ママ はは かあさん
娘が生まれて、私たち親への呼び方をどうするか、わりと真剣に夫と話し合ったことがある。
夫は呼びやすい「パパママ呼び」を推す。はやく娘から「パパ」と呼ばれたいらしい。わたしは、「おかあさんおとうさん呼び」を推していた。子どもが大きくなってから「ママ」とは呼ばれたくはないから。それは、想像するだけでも恥ずかしい。
結局、夫に押し切られて、我が家は「パパママ呼び」に決まった。夫の説だと、呼び方は自然に「おとうさんおかあさん」に進化するそうな。
娘にはやく名前を呼んでもらいたいわたしたち。
「ママがオムツかえるよー。」
「パパと一緒にお風呂入ろうねー。」
ことあるごとに、パパママ呼びで自分をアピールしつづけた。
けれど、娘が最初に話した言葉は……。
ねこを指差しながらの「わんわ」だった。
息子が生まれて、またアピールの日々が始まった。このたびは、夫は仕事が忙しく、わたしに有利な展開に。
息子が初めて話した言葉は……。
お昼どきの「まんま」だった。
「まんま」は「ママ」だと主張するわたしに、夫は、「ご飯のことだよ。」とゆずらない。
さて、娘も息子も「パパママ」と呼ぶようになり、10年以上が経ったころ。
ある日、私の背を越した娘が、
『わたし、ママを「はは」って呼ぶことにする。』
そういって、いきなり「ママ呼び」を卒業してしまった。
数年後、今度は声変わりし始めた息子が、
『これからは、「かあさん」って呼ぶね。』
度重なる「ママ呼び」の卒業……。
感慨深いが、ちょっとさみしい。
「ママァ!ちょっときて!」
いや、待て。まだわたしを「ママ」と呼ぶ人がいる。
夫だ。
「はぁーい!」と条件反射で返事してしまうわたし。心のなかでは、わたしはあなたのおかあさんじゃありませんよ、と思っているのに。
わたしも人のことは言えない。夫をつい、「パパ」と呼んでしまう。
「パパママ呼び」を卒業できないのは、子どもたちじゃなくて、わたしたちだったわね……。
※写真は「秘密」ヘレン・ハイド作(1909)です。