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「怪談師」になった教え子(下)
(前回のつづき)
芸人のなかには、40代や50代になっても本業だけで生活していくことができず、アルバイトをしながら食いつないでいる人も少なくないと聞く。
だが、伊山君はライブやイベントを中心とする怪談関連の収入だけで生活をすることができているという(定期的にガールズバーへ通うこともできているという)。
30代の前半でプロとしての地位を確立しているというのは、同業者のなかでもかなり恵まれているほうなのだろう。
・・・今回は元・担任の特典として、居酒屋で彼の怪談を聞かせてもらうことができた。演目は、前回の記事でも紹介した彼の著書のなかで、一番はじめに載っている「お菓子の家」という話である。
この話は、彼の知人の妹が幼いころに経験したことがもとになっている。
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・・・ネタバレになってしまうので詳しいことは書けないが、話は間違いなく面白かった。怖いというよりも不思議で不気味なストーリーに、いつの間にか引き込まれていたのだ。
それは話の内容もさることながら、彼の語り口によるところが大きいと思う。私の反応を見ながら、作品の世界に引きずり込んでいくところは、さすがにプロの怪談師である。
・・・この「お菓子の家」の話が気になった方は、ぜひ彼の著書を買い求めていただきたい。
(本が売れたら、いずれはその印税で彼が奢ってくれるかもしれない。)
きっと、この日のように一人の人間を相手にするときと、大勢の人を前にして語るライブのときとでは、話し方を変えているに違いない。
もっと細かく言えば、老若男女、怪談ファンか否かなど、どのような客層を相手にするのかによって使い分けているテクニックもあるのだろう。
・・・彼は、
五代目・古今亭志ん生
三代目・古今亭志ん朝
六代目・三遊亭圓生
七代目・立川談志
など、昭和の時代に活躍した落語家の噺を何度も繰り返して聴いているという。
圓生師匠の「らくだ」を歯磨きしながら聞いていたときには、あまりにも面白くて歯磨き粉を吹き出してしまったので、その後は正座をして聴いたそうだ。
・・・こうして名人たちの話芸から学んだことが、彼の血肉となっているのだろう。怪談師として成長をするために、努力をしているのである。
ただし、本人も語っていたことだが、彼は人と会うこと、人と話をすること、人の話を聴くこと自体が楽しいのだ。
怪談師としての仕事は、そうした自分にとって楽しいことの延長上にあるのだろう。
だから、その腕を磨くための努力も、あまり苦にならないに違いない。おそらく、それ自体も楽しいことなのだ。
・・・けれども、人としても怪談師としても成長をしている一方で、シャイだった伊山少年の姿も、まだ本人のなかに見ることができる。
前回の記事で、小学生時代の彼の特徴としてこんなことを挙げた。
・親の影響なのか、1970~80年代の映画やヒット曲にやたらと詳しい
・妙に理屈っぽいところがある
・人を笑わせることが好き
・大人のことをよく観察している
・私が学級文庫のなかに入れていた『空想科学読本』(著者、柳田理科雄)が愛読書
博識であること、人とは違う見方や考え方ができること、相手の気持ちを推しはかること、筋道を立てて考えること・・・。
怪談師としての素養は、すでに小学生のときからあったのだろう。
・・・伊山君の
「僕は“いらすとや”と同じフリー素材なので、写真などは自由に使ってください」
という言葉に甘えて、居酒屋で撮った写真を載せさせていただく。
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これまでの教員生活のなかで、担任として関わった教え子の数は、のべにして千人ほどになるだろう。
そのなかで、自分が本当に好きなことを仕事にすることができた者は、それほど多くはないはずだ。
怪談師・伊山亮吉の益々の活躍を祈りたい。
そして最後に、元・担任としてのアドバイスを一つ送っておこう。
「カノジョがいるのかどうかは知らんが、ガールズバーに通うのは、なるべく控えなさい!」