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リズと青い鳥、希美が下した「愛ゆえの決断」

 リズと青い鳥はすれ違いの物語である。
音楽が中心の希美と、希美が中心のみぞれ
このすれ違い、「disjoint」が本作の主題だ。

冒頭、登校シーン後の会話から2人のすれ違いは如実に現れている。

みぞれ「うれしい。
希美 「この曲が自由曲なのうれしいよねー みぞれはこの曲知ってた?
みぞれ「知らない。
希美(自由曲について語る
みぞれ 「知らない。

この会話一つとっても、上で述べたようなすれ違いがはっきりと表されている。他にも、オーボエとフルートのソロのずれや、互いに素(disjoint)というのが授業内容や生物学室の試験管立てで示される、といった様々な要素で2人のすれ違い、相互不理解が描かれる。
 
 そして、このすれ違いに、音楽の才能という要素がねじれ込む形で話は展開されていく。
音楽のことしか見ていない希美は音楽に選ばれず、希美のことしか見ていないみぞれは音楽に選ばれる。みぞれだけを音大に誘う、新山先生の行動を通してその図式が浮き彫りにされる。このねじれが2人のすれ違いを加速させる。現実を直視せぬよう、希美はみぞれと向き合うことを避ける。
 しかし、みぞれが自らを、希美に執着するリズではなく、自らの才能の翼ではばたく青い鳥だと認識した瞬間、事態は決定的な物となる。

 みぞれの圧倒的な演奏に打ちのめされ音楽室から飛び出す希美。彼女を追いかける、彼女を打ちのめした張本人であるみぞれ。
そして、物語は最大の山場を迎える。

大好きのハグ、「みぞれのオーボエが好き」というセリフについて


 みぞれを避ける希美。しかし、それでもみぞれは希美に、大好きのハグをする。手を後ろに組む希美に、半ば強引に愛を告げる。
 希美の好きなところをいくつもあげるみぞれ。しかし、希美が一番聴きたいであろう言葉はいつまで経っても訪れない。
希美のフルートが好き。」
その言葉はついぞ、みぞれの口から発せられることはなかった。そして、そんなみぞれに希美は一言、こう告げる。
みぞれのオーボエが好き
 なんて残酷な言葉なんだろう。この言葉はみぞれに対しての拒絶か、もしくは自分の欲しい言葉だけをくれないみぞれへの当てつけか。はたまたその両方か。
 このように考えると、希美がとても冷徹な人物に思えてしまう。どこまでいっても音楽だけが大事で、みぞれのことは結局のところどうでもいいと考えているとまで、捉えることができてしまう。
 しかし、そうではないのだ。少なくとも希美にとってもみぞれは特別な存在であることが次の場面で明示される。
 みぞれと出会った時のことを覚えていないというのが嘘だったこと、希美の回想が、みぞれよりもむしろ鮮明であること。その後の大きく息を吐く仕草。これらから、希美がみぞれのことをどうでもいいと考えているとは、とても思えない。
 ならば、「みぞれのオーボエが好き」この言葉は一体どういった意味合いで放たれたものだったのか?
 嫉妬や拒絶も、もしかしたら含まれていたかもしれない。しかし、希美にとってこの言葉は何よりも「籠を開ける」ための言葉だったのではないだろうか?
みぞれが自分を想う気持ちを理解して、その上で、みぞれの才能が自分という鳥籠の中に閉じ込められないように、みぞれの才能を解き放つために、拒絶とも取れる言葉を伝えたのではないだろうか。
 だって、みぞれにとって何よりも特別な希美が「みぞれのオーボエが好き」だと言ったら、みぞれはオーボエを続けるしかなくなるから。
 希美の言葉はそんな優しい呪いだったのではないだろうか。それを告げ、「籠を開ける」ことこそが希美にとっての、「愛ゆえの決断」だったのではないだろうか。



リズと青い鳥は「ハッピーエンド」だったのか?

 本作は実のところ、冒頭で提示されたすれ違いはなにも解決されていない。希美とみぞれは本当の意味で分かり合えた訳ではない。
 ただ、2人が自分達のねじれたすれ違いに気づいたこと。気づいて、ねじれを解くように、それぞれの道を選んで、その上で、『本番、がんばろう。』と同じ気持ちでお互いに向き合えたこと。この刹那的な交わりが「joint」を生み出したのではないだろうか。
 
 2人がすれ違いを解消する。そして、みぞれの願い通りにずっと2人で一緒にいる。そのことは作中内では叶わない。また、恐らく、本作品後の未来においても、すれ違いは解消されることなく、そのまま2人は別々の道を歩き始めることとなるだろう。しかし、仮にそうだとしても、本作品は確かに「ハッピーエンド」だ。
 なぜなら、音楽を続ける限り、みぞれの心の中には、「みぞれのオーボエが好き」という言葉が響き続けるのだから。希美が吹奏楽部に誘ってくれたという事実は、音楽という羽を授けてくれたという事実は、みぞれの心に残り続け、音楽を続ける限り、その延長線上に広がる青空をはばたくことができるのだから。

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