逸れた興味 あなたを刺した言葉
私を逆なでした言葉 横顔に向いた視線 私から離れる声

目を瞑って十秒
ごめんなさいをとめどなく吐き出しながら
私は今日を修正する
視線に応じ 言わなかったことを言い あなたの顔を見る
すると明日のあなたがちらりと覗く

十秒目を瞑って
私は目を開く
そうやって
また愛せるようになる


おはよう
今日もあなたに会える

さよなら
明日は胸にしまって

さよなら
あなたは意外と薄情で

おはよう
起きるたび瞼にあなた

おやすみ
あなたもわたしもいつかまた

……おはよ。

■うん。おはよう

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