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「遊び」「学び」「仕事」の一体化?
教職大学院の授業では、新入生に対して「研究の進め方」をレクチャーする際などに、この『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎著・光文社新書)がよく用いられている。
著者である前野ウルド浩太郎氏は、1980年に秋田県で生まれた昆虫学者である。前野氏は31歳のときにアフリカのモーリタニアへ渡り、農作物を食い荒らすサバクトビバッタの生態を約3年間にわたって研究した。
その成果が認められ、現在は国際農林水産業研究センターの主任研究員を務めている。なお、ミドルネームの「ウルド」は、モーリタニアに滞在中の活動が認められて現地の上司から授かったものである。
前野氏は子どものころからバッタが大好きで、その研究者になりたくて大学院で博士号を取得したものの定職が得られず、将来への不安に苛まれていた。そんな彼が一発逆転を狙ってアフリカのモーリタニアへ旅立ち、そこで経験した一部始終を記したのが、この『バッタを倒しにアフリカへ』なのである(初版は2017年5月)。
サバクトビバッタを追った3年間の道のりは、けっして平坦なものではなかった。まず、バッタのことばかり考えていて語学の習得を疎かにしていた前野氏は、現地の公用語であるフランス語が理解できない。また、日本の実験室でのノウハウが、アフリカの自然と文化の中でのフィールドワークには通用しないということに、現地入りしてから初めて気づく。極めつけとして、肝心のサバクトビバッタがまったく見当たらないという想定外の事態にも見舞われる。
しかし前野氏は、そのコミュニケーション能力とポジティブな思考、次々と襲ってくるトラブルに対して柔軟に対応する姿勢と判断力、そして何よりも、バッタの研究に対する情熱によって、紆余曲折はありながらも、周囲の人々の信頼を得ながら難局を乗り切っていくのだ。
研究のテーマ設定やその進め方を知るうえで、大学生や大学院生にも参考になる内容が多いだろう。また、論文や学会発表、外部資金やポストの獲得の仕方など、好きな研究を一生の仕事にするための参考書としても役立つに違いない。
ちなみに、続編である『バッタを倒すぜアフリカで』(光文社新書)が、今月に出版されている。この新刊については、東京学芸大学教職大学院の渡辺貴裕准教授が、ご自身のFacebookに研究者の視点で感想をまとめている。
その一方で、この本は読者の境遇や興味・関心の所在などによって様々な読み方をすることができると思う。
長期間の海外での生活を予定している人には、異文化の中でコミュニケーションを図り、モチベーションを維持しながら、成果を出していくためのノウハウが詰まっている一冊だと言える。
もちろん、サバクトビバッタの問題をとおして、地球規模の環境や食糧問題について考えるためのテキストにもなるだろう。
そして、バラエティ番組の『激レアさんを連れてきた。』や『しくじり先生 俺みたいになるな!!』を見るのと同じような感覚で、前野氏の軽妙な文章を味わうこともできる。
さらには、「好きなことに対して本気で取り組むことは素晴らしい。そして、それが奇跡を呼ぶこともある」という、青春小説を読むような気分にさせてくれる本でもある。
そのあたりのことは、以前の記事にも書いた。
もう一つ付け加えるとすれば、それは「遊び」「学び」「仕事」の一体化ということではないだろうか。
一般的に、「学び」と「仕事」はベクトルが近いものとして認識されていると思う。しかし、「遊び」と「学び(勉強)」、「遊び」と「仕事」についてはその真逆だろう。それは、
「遊んでばかりいないで勉強しなさい!」
とか、
「仕事は遊びじゃねえんだぞ!」
といった言葉にも現れている。
だが、たとえば野球の大谷翔平選手や将棋の藤井聡太八冠のように、はじめは「遊び」として野球や将棋を楽しみ、楽しいからこそ困難にもめげずにそれを極めようと「学び」を続け、今はプロとしてそれを「仕事」にしている人たちもいる。
言いかえると、「遊び」「学び」「仕事」のベクトルを合わせているのだ。それは前野氏にも共通することだろう。
そんなことは一部の天才や特別な人だけに許されていることだ、と言われるかもしれない。けれども、「学び」や「仕事」を楽しむことは誰にでも可能である。また、「遊び(楽しいこと)」を「仕事」にするという自由度も、以前よりは増していると感じるのだ。
そんなわけで、今日は「遊び」「学び」「仕事」を一体化したイベントである「ニコニコ超会議2024」に来ている、という強引なまとめ方で終わりにしたい(昨年度の様子は下記のリンクから)。
なお、前野ウルド浩太郎氏は、2013年4月に開催された第4回「ニコニコ超会議」のイベントに登壇したこともある。