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【短編小説】恋猫と祈り

恋猫と呼ばれる神がいた。

「恋猫さま、恋猫さま
どうか、わたしの恋を実らせてください!」

今日もいつものように人の子が願っていく。
呪文のような言の葉。
耳をピクピクさせながら聞いていると、漸くワタシに気付いたようだ。

「うわっ、きったない野良猫!」

人の子はワタシを見るなり黒い言葉を投げ捨てる。身に纏っているオーラがどす黒い事にシャーッと毛を逆立てると人の子は驚いて境内を後にした。

「フンッ!汚くて悪かったにゃ」

二股のしっぽを右へ左へ揺らしながら、あの人の子の願いは叶わないだろうな〜と顔を洗う。

夢中で顔を洗っていたためか、近付いてくる気配に気付くのが遅れた。

「猫ちゃん、明日は雨なの?」

年若い女の声だった。

「雨だったら、いいのにな」

雨だと何が良いのだろうか。

「私ね、彼氏に浮気されちゃってさ。新しい恋がしたい〜って恋猫様にお願いに来たんだけど」
「うにゃー」
「あはは、お返事してくれてる。でもね、まだ引き摺ってるみたいで…」

雨だったら失恋を洗い流してくれるかなって思ったんだ。

そう、ワタシに話してくるストレートツインテールの女は目の前にしゃがみ込んだ。

「恋愛って、本当に厄介だよね。猫ちゃんはどう?」

そりゃ、猫の世界でも恋は厄介なものなんだよ。

彼女の前に座り直し、じっとその瞳を見つめる。

「にゃー」

オス同士でメスを取り合ったりもするよ。
ワタシも何度も敗北したものさ。
それでも、不思議なモノでね。

人も猫もそれ以外も。
誰かを好きになるとさ。
想いを止められなくなるものなんだよ。

キミは今回、敗北してしまったかもしれないが、むしろそんな男なんてキミには不釣り合いだったんだよ。

きっと、キミにはもっと似合いの相手がいる。

だから、この恋には…まず「ありがとう」と伝えてさ。
それから、ゆっくりと「さようなら」と手放せばいい。

そうすればきっと、新たな縁が巡り巡って、キミに素敵な恋を運んでくれるさ。

「絶対、大丈夫だにゃ」
「え!?」
「にゃー」
「あれ?空耳?」

誰かの声が聞こえたのか、女は驚いていたが目の前でにゃーにゃー鳴くワタシに「ふふふっ、ありがとう」と笑ってから立ち上がると、社殿に向かっていった。

「恋猫様、恋猫様。私、失恋しちゃいました。どうか、新しい縁を結んでください!お願いします」「にゃー」

その願い、しかと受け取ったよ。

パラリパラリと降ってきた雨。

「あ、雨だ!」

彼女は空を見上げながら、その場を動かない。

「猫ちゃん天気、当たり過ぎー!」

濡れていく頬を滑り落ちるのは雨粒か、それとも彼女の涙か。
ワタシはしばらく、その様子を手水舎の屋根の下から眺めていた。

とあるビル街の奥に佇む、願えば縁結びや恋愛が成就すると言われる小さな社。

しかし、ただ祈れば良いわけではない。

この神社に住み着く野良猫、恋猫ときちんと挨拶した者だけが願いを叶えてもらえる不思議な神社。

いつしか、この神社を人は「恋を叶えてくれる猫がいる神社」から恋猫神社と呼ぶようになった。

そして、今日も参拝者が次から次へとやってくる。

それを一匹の猫又は黄色い瞳を細めながら、そっと眺めているのである。


はじめて、小牧様企画、シロクマ文芸部 に参加させていただきました!

ありがとうございました✨


ありったけの愛を込めて!


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