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今一度、洗濯いたし申候

 私の生まれは高知県である。といっても、生後10か月で他の県へ引っ越してしまったので、高知のことは何一つ記憶に残っていない。

 国家公務員だった父は、私が中学生になる時分まで2〜3年周期で転勤を繰り返していた。高知の次は金沢、それ以後は岡山、新潟、名古屋、藤沢(神奈川県)という順に転々とし、横浜に来たのは中学1年生のときだ。そこで父は退職し、それからは横浜が定住の地になった。

 いまは亡き母に聞いたところによると、私が生まれた直後に父の知人が、
「高知で生まれた男の子だから、南海の男と書いて『南海男(なみお)』という名前はどうだろうか」
 という話を持ちかけてきたのだそうだ。

 両親はやんわりとこの提案を断ってくれたのだが、もしも「南海男」という名前がついていたら、もっとスケールの大きな人間になっていたのかもしれない。

 あるいは、地元が生んだ幕末の英雄にちなんで、「龍馬」と名づけるという選択肢もあっただろう。だが、名前負けしていた可能性が極めて高い。


 私の出生地である高知県の最近の話題といえばこれである。

 高知県教育委員会は29日、2025年度採用の小学校教諭(採用予定130人程度)について、合格通知を出した280人中、既に7割超の204人が辞退したと明らかにした。新たに13人に追加合格を出し、12月には2次募集(40人程度)を行う。長岡幹泰・県教育長は教諭の確保に向けて「高知大の教育学部生に、仕事の魅力を発信する場を設けたい」とした。

 今年度、高知県は教員採用試験の日程を例年よりも2週間早めている。試験日程を前倒しすることによって、早期に人材を確保することを狙ったようだが、それが裏目に出てしまったかたちだ。 

 それはそうだろう。他の自治体よりも試験日程を早めれば、他との「掛け持ち受験」や模擬試験がわりの「お試し受験」が増え、辞退者が増加するのは当然である。

 また、教諭の確保に向けた、
「高知大の教育学部生に、仕事の魅力を発信する場を設けたい」
 という対応についても、それは如何なものだろうか。

 2017年に立教大学の中原淳研究室と横浜市教育委員会が共同で行った質問紙調査の結果に、次のようなデータがある。

 この調査によると、
「あなたは、現在の仕事にやりがいを感じていますか」
 という質問に対して、78.2%の教員が「感じている」と答えている。

 その一方で、
「これから教員を目指す若い人に、この仕事を勧めたいと思いますか」
 という質問に対して、「そう思う」と回答した教員は34.0%に留まっているのだ。

「やりがいがある仕事だが、若い人には勧めたくない」
 と考える理由が、「教員の長時間労働」にあることは言うまでもないだろう。

 学生たちだって、
「やりがいがある仕事だが、長時間労働の問題は依然として改善されていない」
 ということをとっくに知っているはずだ。

 そうであれば、高知県教育委員会が取り組むべきことは「やりがいのアピール」ではなく「長時間労働の早期是正」の一択だろう。


「新たに13人に追加合格」を出したということは、一度は不合格だと判断した受験者を正規の教員として採用するということである。また、2次募集で40人程度が集まるという保証はどこにもない。

 質量ともに教員の確保が危機的な状況にある今こそ、高知県教育委員会には「教員の長時間労働の是正」に向けて本気で取り組んでもらいたいものだ。

 さもないと、郷土が生んだ幕末の英雄が現代にタイムスリップして来たら、
「教育委員会を今一度、洗濯いたし申候」
 と言われてしまうぜよ。

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