
45歳・教員の「越境学習」 ~日本財団での1年間~(26)
出船精神
「出船精神(でふねせいしん)」という言葉を初めて聞いたのは、「やまと競艇学校(現、ボートレーサー養成所)」に体験入学をするため、福岡県柳川市を訪れたときのことだった。
もともと、船舶を港に係留する際、船首を港の出入り口である海側に向けることを出船、逆に陸側に向けることを入船(いりふね)といった。
出船、すなわち航海中とは方向を変え、後ろ向きで入港するためには時間も手間も必要になる。しかし、いざ港を出る際には短時間ですむ。急に出港をすることが多い軍艦の場合だと、この停め方のほうが圧倒的に有利なのだ。
そのため、かつての日本海軍でもこうした係留の仕方が用いられていた(これは軍艦に限ったことではなく、たとえば消防署の場合も、緊急出動に備えて車両の前方を外側に向けて駐車するようになっているそうだ)。
そして、このように「次の動きを円滑にするべく事前に準備し、常に使用可能な状態にしておく」という心構えは「出船精神」と呼ばれ、海で働く人々を中心に日常生活の中にも浸透していったという。
たとえば、「やまと競艇学校」に体験入学をした際、靴箱に靴を入れるときには通常とは逆に、
「出船精神で、つま先側が手前になるように入れなさい」
という指導を受けた。
また、競艇学校の外でも、柳川市内の駐車場には「出船(バック)駐車」の看板が立っており、駐車スペースを示す白線の区画も船の形に仕切られていた。

さすがは漁港がある柳川市だけあって、「出船精神」が根づいているのだろう。
人に対しても仕事に対しても、常に対象と正面から向き合って次の行動に備えていれば、よい結果を生むことも多いはずだ。その意味で「出船精神」は理にかなったものだと言えよう。
ただ、一つだけ言わせてもらえば、靴箱の靴に関しては踵側が手前にあったほうが取りやすく、次の行動に移りやすいと思うのである。