
刻々阿吽
源トオル:24歳。
源カオル:24歳。
礼:16歳。
千恵:60歳。
おやじ:44歳。
神田:50歳。
上演時間:約60分
※カオル・トオルの役名表記が非常に見分けにくいため、マーカーで色分けしたバージョンを用意してあります。ご希望の場合は使用報告の際、お申し付けください。
※途中でEND分岐があります
+++
(カタン、襖の開く音)
(座敷には5人の男。2人が卓につき、3人は影のように壁際に座っている)
千恵:どうも、遅なりました。
神田:あっ、千恵さん。お疲れ様です。
おやじ:そんなとこじゃなくてこっちに座ってください。神田さんそっちに詰めて。
神田:はい
千恵:(腰を下ろしながら)まぁー狭い座敷にイカツイ男ばっかり集まってからに。何の集まりやの
おやじ:いやぁ。例の源帳会のおやじさんの関係者がね。二人残っていてね、どうするか皆さんに相談しています
神田:関係者というか肉親の……こどもなんで困っております。
千恵:あの男こどもなんかおったんか、いやらしい
神田:24歳だそうですよ。名前は源トオルと源カオル。
千恵:ホホホ、源氏兄弟かいな。たいそうな名前やのぉ
おやじ:こどもとはいえ、成人男性二人やるとなるとなかなか手間だね。
神田:殺すのはごめんですよ。俺の娘と同い年だ。……ね、おやじさん、どうなんですかね、やらなきゃいけませんか。
おやじ:源帳会は生き残りが山ほどいるからなぁ。息子なんか残しといたら担がれてややこしいでしょう。
神田:わかっちゃいますが、我々が手を汚さなくともゲンジのおやじさんに因縁ある連中がいつかやるんじゃないですかね。
おやじ:他人まかせは好きじゃないな。私は不確定なことが嫌いなんだよ……
神田:……
おやじ:やるのはいやですか。あるいは、誰かが引き取って育てますか?
神田:な、なんですって引き取る?
おやじ:うん。
神田:おやじさん、それは……
おやじ:さ、やりますか。もしくは。誰かもらいますか。
千恵:よろし。うちがもらいます
神田:えっ?
おやじ:あ、そうですか。じゃそういうことで皆さん。
神田:おやじさん、いいんですか、さっき面倒なことになるってったのはおやじさんじゃないですか
おやじ:千恵さんがああ言うんじゃ仕方ないでしょう。そういうことだから。
神田:何も保護することはありませんよ。身内に爆弾を抱え込むつもりですか
おやじ:どうも、ご苦労様でしたね
神田:……
おやじ:とりあえず家においてるけど、会いますか、千恵さん
神田:家に!?そんな危険な(おやじに目で遮られて黙る)
千恵:誰に会えって?源氏兄弟?
おやじ:トオルとカオルね
千恵:まー、そんなら会うときましょか。
おやじ:(立ち上がって)車とってきましょう
神田:おつかれさんです
0:(間)
0:(黒い大型の車がとまっている)
神田:ほな、おやじさん、千恵さん、お先です。
おやじ:気をつけて。(運転手に)安全運転でね
0:(おやじ、千恵、白い軽自動車に向かう)
千恵:引き取ってほしそうやったから引き取ったけど、引き取ってどないするん
おやじ:うん。適当にどっか売っぱらうつもりだよ。神田さんや他の人に任せたら派手にやりそうだから任せられないんだよね。あの人たち警察に目つけられてるしなぁ。
千恵:引き取ったのにもったいないがな。うちが使います
おやじ:……
おやじ:あの子らにとっては僕はカタキだ。ま、いいけどね……
千恵:売ッ払うんでも手間かかるしヨソに迷惑かけるやないか。引き取ったからには精々ええように遣うわ。
0:(車はなかなか発車しない)
おやじ:おかあさん。僕のことまだかわいいですか
千恵:ハァ?
おやじ:新しい子供が欲しくなったのかと思ってね。僕以外に、もっと若い……
千恵:子供はいくらおってもええもんですよ
おやじ:……
千恵:はよ会わせてぇな。新しいうちの子に
0:(ゆっくりと車が走り出す)
0:(場面転換、おやじの家)
おやじ:これが源氏兄弟ですよ。
千恵:えらい若いね。
おやじ:俺やおかあさんに比べればそりゃ若いね。
千恵:何拗ねてんの……。24やったかいな、16くらいに見えるわ
千恵:んで、あんたらどっちがどっちやいな
トオル:ミナモト・トオルです
カオル:ミナモト・カオルです
トオル:僕ら二人で一人くらいのガキですけど、よろしゅうおなぃします
千恵:そうですか。ほんなら明日から交代でうちの運転手さんしてもらおかしらね。
カオル:……運転手ですか。
トオル:……免許取り立てですけど
千恵:かまへん、自転車に肉ついたくらいなもんや。うち明日宝ヶ池の方へ出掛けますけど、どっちが先にやる?運転手
カオル:ほなトオルから
トオル:ほな俺が
千恵:はいよろしゅう。(おやじに向かって)ねぇ今日は泊まらしてもらおかしら
おやじ:そう言いだすかと思って。
千恵:部屋片付けさしといたって?
おやじ:……そう
千恵:気ぃ利くわねって言うてほしい?
おやじ:ええ、言ってください
千恵:気ぃ利くわ、おおきに。
おやじ:ふふ
千恵:ほいで、どこ?
おやじ:二階。
千恵:さよか。ほな借りまっせ。
0:(千恵、階上へ)
おやじ:君たち、今日から千恵さんの養子という扱いになるから、そのように承知しておきなさい。
カオル:えっ
トオル:養子……ですか
おやじ:そのうち千恵さんの家に移ってもらうかもしれないが、まぁしばらくはここで生活しなさい。
おやじ:玄関わきの部屋。適当に片づけて使いなさい
トオル:ありがとうございます
カオル:使わしてもらいます
0:(おやじ、階段をあがっていく)
0:(トオル、カオル、部屋へ入って)
トオル:おい。なんで俺からやねん。運転手
カオル:お前車好っきゃろ
トオル:好きやけど。まーお前に任したら駐車場出られんわな
カオル:あ?お前と変わらんやろうが。どーせ俺も明後日には運転手ちゅうことなるで、あの女そない言うてた
トオル:「明日から交代で」言うてたな。
トオル:毎日出かける気かなあのオバハン
カオル:養子やてなぁ
トオル:びっくりしたなぁ。あの千恵いう人、誰なんやろな。
カオル:知るか。……ダァー!めんどいのぉ次から次へと
トオル:死んだ方が楽やったな
カオル:そんなことはないけども。てかよう生かしとこと思たなぁ俺らを
トオル:ガキやと思てるんやろ
カオル:24やで。24て、ガキか?
トオル:知るか。これからどないする?
カオル:どないするかなー
トオル:あのオバハンの養子になるぐらいやったら、あのおやじさんの養子にしてもろた方が安心やけどなぁ、身分としては
カオル:おやじさんの養子は無理やろ
トオル:そうかねぇ……
カオル:あの千恵いう人も組のモンやろなぁ。結局ワルの子か俺らは
トオル:……おとっつぁんはワルやなかったやろが
カオル:ワルやろ。ええ人やったけど、ワルやろ。ワルにしか慕われへんかったやん
トオル:そんなこと思てたんか
カオル:お前かて思てたやろ
トオル:んー、ええ人やったと思うねん。
カオル:親バカやのぉ
トオル:総理大臣になってもいいくらいのええ人やと思てた。けど、あない派手に殺されたの見て、おとっつぁんてワルやったんやなぁと思たわ。そンときはじめてな。
カオル:……寝よやとりあえず。言うてもしゃあないことばっかりや
トオル:明日運転かぁ……お前どないすんの
カオル:家にいてもしゃあないからおやじさんにくっついていくわ
カオル:どないな人かちょっと気にもなるし
トオル:ふぅん
トオル:な、カタキ討ちたいか?
カオル:わからん
トオル:そうか。……そやろな
0:(次の日)
トオル:おはようございます。今日運転手さしてもらいます。トオルです
おやじ:おはよう。車は裏。カバーをかけてある。そら、カバーの鍵と車のキーね。
トオル:お預かりします
トオル:(逡巡して)「影山さん」
おやじ:ん?
おやじ:……そう、まぁ呼び名は適当にしなさい
千恵:もう出かけますよ
おやじ:お早いですね。いってらっしゃい。
0:(車のドアを閉めて)
千恵:とりあえず宝ヶ池の方へ
トオル:はい。「おかあさん」
千恵:ふふふ。そない呼ぶの?まぁかまへんけど
0:(エンジンをかけて発進する)
トオル:宝ヶ池に何のご用事ですか
千恵:それ聞いてくれる人好きよ。お茶会やねん
トオル:お友達が主宰しはるんですか
千恵:まぁー友達ゆうかねぇ。同級生が
トオル:お茶やってはるんですか。「おかあさん」は?
千恵:うちはやらへん。あんなんやるほど暇やあらへん
トオル:……学校の同級生と今もつきおうてはるんや。珍しいですね
千恵:そうよ。女ばっかりの学校やったしな。ベタベタしとるんよ四十年たっても。
千恵:あんた学校は?
トオル:大学いってましたけど、やめましたよ。
千恵:中退か?ミナモトのおやじさんやったらそんなん許さんやろ
トオル:おとん死んでからですから
千恵:せやろなぁ。あのひといくつやったん
トオル:おとんですか?七十でした
千恵:そんなじいさんやったんか。ほんであんたらが?
トオル:今、二十四です。来年二十五になります。
千恵:二十四か。まるきり孫やな
トオル:おかんが若いんで
千恵:老いらくのなんちゃらかねぇ。五十までは女のおの字もなかったのに……そうかぁ、あの人もさびしかったんかねぇ
トオル:んなことはないと思いますけど。
トオル:……
トオル:「おかあさん」は俺のおとんとなんかあったんですか
千恵:それ聞く人きらいや
トオル:はぁそうですか
0:(場面転換)
0:(一方家に残ったカオルとおやじ)
カオル:おはようございます。「おやじさん」
おやじ:……そう、君はそう呼ぶんだな。
カオル:お出かけやったらお伴します。
おやじ:要らないよ
カオル:ついていかせてください。
おやじ:……(無言で出ていく)
0:(カオル、おやじについて出る)
おやじ:昨日の夜二人で相談して決めたのかな。
カオル:何がです?
おやじ:私と千恵さんのどちらにつくか。二人で相談したのかな
カオル:あいつとは仲悪いんで相談なんかしませんよ。
おやじ:男の子って24歳にもなると生意気だね。
カオル:おやじさんは子供おるんですか
おやじ:(無視して)今日の昼、どこか静かな店で食べたいんだが。
カオル:それやったら俺がご案内しますよ。小料理屋で、夜は居酒屋やってるとこがあります。
おやじ:ふぅん。歩いていける?
カオル:歩いて10分もかかりません。瓢屋(ひさごや)いうとこです
おやじ:そう、じゃあ案内して。
0:(それぞれの一日が過ぎる)
0:(玄関前で出くわす2組)
トオル:あ
カオル:あ
トオル:「影山さん」お帰りなさい
カオル:「千恵さん」お帰りなさい
おやじ:……おかあさん。遅かったですね。
千恵:はいただいま。あんたも遅かったね。
おやじ:ま、野暮用がね。昼行った店がよかったのでこんどまた行きましょう
千恵:あら珍しくマメなこと言うね。そらぜひ連れてってもらわな
おやじ:たまには親孝行もしないとね。見放されちゃかなわないから
千恵:源氏兄弟、お疲れさんどした。部屋行って寝ぇ。
トオル:はい。
カオル:あ、「千恵さん」明日、どうしはります。運転手交替しますか。
千恵:交代してもせんでもええ。好きにしぃ
トオル:そうですか。おやすみなさい「おかあさん」。
カオル:おやすみなさい「おやじさん」
0:(トオル、カオル自分の部屋で)
トオル:どやった
カオル:そっちは?
トオル:まぁ……肚は見えんなぁ。女!って感じの女や
カオル:厄介そうやな
トオル:そっちは?
カオル:最悪やで。瓢屋(ひさごや)のだしまきを「味薄い」いうて醤油たしよった、あのおやじ
トオル:瓢屋つれてったんか。しゃあない、関東モンなんやから。
カオル:アホが……なんでも醤油たしよんねん関東は
トオル:そんなんやられたら女将さん嫌な顔したやろ
カオル:そりゃもう般若よ般若。
トオル:ひょー。俺らもしばらく顔出されへんな
カオル:つれていくんやなかったホンマに
0:(間)
トオル:千恵さんと影山のおやじさんってどっちが偉いと思う?
カオル:さっぱりわからん
トオル:やんなぁ……
カオル:影山のおやじが千恵さんの尻に敷かれとるように見えるけど
トオル:せやけど実際に組率いてるん影山さんやろ
カオル:てか、あのおやじってほんまに千恵さんの息子なんかな
トオル:千恵さんそんな年やないやろ
カオル:ほんまに親子やったとしても気色悪いなぁ
トオル:なんやあの影山さんの態度見てると、キャバに貢ぐ堅気みたいでどうもなぁ
カオル:きもい例えすんなや……で、明日からどうする
トオル:うーん、まぁ力関係がわかるまで変わらずでいこか
カオル:ほな俺は影山のおやじに
トオル:俺は千恵さんに
カオル:おやすみ
トオル:おやすみ
0:(次の日)
カオル:お出かけですか。
おやじ:うん。
カオル:今日もおともします、おやじさん。
おやじ:君はどっち。
カオル:カオルです。昨日もおともしました。
おやじ:今日は個人的な用事だから伴は要らないけど君ならまぁいいか。
カオル:ありがとうございます。運転しましょか。
おやじ:いや、まともな車は全部出ちゃってるから。いいよ。
カオル:……昨日も思いましたけど、伴も連れずに不用心とちゃいますか。
おやじ:君の心配することじゃない
カオル:……
おやじ:行こうか
カオル:組を率いる方が自分の身守らんのは無責任ですよ。
おやじ:(無視して歩き出す)
0:(間)
カオル:いつもそうなんですか
おやじ:何が?
カオル:いつも伴も連れんと歩きで出かけはるんですか
おやじ:時々はレンタカーを借りるけど、ふだんは歩くね。その代わりに神田さんが伴を連れて黒光りするいい車で出かけるんだ
カオル:ああ身代わり……
おやじ:そういうこと。君らも僕の所へ来るまでは僕が組長だとは思わなかったろ。
カオル:いやまぁ……俺らは学校も行っててそんなこの界隈の事情詳しくないんで……
おやじ:ふぅん
0:(鍵の音)
0:(古い一戸建てに到着)
おやじ:礼は人見知りだから気を付けてね
カオル:はい?
0:(誰かが走ってくる足音)
礼:おやじさん、お帰り!……(カオルに気づき)あ
おやじ:礼、君の友達を連れてきたよ
カオル:……?
礼:友達なんかいらん
おやじ:大丈夫、大丈夫、君と同じなんだから仲良くなれるさ
カオル:俺、源カオルいいます、よろしく
礼:……(おやじを見上げる)
おやじ:これは、礼と言ってね。私の最大の財産だよ。
0:(間)
0:(帰宅し、あてがわれた部屋で)
カオル:礼ちゅうやつに会うたわ
トオル:あ?なんて?
カオル:レイ、っちゅうガキ。おやじさんが養うてる。
トオル:隠し子か
カオル:さぁーわからん。中学生ぐらいやったけど……一緒に飯食うてテレビ見て帰った。わけわからん。
トオル:ふぅん影山さんが?なんか普通のオトンみたいやな。ていうかお前結構信用されてるやん
カオル:なんで?
トオル:いや、「ついてくんな」て言われてもおかしないやろ。そんなプライベートなとこ
カオル:フン。お前はどやってんな
トオル:おう……一日中静かなとこ運転して、あんみつ奢ってもろた。
カオル:なんやそれ
トオル:わけわからんやろ。あんみつうまかったわ
カオル:アホか
0:(ひとしきり笑う)
トオル:はーー、なんや腹立つのぉ。俺のおやじ殺したっきり、ちっともヤクザらしいことしよらん
カオル:……
トオル:カタキ討ちなんかアホらしいな
カオル:おまえ、カタキ討ちカタキ討ち言うてるけど、したいんか
トオル:……
カオル:俺は正直そんなめんどくさいことして何になるん、て思とる
トオル:はよ寝ろよ
カオル:……おやすみ
0:(一方、客室で)
千恵:源氏兄弟ね、えろう気に入りました。せやけどうちの家は狭ぅてあんなデカいの2人も住ませられませんからねぇ。しばらく、うち、あの子らと一緒にここへ泊りたいんやけど
おやじ:そういうと思った。この部屋を使ってください、掃除もしたし日用品もそろえたから。
千恵:あらあら……
0:(目が合う)
千恵:気が利くねぇ、て言うてほしい?
おやじ:ぜひ何度でも言ってください
千恵:はぁー、恥ちゅうもんがないんかねぇ
おやじ:見苦しい?
千恵:いーえ、かぁいらし。
おやじ:僕にそう言ってくれるのはあんただけだ。僕にそう言ってくれるだけでもあなたには価値がある
千恵:うちの価値を決めるんはあんたと違います
おやじ:ふーん。でもあんたの首なんて俺の片手だよ
千恵:あんたの片手はこどもの片手や。赤子の手ぇや
おやじ:ほんとの母親みたいな顔だね
千恵:母親になるかどうか決めるんはうちです。一回きめたからにはずぅっとあんたの母親です
おやじ:あなたの潔さはどこから来るんだろうね。嫌だな……
おやじ:(立ってドアをあけ)おやすみ。明日僕は早く出ますから朝飯なんかは勝手にしてください
千恵:おやすみ
0:(数週間がたつ)
トオル:おかあさん、今日はどこかおでかけですか
千恵:いいえ、今日はゆっくりします。あんさん好きに出かけよし
トオル:はぁそうですか……用事あったらしますけど
千恵:なんもあらへん。神田が用事ある言うてたから手伝ってあげなさい
トオル:わかりました。ほなごゆっくり
0:(ドア閉めて退室)
0:(階段下にカオルとおやじを見つける)
カオル:おやじさん、今日は何かご用ありますか
おやじ:今日はどこも出かけない。……君、礼の所へ行って遊んでやって
カオル:え、俺ひとりで?
おやじ:僕は体調がすぐれないから……
カオル:そうですか。承知しました。(階段の上にトオルを見つけ)あ
トオル:おう
おやじ:君は神田さんの用事をするんだろ。神田さんは外にいるから
トオル:はい。
おやじ:それじゃ……
0:(おやじ、千恵の部屋へ)
おやじ:(遠くで)おかあさん、入ってもいいですか
千恵:(遠くで)はい、どぉぞ
0:(扉の音)
トオル:影山さんどないしてん
カオル:体調がすぐれんのやて
トオル:ほーん
カオル:ほな。俺礼のとこ行ってくるわ
トオル:おう、ほな。
0:(扉をあけ外へ)
神田:ああ、ちょうどよかった
トオル:あ、神田さん
神田:お前、今日体空いとるか
トオル:ええ空いとります。何か俺に用があるって千恵さんが
神田:そやねん。ちょっと俺が管理しとる店で若手がトんでしもてな……
トオル:はぁ
神田:そんな顔すんな、変な店やない。ネットカフェや
トオル:ネットカフェ。そんなん経営しとるんですか、ここの組
神田:そうそう、ほんで新しいの見つけるまでお前働いてくれへんか。給料俺からだすさかいに。
トオル:ええ、やりますけど……新しいの見つけるまでって、何日くらいですか。もしかしたら明日はおかあさんの運転手せなあかんかもしれへんし
神田:ま、ま、とりあえず今日だけ頼むわ。まぁ車乗れ、向こうでまた話す
トオル:わかりました
0:(転換)
カオル:お邪魔しますー。礼―
礼:あれ、おやじさんは?
カオル:体調悪いって。おやじさんにお前と遊んでろて言われた
礼:そうなんや……
カオル:しょげんなよ。UNOしよ、コンビニで買うてきたし
礼:トランプがいい
カオル:UNOしか買うてへん
礼:ふぅん。お菓子ある?
カオル:あるよ、ほい(レジ袋ごと渡す)
礼:あ、グミあるやん、これ好き
カオル:なぁお前ってさ、なんでここにおるん
礼:なに?
カオル:おやじさんの息子なん?
礼:ちがうよ。借金のカタやねん俺
カオル:……へぇ
礼:UNOルールしらん。
カオル:任せろ、俺UNOはプロやから
0:(時間経過)
カオル:うわシクった!今のはミスった!
礼:声デカい
カオル:あ、ごめん
礼:デカい音苦手やねん
礼:(最後のカードを出して)よっしゃ勝ち
カオル:あーくそ!あ、(以降控えめにしゃべる)……ごめん
礼:グミ食べていい?
カオル:ええよ。もう一戦しようや
礼:うん
カオル:……借金のカタ言うてたけど、どういう感じなん
礼:どういう感じって……普通の借金のカタ。借金が返されるまでおやじさんのとこにおるねん。
カオル:誰の借金
礼:親。母親。
カオル:お前にも親おるんか。あーそりゃそやわな
礼:言うてることあほやん
カオル:石か木から生まれた感じするもんお前
礼:孫悟空の話してる?
カオル:孫悟空ってなんやっけ
礼:孫悟空しらんの。めっちゃあほやん
カオル:なんやお前生意気やな
礼:でもな、俺の母親はおやじさんが殺したからもう借金返されへんねん
カオル:えっ
礼:組に借金してた俺の母親はおやじさんが殺したから、俺はずっとここにおるの
カオル:殺したぁ?借金の返済主殺してどないすんねん……
礼:俺を返したくなかったんやって
カオル:なんやそれ(俯いてカードを繰る)
礼:おれ、おやじさん好きや
カオル:ほんまか?
礼:親より好きや。
カオル:逃げよとか思わんの
礼:外はきらいや
カオル:おとんはどないしてん
礼:知らんあんな奴
カオル:……ふぅん
カオル:ハイ俺勝ち~
礼:うわー、見て、俺の手札青ばっかり
カオル:あはは
0:(転換)
トオル:ほんでな、連れていかれたネットカフェ、どこやった思う?俺らの大学の東門のとこにある「ひまつぶし」って店。おぼえてる?
カオル:え、あれか、空いたコマに漫画読みに行ってた店?
トオル:そう!あの入ってすぐのとこにエロ漫画ある店。
カオル:嘘やん、あれヤクザ経営やったん!?おもろ
トオル:「ここや」て言われて笑てもた。
カオル:大学の辺りはうちの管轄やと思てたけどなぁ
トオル:おとっつぁんが死んでから神田さんが管理しとるらしい
カオル:あーそうなん。やっぱり元はうち管轄やったんか
トオル:そういえばな。ヨシダが来よったわ。
カオル:あいつか、おやじの運転手しててこないだ盲腸になったやつ
トオル:そ。神田のおっさんにバレへんかと思ってひやひやした
カオル:……まだ残党おるんやな、うちの組。
トオル:すごい顔して「ご無事でしたんか、よかった」言うとった、俺らが敵討ちするもんやと思とるな、あいつ絶対
カオル:ほんでどないしてん
トオル:また後で、とかいうて個室入っていきよったけど
カオル:それは……
トオル:……
カオル:……で、明日もそこで働くん?
トオル:うん
カオル:ネットカフェって何するん
トオル:なんか、使い終わった部屋の掃除とか、受付とか。あと監視カメラで何してるか見たりとか。いちゃついてるカップル見つけたらドア叩きに行くねん
カオル:おもろそう。な、ちょっと一日交替しよや。
トオル:俺もそう言おうと思てた。お前明日も礼の相手やろ。俺も礼に会うてみたい
0:(一方、千恵の部屋)
0:(おやじ、千恵の膝に頭をのせている)
おやじ:金があるということは厄介ですね
千恵:なんでぇ。無いよりええがな。
おやじ:金があるということはすなわち悪なのですよ。権力があるということも、すなわち悪なのです。悪でなくても悪になるのです。悪の方からやってくるんだもの。
千恵:……キノコみたいなやっちゃな、じめじめじめじめ……
千恵:金があるいうことも人より偉いいうことも、ええことやないか。何よりやないか。それを嫌がるちゅうことは、背負うて行くという覚悟がないねん、あんたにはな。
0:(時計の振り子が揺れる音)
おやじ:なんであなたが女なんだろう。僕と代わってくださいよ
千恵:嫌。
おやじ:……もうやめてしまいたい。代わってくださいよ、お願いだ
千恵:嫌や。うちはな、男がうちの周りで立ちまわるのを見るのがすっきゃ。
おやじ:あなたのために死ねばいいですか?
千恵:うちのためやなんか気色悪い。ちゃいますがな。好き勝手いのちを燃やすんを間近で見るんが好きなだけ。
おやじ:……死ぬのを見るのが好きなんでしょ?
千恵:ちゃう。好き勝手、生きて、生き切って、死ぬのを見るのが好き。
おやじ:そうですか……どうしようもない人だなぁ
おやじ:だからあなたは僕を愛してくれないんだな……
0:(次の日)
トオル:よっ。昨日のグミまた買うてきたったで。
礼:グミもうあきた。
トオル:はぁー?なんやお前生意気やな
礼:他なんかないの(袋を覗く)あ、メロンパンもらいっ!
トオル:えーそれ俺の!お前チョコクロワッサン食うとけよ
礼:いやや
トオル:あっそ。UNOしよやUNO
礼:今日は勝つ。
トオル:昨日何勝何敗?
礼:しらん。
0:(話ながらテーブルにつく)
トオル:なぁお前っておかん好き?
礼:きらい
トオル:なんで?
礼:なんでって。言うたやん。アホな借金作って俺売ったから
トオル:それほんまにおかんが悪いんか?
礼:……
トオル:旦那がクズで借金残されたとかとちゃうんか。
礼:俺が生まれた時から借金まみれやった。
トオル:お前のオトンは?
礼:顔も名前も知らん
トオル:ほなそのオトンが悪いんちがうんか
礼:知らん。どうでもええ。
トオル:よぉ知らんとおかんを悪者にすんなよ!
礼:うるさい(耳をふさぐ)
トオル:……
礼:うるさい
トオル:……ごめん
礼:酒瓶毎日あけて、飲み終わったら投げつけて割って、酔うてない時は泣いて叫んで。おかん死んで静かになったの見て泣いた、俺
トオル:……
礼:悲しかったんと違う、悲しくて泣いたんちがう。静かで……もう瓶割れる音も叫び声も聞かんでええんやと思って、泣いた
0:(カードを切る)
トオル:おかあさ、千恵さんってさ。ここ、来るん。
礼:たまに、来る
トオル:来て何するん、
礼:(食い気味に)何もせん。しばらくいて、帰る
トオル:なんやそれ
礼:千恵は嫌いや
トオル:なんで。いじめられるんか?
礼:きれいやから
トオル:あ?
礼:隙あらへんやんあの女
トオル:きれいな方がええやん
礼:きれいな女きらい。
トオル:きらいなもんばっかりやな。お前
0:(一方、ネットカフェ)
神田:悪いな今日も働かして
カオル:いえ、むしろすんません、うまい飯おごってもろて
神田:見た目の割によぉ食うよなお前。いつでも飯ぐらい奢ったるさかい言えよ。
カオル:ところで、この辺はまだまだ、源帳会の生き残りがおると思いますけど、せやからですか
神田:おん?
カオル:せやから俺を見せびらかすように連れまわしとるんですか
神田:……
カオル:そうでしょ、神田さん。俺かてガキとちゃいます
神田:なんや、怒っとんのか。なかなか迫力あるな、お前の凄み。ミナモトのおやじさん譲りやな。
神田:そうや。お前のおやじの信奉者に、なんかしよったらこの息子殺すぞ、言うて見せびらかしとるんや
カオル:昨日俺に会いに来たヨシダは、どうなったんですか。目のぎょろぎょろした、細っこい若い奴です
神田:聞いてどないするねん
カオル:俺らは残党をつり出す餌でもあるんですか。便利でええですね
カオル:誰の命令でやっとるんですか?おやじさん?千恵さん?
神田:おやじさんや。当たり前やろ。
神田:源帳会つぶすて決めたんはあの人や。あの人が最後まで責任とって潰すんが当たり前や。
カオル:神田さんは源帳会つぶしとうなかったんですか
神田:俺は、つぶさんでええていうたんや
カオル:ほな、なんで
神田:わからん。最近のおやじさんの心は、俺にもわからん。千恵さんに聞け。
0:(別の日、トオル、千恵の運転手をしている)
千恵:こうやって出かけるんも久々やなぁ
トオル:そういえばそうですね。着いたらどうします、車前で待っときます?
千恵:んーどないしよかねぇ
トオル:俺別に今日用事ないんで待っとりますよ
千恵:あ、そう。ほなお願いします
トオル:おかあさん、ちょっと聞いてもいいですか
トオル:組の意向って、どないして決まってるんですか?
千恵:そりゃあんた、おやじが決めるんよ。
トオル:ほんまかな。おかあさんが吹き込んでるん違うんです?
千恵:そんなん知らん。うちは好き勝手話すだけ。決めるんはおやじや。
トオル:ふは、なんか……
千恵:なんやな
トオル:悪い女やなと思って。
千恵:言うようになったな。
千恵:あんたは、こんなノホホンとうちの運転手やってて楽しいですか
トオル:……
千恵:トオル?
トオル:はい(反射的に答える)……
千恵:なんや、変な顔して
トオル:いや、名前呼ばれたん、はじめてやなとおもって
千恵:ほほほほ。なんやそりゃ
千恵:ガキやのぉ、かぁいらし
0:(入れ替わりながら日々を過ごす双子)
カオル:おやじさん最近来ぃへんで寂しいやろ
礼:どうせ千恵に構ってばっかりなんやろ。千恵がいるとこうなるからいやや
カオル:俺ばっかり来ていやか?
礼:別に。
カオル:ふふん
礼:誰でも別に変らんもん。
0:(切り替わる/入れ替わる)
礼:……ヤクザて嫌いや。
トオル:何が
礼:みんな派手に生きて急に死によるやん。みとったら気忙しいわ。
トオル:……そんなこと言えるんは、お前が自分の事ヤクザやないと思てるからやで
礼:俺ヤクザちゃうもん。
トオル:ヤクザに養われたらヤクザやろ
礼:……ヤクザ嫌いや
0:(切り替わる/入れ替わる)
カオル:俺も?
礼:あんたも。
カオル:トオルは?
礼:誰それ
カオル:……ふは、
0:(切り替わる/入れ替わる)
礼:おやじさんも引退したらええのにな
トオル:無茶いうなや。あんな目立っとる人は引退するやいなや誰かに襲われて死ぬで。俺のおやじと一緒。
トオル:あの人は死ぬまでヤクザやらなあかん。
礼:かわいそう
トオル:……俺は?
礼:あんたもかわいそう。
トオル:お前は?
礼:自分で自分のことかわいそうて言うやつおる?
0:(切り替わり/入れ替わり)
カオル:おるやろ。ようけおるよ世の中には。お前は強いな
礼:まえ、おやじさんも、そんなこと言うてた。「僕は自分のことかわいそうだと思っているし、いつまでもそう思っていたいよ、礼は強いな」って
カオル:うわ。あの人、前々からなんとなく思てたけどヤクザのおやじの癖にジメジメしとんな
カオル:あの人とおんなじこと言うたとか、嫌やわー
礼:あんたは俺のことかわいそうやとおもてるんや
礼:おやじさんとおんなじ目してるもん。かわいそうやと思われんの、俺きらい。
カオル:きらいきらいばっかりやな……たのしいか?ここにおって。
礼:たのしないよ。おやじさん来ぅへんもん。千恵なんか死んだらええんや
カオル:何のためにここにおんの
礼:俺は、
礼:おやじさんのこと好きやからここにおる。
カオル:……しょうもな。
カオル:かわいそ、おまえ
0:(場面切り替わり、神田とネットカフェに向かう道中)
トオル:神田さん、俺のおやじは、どないして死んだんですか
神田:聞いてどないする、そんなこと
トオル:誰が殺したんですか
神田:カタキ討ちでも、したいんか。変な気おこすな。
トオル:(冷静に)違います、カタキ討ちなんかもうええんです。知りたいだけです。どないして死んだんか、誰が殺したんか。
神田:俺や。……俺が爆弾で殺した。
トオル:あ、そうですか
神田:爆弾なんか、卑怯やと思うか
トオル:別に。
神田:そない、スッと納得すんなや。気味悪いわ
トオル:怒ってほしかったですか
神田:なんやお前、千恵さんに性根が似てきたな
トオル:ふは、
神田:すまんかったな、と思うのはな。
トオル:ええですよ別にもう
神田:俺が胸糞悪いから聞け!
神田:すまんかったな、と思うんはな、爆弾で、一匹猫をな。まきこんでしもて。ほんまに、すまんかったと思てる、ヤクザでもないのにな。黒いブチの太った猫でな。
トオル:黒いブチの、白内障の、デブ猫でしょ
神田:……毎日、な。ミナモトのおやじさんをいつ殺そか、どやって殺そかて下見に行くたびにな。その猫が寄ってきてな。見えん目で見上げてくるもんでな、たまらんかった
神田:ミナモトのおやじさんがあの時撫でてへんかったらよかったのにな。殺されるなんか思わんかったやろにな。
トオル:その猫の名前、教えましょか
神田:やめろ
トオル:その猫の名前ね、サオリいうんですよ。俺のおかんの名前
神田:やめろや……やめてくれ、死にたなる
トオル:……しょうもな。
トオル:カタキ討ちなんか、しませんよ。
0:(千恵の寝室)
千恵:今日、あのガキに会うてきましたよ
おやじ:誰
千恵:あんたが殺した女のガキ
おやじ:ああ……礼か。
千恵:あんたが会いにこぉへんから拗ねて手つけられませんえ
おやじ:いいんだよ、あんまり会いにいくと飽きられるんだから
千恵:そんな育て方じゃ性根が曲がるわ
おやじ:育ててるつもりはない
千恵:あんた、ほんま、責任の持てん奴やな。ひろてくるばっかりで。
おやじ:うん、そうなんだよね
千恵:そんなやつがどうしてヤクザのおやじなんかやっとるんかねぇ
おやじ:あんたがそうしたんじゃないか。
おやじ:あなたは誰にも渡さない。ミナモトにも、礼にも、誰にも。
千恵:ふふ、かわいそうにねぇ
0:(きょうだい、あてがわれた部屋で)
トオル:あんな、猫、おったやん。
カオル:サオリ?
トオル:おやじが殺されるんに巻き込まれて死んだんやって
カオル:やめろ
トオル:……
カオル:……
カオル:礼、な。あそこにいても楽しないって。おやじさんが来ぅへんから。なんでそこにいるねん、って言うたら、おやじさんが好きやからやってトオル:やめろよ!
カオル:俺、きめたわ
トオル:お前ひとりで何決めるねん
カオル:もう決めた
トオル:何決めてん、っていうてんの
0:(二人同時に匕首を構える)
カオル:お前が死ね
トオル:そうか、ほなお前も死ね。
カオル:俺もお前もおんなじやん
トオル:……おんなじやったら二人になってぇへん
カオル:おんなじや!お前も俺も。ほな俺だけで、ええで
トオル:よぉ言うわ。二人おらんと半人前やぞ
カオル:二人おったらずっと半人前や。なんもできひん
トオル:お前ひとりで何ができるん
カオル:お前にできることやったらできる
トオル:ガキやな
カオル:お前もな
トオル:……
カオル:……
0:(激突する音、――しばらくして刃物の落ちる音)
0:(ここからセリフで分岐します。A→カオル死 B→トオル死)
☆カオル:(END「トオル」へ行く場合)っ、はよしね、よ、おまえ、も……
☆カオル:(END「カオル」へ行く場合)おおきに。よお死んでくれた。おおきに。
0:(このあとのミナモトは生き残った御一方が演じてください)
++END「トオル」++
0:(千恵の寝室。千恵は起きている)
0:(ドアの音)
ミナモト:なんや、起きとん?
ミナモト:年増女ははよ寝なあかんのちゃうんけ
千恵:あんたどっちやいな。
ミナモト:どっちでもええやろ
千恵:「――」(下の名前を呼んでもいいし、呼ばなくてもいい)
ミナモト:(制するように)どっちでもええ
千恵:ま、そりゃそうや
0:(間)
ミナモト:そんなすっと納得せんでよ。何か聞いてよ
千恵:なんでよ。何も聞くな、いう顔しとるやん
ミナモト:……
千恵:その血はどないしたねん、て聞いてほしいんか
ミナモト:ううん
千恵:ほななんやな。他に聞くことあらへん
ミナモト:何の用や、って聞いて
千恵:……何の用や、こんな夜中に
ミナモト:フハ、
千恵:うちを殺しに来たんか、って聞いてほしい?
ミナモト:うん。
千恵:言うたらへん
ミナモト:……なんで殺したいん、って聞いてよ
千恵:いや。
ミナモト:意地悪いうとき、一番きれいやな、あんたいう女はさ。
0:(ミナモト、匕首を握っている)
千恵:匕首かい……古臭い道具やな。ツラに合わんからチャカにしぃ。
ミナモト:(手にサラシを巻きながら)…………目ぇ瞑ってぇな
千恵:ふふ。照れくさいか
ミナモト:目瞑ってよ、頼むわ
千恵:嫌。目合わせたまま死んだろ
ミナモト:っ、堪忍してよ
0:(勢いよく刺すが、致命傷にならず)
千恵:ぇほッ!ハ、ヘタク、そぉ、せぇやかぁっ、チャカぃせ、ゆ、たのに、
ミナモト:(息を荒げている)
千恵:あはぁ、かぁ、いい、ね
0:(顔を突き合わせながらもう一度突き刺す)
ミナモト:………………………………………
ミナモト:目ぇ、瞑ってよ。夢に出るわ
0:(ふらふらと歩くミナモト)
0:(鍵の音、扉の音、出てくる礼)
礼:!何、その血ぃ……
ミナモト:ドライブしよか、礼
礼:何その血ぃ。なんなん。
ミナモト:殺してん
礼:誰?……千恵?
ミナモト:出かけよや
礼:こんな時間にどこ行くの
ミナモト:ラーメンでも食いに行こ
礼:唐揚げがええ
ミナモト:唐揚げでもなんでもラーメン屋にある
礼:買うてきてよ
ミナモト:ケチ言わんで行こや。車だしたるさかい
礼:ラーメン屋なんか五分歩いたらあるやんけ。どこまでいくん
ミナモト:わからん。けど、ここはもうええわ
礼:……
ミナモト:ここはもういい。どっか、いこや。な。な。
0:(腕を引っ張られて礼、うめく)
礼:痛い!そんな血まみれで飯食えへんよ
ミナモト:はよいこ、どっかいこ、なぁ
礼:車はいやや
ミナモト:ほ、ほな散歩しよか、唐揚げでもなんでも買うたろ
礼:なんも買うていらん。
礼:その血、誰の血ぃや
ミナモト:……外いこうや。もうここいたないねん、お願いや
礼:ええよ。いこ
0:(こどものように手を繋いで歩き出す)
礼:昨日かおとといか千恵がゆうとった。「お前のクソガキっぷりも見納めかもしれへんな」いうて。
礼:なんで普通に死ねへんのやろ。なんで花火みたいな死に方しかできひんのんやろ。
礼:あんたもきっと派手に死ぬねん
ミナモト:……
礼:おやじさんとこ帰ろや
ミナモト:いやや
礼:なんでよ。帰るとこないやんあんた
ミナモト:いやや。帰ったらころされる。
礼:な。帰ろ。帰ろうよ
ミナモト:死ねてか。俺に。
礼:帰りたいねん。俺、外嫌いや。
ミナモト:ヤクザ、嫌いてゆうたやんけ。
礼:ヤクザより、外が嫌いや。
ミナモト:なんやねんお前。なんやねん……お前は何が好きやねん
0:(道路の真ん中で立ち尽くす二人。時々車が通る)
ミナモト:な、お前何が好き?
礼:……
ミナモト:俺はな、俺のおやじが好きやってん。ヤクザも割と好きや。交番のにいちゃんもきらいやない。猫好きや。トラ猫が飼いたかったけど、飼われへんかってん、黒のブチ猫がさ、野良やってんけど目悪くてかわいそうで…(黙る)…あとはあの、コンビニに売ってる、なんちゃらワカメ好きや。梅みたいな味のやつ。あれうまい。あとはハンバーグ好きや。おかんがそれしか作られへんかったねん。豆腐のハンバーグとか、腹ふくれへんけどうまいから好きや。
ミナモト:礼、お前何がすき?お前の好きなもんやる
礼:好きなもんない
ミナモト:(息を詰まらせる)
ミナモト:寂しいこと言うなよ
礼:おやじさんとこ帰ろ。……千恵のとこでもかまへん
ミナモト:おかあさん……おかあさんとこ帰ろ
礼:(手を繋ぐ)な、俺好きなもんあった
ミナモト:何
礼:教えてほしい?
ミナモト:知りたいなぁ
礼:ほな死んで
ミナモト:……なんで?
礼:俺のために死んでくれる人好きや
ミナモト:あ、そうなんや……
礼:あ、そうなんやってなに
ミナモト:よかったやん好きなモンあって。よかったやんけ
礼:死んでくれる?
ミナモト:しゃあないな、……しゃあないな、
ミナモト:(マンション非常階段を指さして)あのマンション、あっこから飛ぶ!見とれよ、礼、このクソガキが、(駆け出す)
ミナモト:(マンションに向かって走りながら)俺おまえのこと大嫌いや!きらいや!きらい!……
0:(階段をあがる息遣い、足音)
0:(しばらくして)
0:(何かが落ちる音)
礼:……死にたそうな顔しよって。死にたがりがよぉ
++END「カオル」++
0:(ミナモト、おやじの部屋をそっとあける)
0:(おやじ、待ち構えている)
ミナモト:(おやじに気づく)!
おやじ:おかえり。
ミナモト:ただいま、戻りました
おやじ:お前、どっち。
ミナモト:どっちでも、おんなじこととちゃいますか。
おやじ:そうだね。
おやじ:どちらもミナモトのおやじの子か。どちらにとっても僕はカタキだね。
おやじ:君さ、僕のことが嫌いだよね
ミナモト:……
おやじ:どうして僕をさ、「おやじさん」なんて呼ぶの。君のそういう気持ち悪いところが、僕は嫌いだ
ミナモト:別に嫌いとちゃいますよ
おやじ:嫌いだろ
ミナモト:……
おやじ:嫌いだろ、っていってんだよ
ミナモト:ほな嫌いです。
ミナモト:嫌われたがりは嫌いや。
おやじ:好かれた事なんてないんだもの、しかたないよ
ミナモト:酔うてます?
おやじ:きらわれてばっかりだ、きらわれてばっかり
ミナモト:「おやじさん」
ミナモト:あんたのことはカタキやとも思てませんよ。
おやじ:……父親のカタキをうとうと思わなかったのか
ミナモト:そんな気にはならんかったなぁ
ミナモト:おやじが死んだちゅうたて俺らは若いんやし、自分が生きとることが一番大事やと思てたんです。生きてて当たり前やないですか、普通に暮らしとったら。
おやじ:「普通」?僕たちは普通じゃないよ
ミナモト:普通でしょ。好き勝手、いっしょけんめい生きとるのは普通でしょ。
ミナモト:でもね、なんか思うたんですけど、
ミナモト:生きとる事て、ほんまはそんなに大事やないんちゃうかな
おやじ:若いのに偉そうなことを考えるものだな
ミナモト:死んだら何も残らんから死ぬだけ損やと思てたけど、生きてても何もならんのやったら、生きてるだけ損なこともあるかもしれへんでしょ。俺もガキなりに考えよったんです
おやじ:そんな昏い目をすると礼に嫌われるよ
ミナモト:おやじさんは生きてて損やと思いますか
おやじ:それ聞いてどうするのかな
ミナモト:生きてて損やと思てるんやったらカタキ討たんでもないですよ
おやじ:(深く息を吐く)さぁねぇ……僕が生きていることは神田さんや、組の人にとってとても大きい意味があるんだよ(考え込む)
ミナモト:他の人は?
おやじ:……
おやじ:……おかあさんにとってはどうかな。
おやじ:僕が生きていることをちっとも喜んでくれないのに、ずっと僕が死ぬことを許してはくれないんだ
ミナモト:……
ミナモト:あんたは?死にたいんですか
0:(長い沈黙)
おやじ:死にたいよ。
ミナモト:そうですか。(匕首を手に突進する)
おやじ:ッグ……か……
ミナモト:……(じっとおやじの目から光がなくなるのを見ている)
ミナモト:礼の、名前ぐらい、出したれよ
0:(間)
0:(ふらふらと歩くミナモト)
0:(鍵がないことに気づく)
ミナモト:鍵……鍵鍵鍵……あらへん、あらへん!あらへん……
0:(ドアを殴る)
ミナモト:礼……礼……礼……礼……(ドアを殴る。ずっと繰り返している)
0:(扉が急に開く)
礼:うるさいっ。やめてよ。
ミナモト:ごめん……
礼:なんやねん
ミナモト:……
ミナモト:鍵なくしてもた
礼:何その血
ミナモト:おやじさん殺した。
ミナモト:お、おまえが、かわいそうで
礼:なんやそれ
ミナモト:お前が、かわいそうやから、おやじさん殺してん
礼:俺の為?
ミナモト:……フハ、ごめん……
ミナモト:いつかお前が俺を殺すときに言うたる。「俺はお前のためにおやじさん殺したんやぞ」言うて。
礼:かっこ悪
ミナモト:かわいげがあるやろが
ミナモト:な、出かけよ。散歩行こ。散歩行こうよ
ミナモト:礼……礼……なぁ
礼:……ええよ
0:(ミナモトと礼、広い通りまでふらふらと歩く)
ミナモト:なぁ礼、またUNOしよな。
礼:UNO飽きた
ミナモト:飽きるん早いな
ミナモト:じゃあ次スピードしよ
ミナモト:スピード飽きたら次何しような、坊主めくりでもする?
礼:坊主めくりって何?おもんなさそう
ミナモト:ふは、あれはなぁ、くそおもろない……坊主めくり飽きたら、どうしよ。お前飽きるん早いんよなぁ。
ミナモト:あ、鍵どこやったんやろう。俺。ごめんな
礼:いいよ別に。
ミナモト:お前のご機嫌とるん難しい
礼:別にとってくれんでええ
ミナモト:そっか、そうやんな
0:(歩道橋にさしかかる)
礼:俺、おやじさんのことほんまに好きやったよ。かわいそうやった
ミナモト:ほんまの親より?
礼:好きやった。かわいそうな人やった
ミナモト:かわいそうやった、か。まぁ、俺かって嫌いやったわけやない
礼:なんで殺したん
ミナモト:嫌いで殺したんとちがう。親殺されて殺したんと違う。
礼:なんで
ミナモト:なんでやろ、なんでやろな
礼:俺のおやじさん返してよ。返して。
ミナモト:……しょうもな、なんでやろうなぁ
0:(礼、つかみかかる)
礼:なぁ返して!返してや!返せよぉ、返せ返せ返せ……なんで殺したんやぁおやじさん返してよ、おやじさん、おやじさんなんで、
ミナモト:やめてくれ、堪忍してくれ
礼:いややぁ(泣いて暴れる)
0:(礼を抱えてミナモト跪く)
ミナモト:泣くなよ、おい!……頼むから!俺のこと嫌いかよ……なぁひとりにせんといて
礼:うぁ、ぁああああ、
ミナモト:お、俺もう、お前しかおらん、お前にも、もう、俺しかおらんやんか、
ミナモト:きらいかよ、俺のこと嫌いかよ
礼:ぁ、もう、ない、もうなんも、なんもない、
ミナモト:――俺は?俺はどうなるん
礼:なんもない、もう……
ミナモト:な、礼。まだ俺がおるやん
礼:こ・ろした・る
0:(泣き叫ぶ礼を抱きかかえて呆然とする)
0:(歩道橋を風が吹き抜ける)
ミナモト:そ、……
0:(言葉を吐き出すまでに必要な時間)
ミナモト:そうか。殺すまででいいから俺のこと愛して