AもBも好きでいる。
ランニングをするなら、朝が好きだ。
できれば5時台に、できなければ6時台に。
東京の人は朝が早いと思う、どんなに早く起きても必ず人に会う。犬を連れているワンピースのお姉さん、悲壮な顔をして駅に向かうおじさん、よれよれの格好で自転車を漕ぐ謎のおじいさん。
「朝早くからご苦労様です」思い思いの世界にいるはずなのに、どこか秘密めいた連帯感が嫌いじゃない。
元々、海外旅行をする中で早起きの習慣がついたのかもしれない。早く起きると活動時間が増える。オランダのキューケンホフ公園のチューリップ、霜柱を踏み締める唐津のゴルフ場、バンクーバーのスタンレーパーク、山梨側から登った富士山9合目、5月に雪が残るフィンランドのヌークシオ公園。場所は違えど、あの朝の空気感はどこかみんな同じような気がする。
冷たい朝の匂いを胸いっぱいに吸い込む。愛おしい朝の記憶。
でも彼女が人生にきて、私のリズムが変わった。
私たちは面白いほど正反対で、生活リズムもその1つ。
彼女はとても夜が遅い。夜更かしをしているのではなく、時間に追われない人間なのだ。私は太陽と一緒に動くため、ある意味常に時間を気にしている。
時に羨ましい、と思うこともある。彼女は自由なのだ。
時に恨めしい、と思うこともある。私はもう寝たいのだ。
そして煩わしい、と思うこともある。だから私はもう眠たいのだぞ、と。
ただそれよりも圧倒的に、楽しい時間も増えた。だから困るのだ。私は自分のリズムが崩れることが嫌いだった。
だけど日が落ちる頃に滑り込む美術館、夜中12時過ぎの濃厚なブラウニーと浅煎りの熱いコーヒー。2時過ぎに泣きながら旅行の準備をしている彼女。
お風呂上がりに、少しくたびれたパジャマとほかほかで眠そうにベットにくる瞬間。
私とは完全に異なる世界。私1人では知り得なかった世界。
どっちかしか選べないのだと思っていた。朝か夜か。
そうじゃないことを、彼女は教えてくれた。そんなつもりはなかったかもしれないけど。
いつか一緒に暮らしたいと思っている。それが自然だと感じる。
ただ、その時は2LDKにしたいと密かに思っている。
私は早く寝たいのだ。
そして朝が弱くて、まだ眠そうに少し青白い顔をして起きる彼女に申し訳ない気持ちになるから。例えその姿を、私はちょっとかわいいと思っているとしても。