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【小説】Solar eclipse

風が強く吹き、ソメイヨシノの花弁が不満げに舞っている。

初めて大学へと向かうために並んでいたバス停で、陽奈ひなの身体は硬直した。
目の前には、涙を浮かべる見知らぬ男。

「この日が来るのを覚悟していた。あぁ、覚悟していたよ。意味がわからないと思うけど、言わせてほしい。ーーこれから死ぬまで、僕は君を愛する」

陽奈は身の危険を感じ、その場から逃げ去った。

その晩のニュースでは、皆既日食が今日訪れたのは数十年ぶりである事を告げていた。


刺すような日差しの中、生死不明のアブラゼミがバス停に横たわる。

陽奈はまたしても男と遭遇した。

あの日の出来事は鮮明に覚えているから、遠目で見ただけで体が強張った。
……アイツだ。

陽奈のことを見るなり、男は痛烈に叫んだ。
「もうすぐだってことは、わかってる。うまく言えないけどーー君を愛している」

一度会ったばかりの男に「もうすぐ」だの「愛してる」などと言われ、危機感を抱かないと言ったら嘘だ。


陽奈はしかし、男の必死な声色と表情に、既視感とも似た奇妙な感覚を抱いた。


家に帰った後、戸締りを何度か確認した。


太陽が早々に暮れる季節、街は寂しさに包まれる。

陽奈は毎日男と遭遇した。
決して身に覚えはないが、男は自分のことをよく知っているようだった。

話の通じない男の言動に辟易しつつも、男の声を聞く度奇妙な既視感に襲われ、異常な状況にも関わらず、なぜだか警察にも相談する気になれなかった。

「久しぶりだね。もう大学生かぁ」

毎日、支離滅裂ながらも真剣な表情で話しかけてきていた男は、
ある朝態度がうって変わって、あたかも数年ごしに再会した恋人のような表情で話しかけてきた。


陽奈は、勇気を出して男に問いただした。

「あなた誰。なぜ毎日、私に話しかけるの」


男は何か納得したような、この世界に独りになったかのような表情を浮かべ、陽奈の前から姿を消した。


二人の季節は巡る。



ツンとする消毒液の匂いに、「柚月ゆづき」は目を覚ました。
初めて見る真っ白な部屋で、わけもわからず天井を見つめている。

目の前には、皺だらけの自分の手を握っている、見知らぬ女。

「覚悟してた。あぁ、覚悟していたの。意味がわからないと思うけど、言わせて。ーーあなたを愛している」


柚月は、世界との別れと、
出会いを悟った。


report

20XX年、そのニュースは世間を驚かせた。
脳神経外科医・K村陽奈氏(65)により新たに報告された「時間逆行性記憶障害」。
治療法は確立されておらず、症例も世界で数件しか報告されていない。
発症したその日から、人生における”日の流れ”を逆向きに体感してしまう難病である。


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▼短編小説集「iridium」


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