だんだんと…
結婚して自分の呼び名が変わったのち、これほどあたふたするとは夢にも思っていなかった。
苗字だけが変わっただけで、わたしの自身は変わらないから、いつも違和感がつきまとう。
もともと、わたしはぼんやりしているところがある。新しいことを身につけるのに、どうしても時間がかかるのだ。
うっかりすっかり自分が「小林」だと忘れてしまうのはどうしてだろう。病院の待合やパート先など、何度も名前を呼ばれているのに、まったく気がつかず、お相手にしみじみ呆れられたのは一度や二度ではない……。
わたしは「小林ムウ」と呟いて、自分にいい聞かせる日々が続いた……。
そんなわたしが、ようやく「小林」に慣れたころ、娘が生まれた。結婚してからら2年後のこと。
お産では微弱陣痛に苦しむこと1週間。満足に寝られず、食べられもせず、迎えたお産。いつ子どもが生まれるのか、陣痛がどれだけ痛くなるのか、わからないことばかりで不安だった。それでも、わたしは産むしかない。ボロボロになりながらも最後の力をふりしぼり……。
娘は無事に生まれてくれた。
娘の誕生の日、夫とふたり、何度もナースステーションの娘に会いにいく。ガラスごしの対面なのが、はがゆい。かわいい娘。本当にわたしのおなかにいたのかしら。不思議な心持ち。
その夜、娘はそのままナースステーション預かりになり、お産に疲れ果てていたわたしは、久しぶりにゆっくりと眠ることができたのだった。
その翌日の朝のこと。
夫と母が早々と見舞いにきてくれる。まだ、わたしは体はあちこち痛むし、疲れもとれていない。正直なところもう少し寝ていたいぐらい。
そこへ看護師さんがやってきた。
「赤ちゃんのお風呂指導するから、おかあさん来てくれる?」
わたしは母にいった。
「お母さん、呼ばれてるよ。」
そのとたん、夫と母が同時にふきだした。笑いがおさまらない母が、くるしそうにいう。
「おかあさんは、あんただがね!しっかりしやぁ!」
「あぁ!(そうでした、そうでした)」
まだ笑いがおさまらない部屋をあとにして、看護師さんと歩いていたら、だんだん不安になってきた。こんなに母たる自覚がなくて、子育てできるだろうか、と。
そんな様子が伝わったのだろう。看護師さんがわたしの肩をポンポンとたたいていった。
「大丈夫!みんな、だんだんとおかあさんになってくのよぉ。」
「わたしはおかあさん。」
小さな声で呟きながら、娘をそっと抱き上げた。
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