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女王アリを失った巣

 今から3年ほど前、東京の多摩動物公園でハキリアリという中南米を中心に生息するアリの巣が展示され、大きな話題になった。

 公開されたこのアリの巣は、すでに女王アリを失っており、それ以降は活動が衰退し、崩壊を迎えつつあったのだ。巣を再現したケースの前には、こんな掲示があった。

「終焉を迎える群れの行く末を、ぜひ観察してみてください」

 ハキリアリという名前は、食糧を確保するために葉を切り取るという動きに由来する。アリたちは葉そのものをエサにするわけではなく、切り取った葉を分解し、そこにキノコの菌を植え付けるのだ。

 1~2週間ほどすると、葉にはキノコになる前の菌糸体と呼ばれる小さな塊ができる。ハキリアリたちは、それをエサにするのだ。葉を摘んで巣に運び、そこで食糧を生産するという過程は人間の農業を連想させる。

 ・・・女王アリを失うと、群れでは仕事の効率性が低下してくる。働きアリの作業は「葉をかみ切る」「それを運ぶ」「不要な葉を捨てる」などの分業制で行われるのだが、それぞれの現場で作業に従事するアリが減り始めるからだ。

 女王アリが他のアリたちに指示を出したりすることはないため、その死がすぐに群れの行動に影響を与えるわけではない。しかし、寿命が尽きたアリが死んでいき、その代わりとなるアリは生まれてこないのだから、それまで分担されてきた作業には徐々に歪が生じてしまうのだ。

 多摩動物公園で展示されたこの巣の場合も、働きアリたちの連携が崩れるにつれ、個々のアリにも無駄な動きが増え、役割がなくなってうろうろするだけのアリがいる状態と化してしまったらしい。

 しかし、自分の体と同じくらいの大きさの葉を背負い、懸命に歩き続ける働きアリの姿も見られた。その先には、処理する者がなく、葉がたまり放題になった廊下が広がっていたという。

 ハキリアリの寿命は約3か月である。女王アリを失った巣には、約3か月後には確実に終焉が訪れることになるのだ。この巣の場合も、巣の終焉が明白になった段階で展示は終了となった。


 女王アリを失った巣の全体を、出生率が低下して人口の減少が続く日本社会のメタファーとして見ることもできるだろう。

 一方、個々の働きアリのことに目を向けると、巣の終焉が迫るなかでも懸命に葉を運び続ける姿が哀れでならない。この働きアリの姿を私たちのメタファーだと思いたくはないのだが・・・。

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