【45分で分かる】P&Gでも教わらないブランディングの教科書
このnoteでは、"ブランディング"に関する体系を教科書のように纏めたいと思います。2020年7月に書いた「【1時間で読める】P&G流マーケティングの教科書」とセットにして、ついに教科書シリーズの完成となります。
これを読めば、マーケティングとブランディングの全体像が体系立てて頭に入ると思います。ウェブマーケティングやSNSマーケティングといった「HOW」に終始する細かい各論よりも、まず初めに全体像を頭にインストールすることには大きな価値があります。あとは実務を通して、その枠組みの中に自社ならではの肉付けをして頂ければよいかと思います。
併せて読んでもらえれば、マーケティングとブランディングに必要な知識としては、国内外のトップ企業で働いているブランドマネジメント従事者と変わらないレベルになると確信しております。
2020年7月に書いた「P&G流マーケティングの教科書」というnoteでは、自分の想像を遥かに上回る反響と、「石井さんのおかげで光が見えた!」というような感謝の連絡も多数もらいました。マーケティングというよく耳にはするけど実は誰も明確に定義づけすらしていない体系を、「顧客のJob」を中心に、我ながら頑張ってまとめられたと思っております。
その中で、実は深入りしていなかった話題があります。それは「ブランド」、あるいは「ブランディング」に関する話です。実はあの時は、複雑すぎて内容を体系立ててまとめきる自信がなかったのと、分量が多くなりすぎる恐れから敢えてその項目を外しました。
あれから半年間、ブランドに関する何冊もの本と海外中心に論文や記事を読み、試行錯誤の末やっと整理できたことは、自分にとってもひっかかっていた心のもやもやが取れた気分です。満を持して、このnoteで存分に書き記したいと思います。
突き詰めて考えれば考えるほど、マーケティングとブランディングとの関係性が分からなくなってしまったり、混乱している方は多いのではないでしょうか?包含関係にあるのか、それぞれ独立した活動なのか、多少オーバーラップしている部分があるベン図のようなものなのか。
例えば、僕はP&Gのマーケティング本部に採用されました。一方で、名刺にあった肩書はブランドマネージャーです。社内でもブランドマネジメントという役割組織に身を置いていました。どこにもマーケティングという言葉は出てきません。
では僕がやっていたことはブランディングなのか?というと、世間的なブランディングの定義を遥かに超えたことをやっていたように思います。生産のことを考え、販売戦略を考え、法務と相談し、などはイメージするブランディング活動というには少しかけ離れていたと思うのです。でも確かにブランディングもやっている。では僕がやっていたことは何なのでしょうか?
前回のnoteと同じく、想定している読者ペルソナは過去の自分自身です。2015年に、右も左も分からず総合商社からP&Gの門を叩いた自分。「これさえあればあんなに苦労しなかったのに!」というようなものを書けたという自負があります。
「そろそろうちの会社もブランディングしないと広告だけじゃ勝てない」
「今回は便益訴求じゃなくてブランディング訴求のCMが作りたい」
もしこれらの発言を耳にしたり、ご自身でも考えたことがある方がいたら、本noteの内容を読んで頂き、あらためてしたうえで課題がどこにあるのかを考えるヒントになると信じています。
ブランディングというものが、「おしゃれでビジョナリーな世界観を伝える活動」という、ふわっとし感覚に支配されている違和感を払拭します。ブランディングとは、突き詰めると利益=付加価値の創造に他ならないことが腹落ちするはずです。利益を求める皆様に必ずや意味のある内容だと思います。
では、始めましょう!
注) このnoteだけでもすんなり読めるように努めていますが、前note「【1時間で分かる】P&G流マーケティングの教科書」を先に読んだ方が、より体系的な知識として頭に入りやすいはずです。お時間許せば、ぜひご一読してみて下さい。
1. 【論理編① 消費者目線】ブランディングの本質は、意味や約束の付与である!
製品とブランドを分けるものは何か
「ブランドとは何か?」という問いに答えてみて下さい。ビジネスパーソンに限らず、多くの方が日々なにげなく"ブランド"という言葉を使っていますが、解像度高くブランドを定義づけている人は少ないのではないでしょうか。
ブランド=高級品、とか、ブランド=ロゴみたいな、輪郭線が非常にあいまいで不確かな理解をしている場合がほとんどです。実際に、goo辞書では以下のように定義づけられています。
ブランド【brand】
銘柄。商標。特に高級品として有名な商品と、その商標。「デザイナーズブランド」「ブランド品」
goo辞書より引用
特にこの定義にケチをつける必要はありませんが、ことビジネスにおいてこの定義はあまり意味をなさないと考えます。ビールは決して高級品ではありませんが、プレミアムモルツは明らかにブランドです。商標が付いているものは何でもブランドかと問われれば、名前を聞いても顧客の中にイメージすら浮かばないようなものはブランドとは呼べないでしょう。
人により会社により、様々な定義があることを承知したうえで、ここではブランドを以下のように定義付けたいと思います。人の数だけブランドの定義がありるのでこれが絶対的に正しいとは言えませんが、シンプルさと解釈の明瞭さにおいて優れた定義づけだと思っております。
ブランド = 製品 + 意味や約束
先ほどのビールの例で考えてみましょう。製品は明らかにビールです。ビールと言われてパッと思い浮かぶブランドは、アサヒスーパードライ、サントリープレミアムモルツ、キリン一番搾り、サッポロエビスビールくらいにしておきましょう。とすると、それぞれのブランドは、以下のような式で表せます。これは、あくまで僕が個人的に知覚している意味・約束になります。
スーパードライ = ビール + 疲れた日に一気に流し込む爽快さ
プレモル = ビール + 特別な日に花を添えてくれる
一番搾り = ビール + 雑味がなくどんどん飲めて気持ちいい
エビス = ビール + 高級感があり一皮むけた感を味わえる
製品としては全て「ビール」なのですが、そこに意味や約束が加わることによって、各ブランドが成り立っています。顧客は、意識してか無意識にか、ビールを購入する際にこの意味や約束の部分を比較・検討し、最終的には購入を決定づけているわけです。
ブランディングとは読んで字の如く「ブランドを作る」活動なので、究極的には「製品に意味や約束を持たせる」ための活動そのものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。すべてのブランディングの活動は、ブランドが狙った意味を消費者の間で占有するために行っているのです。
ブランディング=ブランドを作る活動
ブランド=製品+意味・約束
⇔
ブランディング=製品に狙った意味や約束を持たせる活動
意味や約束になり得るもの
「意味や約束」は少しだけ曖昧で、何にでもなり得るがゆえに、どのようなものにすればいいか困ってしまうかもしれません。どの粒度の意味や約束を持たせればいいのか、というのはまさしくブランディングにおいて難しく頭を悩ませるポイントだと考えます。
一般的には、意味や約束は「ベネフィットであるべき」というのが教科書的な回答です。ベネフィットとは、最終的に顧客が受け取る便益のことです。「顧客はドリルではなく8mmの穴を求めているのだ」で有名なドリルの例を引き合いに出せば、「(顧客は)8mmの穴を正確にあけることが出来る」というのが便益になります。便益において、主語は常に顧客になります。
「8mmの穴を正確にあけることが出来る」は、いわゆる機能的なベネフィットになります。一方で、より情緒的なベネフィットが重視されるカテゴリやブランドも存在します。情緒的なベネフィットとは、そのブランド(の機能的ベネフィット)を使用・体験した結果として、どのような心理的便益を受けられるのかというものになります。
例えばAppleの製品は、その製品が持つ機能的ベネフィット(なめらかなUI / UX等)以上に、Apple社の製品を使っていることで得られる「時代の最先端にいる」「クリエイティブな人間である」という自己肯定感、という情緒的な便益を求めて購入している人も多いように思います。
一方で、プレミアムモルツの「神泡」や、リポビタンDの「タウリン1000mg配合」のように、そもそも便益ですらない、「便益をサポートする製品特徴」が意味や約束となっているブランドも多々あります。むしろ、周りを見渡すとこのタイプのブランドは多いかもしれません。
これは、それらの製品特徴を知覚することが、自動的に与えたい機能的・情緒的便益と直結しているプレモルやリポDの場合にのみ力を発揮します。が、一般的には悪手とされています。なぜなら、消費者は製品特徴を購入するわけではなく、究極的には便益を購入しているからです。もっと言うと、便益を購入することによって、自信の抱えるJobを解決しているのです。(詳しくは前のnote参照。)
タウリン1000mg自体には、特に意味や約束はありません。しかし、「タウリンという得体は知れないが凄そうな成分が1000mgも入っているということは、元気がもりもり湧いてきて今日という日を二日酔いでもがんばれそう!」という便益=意味や約束に直通しているので、消費者は購入しているのです。
ちなみに、このような何かをサポートしている特徴をマーケティング用語でRTB(Reason To Believe 信じるに足る理由)と呼んだりします。情緒的ベネフィット、機能的ベネフィット、製品特徴の関係は以下のようにあらわせます。
情緒的ベネフィットのRTBは機能的ベネフィット
テンションが上がってくる(情緒的ベネフィット)、なぜなら、二日酔いが治るから(機能的ベネフィット=RTB)
機能的ベネフィットのRTBは製品特徴
二日酔いが治る(機能的ベネフィット)、なぜなら、タウリンが1000mgも入っているから(製品特徴=RTB)
一般的には、値段が高く顧客のエンゲージメントが高い商品ほど情緒的ベネフィットの占める割合が高くなり、価格の安いものは機能的ベネフィットや、それすら見られずに価格で判断されることになります。
例えば、台所用洗剤に情緒的ベネフィットを感じて購入する人はおそらくほとんどいないのですが、衣服や装飾品は機能以上に「それを購入して使ったらどんな気持ちになるか?」という観点で購入を決めていることは、直感的にも分かるのではないでしょうか。
意味・約束は顧客に知覚されてなんぼ
この章の最後に、とても重要なことを述べたいと思います。それは、この「意味や約束」は、顧客により知覚されているものである、ということです。つまり、ブランド側がどんなメッセージを発しているかではなく、結果として顧客の頭の中にどのように意味や約束が知覚されているかが全てなのです。そういう意味では、ブランドとは本質的に顧客により保有されているもの、と言ってもいいかもしれません。
およそ世の中の全てのブランドは、「こんなJobを持っているあなたには、当社のブランドがぴったりです!」と主張しています。しかし、実際に手に取られるブランドはごくわずかです。なぜなら、消費者はJobを解決するのに、残念ながらそのブランドの便益=意味や約束を用いるのがぴったりとは思っていないのです。(もちろん、そもそも仮説として持っているJobが大きく外れているということも往々にしてあります。)
「Perception is everything どう思われているかが全てだ」とはまことしやかにP&Gで語られている話ですが、まさに顧客の知覚こそが全てなのです。二日酔いを治せることではなく、治せると思われていることが購入に繋がるのです。もちろん、製品が悪いとトライされた後にブランドが信用を失うことになります。
ブランドが狙った意味や約束の知覚を狙った通りに顧客に残すのは本当に難しいのです。だからこそ、ブランディングという活動は尊いし、ブランディングが出来る会社は限られています。そして、ブランディングの出来るごくわずかの会社は、競争優位を持ったまま卓越した結果を残すことが出来るのです。ここら辺の具体的なアクションに関しては、4章以降の実践編で解説していければと思っています。
2. 【論理編② 企業目線】自社にとってブランドは付加価値、競合にとってブランドは参入障壁!
前の章では、顧客サイドからみたブランドの本質に迫りました。この章では、会社サイドから見たブランドの意義を丸裸にしたいと思います。"自社"の視点と、"他社"の視点からそれぞれ見ることとします。
これを理解すると「ブランディング」が、どのような形で会社の成績表であるP/Lどのような影響を与えるかが、直感的に理解できると思います。「ブランディングしか勝たん」ということがご理解頂けるのではないかと思っています。
「意味や約束」は利益=付加価値そのもの
自分で検証したわけではありませんが、とある記事によれば、ブランドマネジメント制を敷いている会社の営業利益率は、同業種内のそうではない会社に対して営業利益率が5-10%ほど高いそうです。この高利益率に最も貢献している要素は、言わずもがな高単価だからでしょう。これはなぜでしょうか?なぜブランドは高単価になれるのでしょうか?
例えば、某フランス老舗高級ブランドH社のTシャツと、TシャツとコンビニのTシャツで考えてみます。コンビニのTシャツは1,000円で売られているのに対して、H社のTシャツはネットで調べる限り一番安いもので7万円台です。その差は実に70倍です。この秘密をブランドの観点から探っていきましょう。
大いに単純化すると、価格は以下のような式で書くことが出来ます。難しいことを排除するために、販管費や間接費はここではナシです。
価格 = 原材料費(コットン) + 加工賃(人件費) + 利益
次に、価格を構成している3つの要素をそれぞれ見ていきます。
まずは原材料費に関して。実は、Tシャツの材料であるコットンの価格は、世界中で共通です。コットンはNYCE(New York Cotton Exchange ニューヨーク綿花取引所)に上場している完全なコモディティなのです。例えば金や銀の価格が世界中で同じなように、コットンは世界中で一律79.77セント / ポンドにて売買されています。(1/12現在。)
もちろん産地によってプレミアムは付くと思いますが、おおむねどこで売り買いしようとコットンの値段は同じです。つまり、H社が仕入れようが、名もなき中国の町工場が仕入れようが、原材料費はほぼ同じで、ここが70倍の価格差の決め手になるわけではありません。質による差があっても、せいぜい2-10倍くらいのレンジには収まるのではないでしょうか。
次に加工賃≒人件費です。これに関しては、原材料費よりは上下があるでしょう。H社と名もなき中国の町工場の人件費を厳密に比べるのは難しいですが、ここでは物価で比べることとします。H社の工場はフランスにあるので、フランスと中国で比べましょう。
かの有名なビックマック指数を用いると、フランスが4.79ドルで中国が3.10ドル。なので、人件費は少なくとも1.5倍H社の方が高そうです。H社では中でも熟練の職人が作っているでしょうから、これもプレミアムがつくとして、4-10倍くらいまでのレンジになるのではないでしょうか。
ここまで見ると、原材料費はほぼ同じ。加工賃は最大10倍程度の差があることが分かりました。このままでは、到底70倍の価格差には到達しないように感じます。この差はどこから来ているでしょうか?
お気づきの通り利益です。もしくは、付加価値とでも言ってもしれません。そして、この部分はまるまるブランドの持つ意味や約束と言い換えてもいいでしょう。それを数式で示したいと思います。
H社のTシャツの値段 = 70,000円 = Tシャツ値段 + H社の持つ意味や約束の付加価値(利益)・・・①
Tシャツの値段 = 1000円 = 原価 + 加工賃・・・②
①の式に②を代入して整理すると、以下。
H社の持つ意味や約束の付加価値(利益) = 69,000円
お分かりいただけたように、原材料費や加工賃というのは、製品が決まっていれば一定の値に収束します。ビールの原材料は麦とホップと水で、その原材料費はスーパードライだろうとエビスだろうと概ね一定のレンジに収まっているはずです。なぜなら、麦もホップも水も市場価格が存在するコモディティだからです。
加工賃もある程度上下しますが、生産地が同じであれば概ね一定の値に収束するのではないでしょうか。よほどの職人さんを除き、同じ業界で同じ役職で同じ職務についている方の時給のレンジは、だいたいそんなものだと思います。(機械化などによる生産性のパラダイムシフトが起きている場合はもちろん変わりますが、他社も導入していると考えるのが自然なので、あまり差別化要因にはならないのではないかなと。)
となると、本質的に企業が収益性のためにコントロール出来る独立変数は、ブランドの持つ意味や約束の付加価値でしかなく、これは利益そのものです。ブランドが意味や約束の付加価値を持っていなければ、製品として売ることしかできず、原材料費+加工賃という市場価格に収れんしていきます。まさしくこれがコモディティ化と呼ばれるものです。
利益を上げることが企業に課せられている使命だとすれば、企業は真剣にブランディングに取り組むしかないのです。もちろん、コストカットや販管費の調整など、短期的には出来ることがありますが、大局的に考えれば、ブランディングは企業が命を懸けて取り組まなければならない課題だということを分かっていただけたのではないでしょうか。
競合にとっては崩せない城壁となる
顧客の頭で一度築かれてしまった意味や約束は、競合他社にとっては攻め落とすのが難しい城壁となって立ちはだかります。ブランドは常に堅牢な参入障壁として新規参入者を拒むのです。
強力なブランドが特定の意味や約束を占有しているカテゴリーにおいて、他社が取れる打ち手は以下のうちのどれかしかありません。さもなければ、低価格戦略をとって強者からこぼれた顧客を広いつつ、低収益で厳しい戦いを強いられることとなります。
1 同一Jobに対し、異なる意味や約束を提案する。
2 異なるJobに対し、異なる意味や約束を提案する
どちらにせよ、消費者の知覚に変動を起こすために、大きなリソースが必要になります。製品開発、コンセプト開発、コミュニケーション開発、広告投資etc、他社によって築かれた城壁を切り崩すのは、生半可ではないコストがかかるのです。逆に言うと、自分たちがそれを作ることが出来れば、他社にそれを強いることが出来るというわけです。
3. 【論理編③】マーケティングとブランディングの違い論争に終止符を
ブランディングとマーケティングは同じか
前章までを読んできて、一部の読者さんの頭のなかが少し混乱してきたかもしれません。「マーケティングの教科書」で出てきたJobの話と、今回初めて持ち出している「意味や約束」の話が少し交錯しているからです。なので、まずは結論から述べたいと思います。
ブランディングは、広義のマーケティングに内包され、狭義のマーケティングとは異なるが一部を共有している。
図示すると以下のような形です。
それぞれの定義は、以下の通りです。
広義のマーケティング:
Jobの発見と解決に至る一連のプロセス
狭義のマーケティング:
商品・コミュニケーショ・広告・イベントなどを通じて顧客の知覚に変化を及ぼし、購入へ促す活動。矢印の向きは、企業→顧客。
ブランディング:
顧客の知覚の中で、自社製品に対する狙った意味や約束を創り出す活動。矢印の向きは、顧客→企業。
「マーケティングの教科書」で触れたマーケティングの定義は、ここでいう広義のマーケティングになります。そういう意味では、僕がP&G時代に必死に行っていた活動も、この広義のマーケティングになります。
90%以上の会社で使われているマーケティングという言葉は、一般的に今回の定義で言う狭義のマーケティングのことを指しています。もしくはもっと狭く、広告による認知獲得を指しているケースが殆どです。間違いなく広義のマーケティングの中でも重要な部分ですが、全てではありません。
一方でブランディングは、顧客の知覚の中で、自社製品に対する狙った意味や約束を創り出す活動になります。矢印の向きは、顧客から企業に向いています。従来型の広告をPush型の広告とかと呼びますが、それの逆のPull型施策は、このブランディングの思想に近いかなと思っています。(ただし、狙っている意味や約束を植え付けられていないと効果的ではないのですが。)
ブランディングと狭義のマーケティングが被っている領域、これはまさに「顧客の知覚」であります。顧客の知覚に訴えかける、という一点においては、ブランディングと狭義のマーケティングは共通しています。そして、その変えるべき知覚は、顧客のJobを探求することで導かれます。
つまり、顧客のJobが広義のマーケティングの中心にあり、そこを含む形で顧客の知覚を共有しあっているのがブランディングと狭義のマーケティングになる、というのが全体像になります。
ブランディングが先か、狭義のマーケティングが先か
ブランディングと狭義のマーケティングの間に活動の優劣はありません。ですが、考える順番としてどちらが先に来るべきかと問われれば、僕はブランディングが先だと考えます。
優れたブランディングによって意味付けされている製品は、狭義のマーケティングによって飛ぶように売れていきます。ちょっと専門的っぽく言うと、CVRが高くなるので、プランのROIが上がります。もしかしたら、狭義のマーケティングすら要らず、勝手に消費者が寄ってくるかもしれません。
また、狙った意味付けがなされていないで獲得した顧客は、安いから買ったか、偶然の衝動買いであるケースが多く、結果としてリピート率が低くなります。利益はリピート客によってもたらされるので、これでは収益性が上がりません。
こってりした豚骨ラーメンが好きで、自分で調べてわざわざ来てくれたお客さんは、その豚骨の味に満足すれば高い確率でリピートしてくれます。しかし、食べ物に興味がなくて、偶然空いてたから入った旅行客は、いかにこってりに自信があってもリピートする確率は低いわけです。
という風にブランディングを先にするべきだと話しましたが、実際にはブランディングは1日で成らずです。狭義のマーケティング活動の結果としてブランディングが進んでいく、というのが殆どです。なので現実的には同時並行のプロセスになるのですが、「どんな意味や約束を付与したいのか」という視点は、一番最初から持っておく必要があると考えます。
4. 【実践編①】ブランドを築く活動とブランドを壊す活動
強いブランドを連想してみる
まず、頭の中に強いと思うブランドを思い浮かべてください。業界は何でもいいですが、なるだけ検証しやすいように馴染みがあるものの方が良いです。次に、そのブランドで思い浮かぶものをかたっぱしから挙げていって下さい。物理的に知覚可能なものでもいいし、持っている印象や、連想する景色だったりしてもOKです。
例えば僕のケースでいくと、スターバックスを思い浮かべました。連想するのは以下のようなものです。
緑と自由の女神みたいなロゴ、きれいな店内、照明が明るすぎず落ち着いている、ゆったり仕事がしやすい机と椅子、Wi-Fi、ビジネスパーソンが多い、禁煙、オシャレな街には必ずある、店員が笑顔で元気
この結果、僕の中でのスターバックスの意味や約束は「気分転換に行って、1-2時間集中して仕事出来る」というようなものになっています。実際、このnoteの執筆のように重めの書き物があったりする際に、家の中ではなかなか進まな時などに行くことが多いです。(今もスタバの中にいます。)
僕は、複数のスターバックスに行く中で、先ほど挙げたような特徴を連想しており、結果として「集中して仕事できる」という意味付けを行っているわけです。
行く先々のスターバックスで全く異なる特徴があったり、お店のクオリティにバラツキがあったとしたら、スターバックスにこのような連想や意味付けは持っていないでしょう。
一貫性こそがブランドを築き上げる
ほぼ答えを言ってしまいましたが、顧客体験における一貫性(Consistency)こそがブランドの意味や約束を強固にします。ここでいう顧客体験とは実際に使用・経験する場面だけでなく、広告を見たり、パッケージを見たり、人から聞いたり、ツイッターのタイムラインを見たり、といったすべてのブランドとの接点のことを言います。
例えば、スターバックス東京店は落ち着いてるけど、大阪店はパンクミュージックが流れててヤンキーばっかりがたむろしてる、なんてことになれば、僕は「仕事するところ」という意味付けは行わないわけです。行く店行く店で違う色・デザインのロゴを使用していたとしたら、どこかの街でスターバックスに入りたいと思っても何を目印にお店を探せば分からないでしょう。
これはスターバックスに限りません。およそ皆さんが強いと思えるブランドは、顧客体験が一貫しているはずです。そうでなければ、固有のイメージを持てるはずがないのです。
Appleの製品はどれもシンプルなデザインで、ボタンや色がごたごたとしていることはありません。Appleストアは世界中どこのお店に行ったって天井が高く、スペースが広く、白が基調で、明るくてスタイリッシュです。
コカ・コーラのパッケージはどこの国でも赤色で、液体の色は黒色です。味はなんともいえない「コーラ味」が一貫されていて、薄かったり濃かったりすることはありません。(注:一説にはメキシコのコーラが一番おいしいという説もありますが。。。)
ラーメン二郎はどこのお店に行っても黄色い看板、机が油まみれ、床がちょっと汚く、ラーメンは途轍もないボリューム、「にんにく入れますか?」というコールに答える、という一貫性があります。スタイリッシュな店内ですっきり塩味のラーメン二郎、なんてものは存在せず、二郎の床は"逆に"汚くなくてはならないのです。
ブランドとして顧客のJobを発見し、それを解決するために顧客が購入して使用したくなるような意味や約束を考えます。そのうえで、その意味や約束がすべての顧客接点で想起されるように、顧客体験を計算して作り上げていく必要があります。そうすることで、一貫した顧客体験が生まれ、じわじわと顧客の頭の中にブランドが出来上がっていくのです。
一貫性の欠如がブランドを壊す
成功するブランドを作るのはある種のアートの領域が入ってくることは否めないでしょう。論理的に考えつくすことで失敗確率を下げることは出来ますが、大成功するブランドを作れる確証はありません。
一方で、古今東西ブランドが壊れてしまう活動は、驚くほど共通しているものです。突き詰めると、それは「一貫性を欠いてしまう」ということになるのですが、より具体的な例をここでは出したいと思います。
「一貫性を欠く」というのは、二つの意味をはらんでいます。一つは、同時期に一貫していない顧客体験を提供してしまっている例。A店舗とB店舗では全く違う顧客体験になってしまっている、のような例です。
もうひとつは、過去やってきたことと現在やっていることが全く異なってしまっている例です。昨年は辛い!を売りにしていたのに、今年は甘い!を売りにしているカレー屋には、顧客の頭の中に意味や約束が形成されづらいのは明らかです。
それにも関わらず、実際にはこの2つはそこかしこで起きてしまっています。それを引き起こしてしまう原因あるあるをまとめましたので、チェックしてみて下さい。
ビジネス的要因
1 毎月のようにニュース作りのために新商品を投下していて、そのたびに元来のブランドの意味や約束が薄まってしまう
2 同じブランド名でカテゴリーを広げすぎてしまい顧客が混乱する
3 サブブランドを出した結果、もともとのブランドと異なる意味や約束が付与されてしまい喧嘩して打ち消しあってしまう
組織的要因
1 ブランドの担当者がころころ変わりすぐに方針が変更になる。
2 起用する広告代理店やクリエイターが都度変わるので統一されない
3 商品部、営業部、宣伝部など部署間でのブランドに対する共通理解が形成されておらず実行がばらついてしまう
「勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし」これは故・野村克也監督の名言です。まさにこの通りだと思っていて、失敗の確率を減らしていくことが結果として成功の確率を高めると思っています。
しかし、会社であれば人事異動は欠かせないし、ビジネスだって伸ばすために新商品を企画しなければならない。そんな中で、いかにしてブランドを守っていくことが出来るのか。その具体的な行動を、次からの2章で見ていきたいと思います。
5. 【実践編②】ブランドを築くために守らなければならないポイント
短期的に変えてはいけない7つのポイント
先の章では、ブランドを築くためには一貫性が何よりも重要であるとの見解を示しました。では、一貫して何を守ればいいのでしょうか?仮にすべての側面において同じでなければならないのならば、途中でコピーを変えることも、CMを変えることも、タレントを変更することも出来なくなってしまいます。しかし、現実に素晴らしいと言われるブランドもCMは毎年変えていますよ。
ブランドには、変わってはいけないエッセンスがあるのです。そのエッセンスが一貫性の源となって継続的に顧客に知覚され、意味と約束を付与します。また、1-2年の短期的には変わるべきではないが、時代の変化に合わせて3-5年のスパンでは変わっていくべきものも含まれます。
ここでは、少なくとも1-2年でころころ変わってはいけないエッセンスを抽出しました。全部で7つの項目に纏められます。このエッセンス7つを守ったうえで、「どのように顧客接点で見せていくか」という点に新規性と独自性を加えていくことで、飽きられることはなく一貫性を担保することが出来ます。
そうすれば、ブランドは年月とともに強くなりながら、顧客体験は陳腐化せずに、新たな顧客基盤を広げていくことが出来るものと考えています。
一貫性の源となるブランドのエッセンス7項目
1 ブランドの目的
2 ブランドが戦う市場
3 ターゲット顧客とそのJob(WHOと不)
4 ベネフィット
5 POD(Points Of Difference)
6 ブランドキャラクター
7 ブランドアイコン
それぞれの項目を細かく見ていきます。「マーケティングの教科書」と重複している領域もありますが、ブランドやブランディングの定義が出来た状態で改めて読むことで、見え方が違ってくる部分もあるかと思いますので、楽しんで読んで頂けると思います。
1 ブランドの目的「なんのためにこのブランドは存在しているのか」という究極の問いに対する回答です。あるいは、MVV(Mission, Vision, Value)という形でまとめているブランドもあるでしょう。。いかなる魅力的な提案であっても、ブランドの目的に沿わないようなものは実行に移すべきではなく、一貫性を支える根本にある土台となるべきものです。
これに関しては、短期的には当然のこと、天変地異が起きない限りは、一度定められた目的は変更されるべきではありません。ブランド目的の変更は、それすなわち新しいブランドのスタートだと考えるべきで、既にある程度著名になっている場合に同じ名前を使ってビジネスを続けるのは、顧客にとっても混乱を招きます。
例:コカ・コーラのブランド目的
Refresh the world 世界中をうるおし、さわやかさを提供すること
Make a difference 前向きな変化をもたらすこと
コカ・コーラジャパンウェブサイトより引用
2 ブランドが戦う市場
自社ブランドがどこのビジネスドメインに身をおき、どの会社をライバルとして競争するのか(もしくは競争しないのか)を規定するものです。例えばP&Gであれば日用品市場ですし、コカ・コーラであれば清涼飲料水市場となります。これが一般的な市場の定義になります。
もう一つ持っておくべき視点は、Jobベースでの市場定義になります。時間や金など顧客の有限な資源をブランドは取り合っていると考えると、競争相手が一般的な市場を越えている場合も多々あるのです。
例えば、フジテレビにとっての市場を考えます。一般的な市場で考えるとTBSや日テレなどが競合となって、身を置いているのはテレビ市場になりそうです。一方で、「家での可処分時間を楽しみたい」というJobベースの市場を定義するなら、競合にはNetflix、Youtube、Instagram、TikTokなども入ってくるでしょう。そうすると、「家における可処分時間消費市場」という市場が定義されそうです。
業界全体がダウントレンドになっている時は、Jobベースでとらえた市場が見えていなかったり、ピントが合っていないことが少なくありません。テレビ市場全体が厳しいのに、競合をテレビ業界の中だけで定義づけても解決が難しいのです。(もちろんこの例は、テレビ業界も認識していますが。)こういったことを防ぐためにも、ぜひJobベースでの市場定義も行っておく必要があるでしょう。
市場に関しては、1-2年のスパンで変更するのは混乱を招きますし、顧客体験の一貫性を損ねる可能性があります。一方で、3-5年といった中長期のスパンでは、むしろ積極的な見直しが必要となります。世界の変化のスピードは日々加速度を増しており、市場の定義も否応なく変わっているからです。
3年に一度更新する、というよりも、ブランドのJobベースでの市場を見渡して、変化が起きているタイミングで更新するという姿勢が正しいように思います。
3 ターゲット顧客とそのJob
詳細は「マーケティングの教科書」のnoteに譲りますが、いわゆるWHOです。繰り返し重要なのは、デモグラなどのWHOそのものではなく、そのWHOが抱えてしまうJobが何のかという部分が本質的に重要です。「WHO(フー)ではなく不が大事」なのです。
前項で述べた通り、Jobベースでターゲット顧客をセグメンテーション出来ていると、市場の中で特に自分たちのブランドのターゲット顧客が抱えている固有のJobの解像度がぐっと上がることになります。イメージとしては、市場全体のJobの中に、自社ブランドが解決するべき固有のJobが内包されている形です。
例:
Jobベースの市場定義:休日のストレス発散市場
WHOのJob:女子だけで人目を気にせず思いっきり叫びたい
WHOを設定することは全ての始まりになります。後に触れるベネフィット、POD、ブランドキャラクター、ブランドアイコン。本来的には、全てが顧客理解からスタートするべきものなのです。
WHOとJobに関しては、1-2年でころころ変えるものではありませんが、市場の変化とともに顧客も変わっていくので、3-5年のスパンでは見直されるべきであると考えます。
4 ベネフィット=意味や約束
前章までで分厚く話してきた内容になります。上記のJobを解決するために、どのような便益を顧客が受け取るかに関するステートメントになります。これは同時に、ブランドに付与するべき意味や約束になります。市場と顧客のJobから考えて、機能的ベネフィットだけでよいのか、もしくは情緒的ベネフィットまで踏み込まなければならないのかを考える必要があります。
コモディティ化が進行し機能面での差別化が難しいような業界であれば、必然的に情緒的ベネフィットの重要性が増すことになります。
ベネフィットを明文化するときに気を付けるべきことは、ベネフィットの主語は「顧客」である点です。例えば台所洗剤の例を取り上げると、「力強い洗浄力」はベネフィットではありません。「(顧客は)二度洗いが要らない」は機能的なベネフィットになります。また、それによって「(顧客は)楽ちんで心に余裕が持てる」は情緒的なベネフィットになります。
ベネフィットは、時代とともに変わるというよりも「進化」していくという方が正しいと考えています。「二度洗いする必要がない」というベネフィットが残ったままで、「ぴかぴかに輝く洗いあがりが味わえる」のようなさらに1枚上のベネフィットが、技術革新と共に乗っかてくるようなイメージです。
5 POD(Points Of Difference)
こちらも詳細は「マーケティングの教科書」を参照頂きたいですが、PODとはベネフィットを提供するうえで、競合が実現できず、顧客が求めている機能上の強みのことです。このPODによって、自社ブランド"だけ"からユニークにベネフィット提供されるので、顧客はわざわざお金を払ってブランドを購入してくれます。
ブランドに関わるマーケターとして頭を悩ませるのが、「PODは機能か?もしくは、ベネフィットか?」という問いです。もちろん例外も多々あると理解したうえで、僕の回答は「原則として、PODは機能である」です。つまり、PODとはベネフィットのRTB(Reason To Believe 信じるに足る理由)であるということです。
PODの主語はブランドです。ブランドが提供するものです。先ほどの洗剤の例でいえば、PODは「どんな油も浮かび上がらせる洗浄力」になります。これのおかげで、「二度洗いする必要がない!」というベネフィットを享受することが出来るのです。
Appleで考えると、「直感的に使いやすいUI」は機能であり、ブランドが主語になります。これはPODです。その結果として、「(顧客が)自分までスマートになった気分になれる」というのは、情緒的ベネフィットになります。
ただ、これに関しては厳密に決まっているルールでもなんでもなく、僕が100以上のブランドを個人的に調べた結果、分かりやすい整理を書いています。中には、ベネフィットをPODとして置いている会社も実際にありました。
ただ、PODは主にR&D・プロダクト・エンジニアとともに製品サイドとして作り上げるものなので、機能レベルにしておく方がアクションに落ちやすいかなと思うのです。そういった意味でも、POD=機能である、という立場を取るのが僕は分かりやすいと考えます。
PODもベネフィットと同様に、時代と共に進化していくと考えるのが妥当です。発売当初からのPODは持ちつつも、さらに高い次元のPODに移行していくようなブランドが強いブランドと言えるでしょう。
6 ブランドキャラクター
ブランドの擬人化した人格になります。人は無機質なものを覚えづらく、また愛着がわきづらい生き物です。ブランドに特定のキャラクターを持たせることで、記憶に残しやすく、愛される存在へと変わっていきます。また、そうすることで、顧客接点でどういうメッセージを出すかのトーン&マナーが定まっていきます。
典型的な12タイプは一般化されていますが(上記画像参照)、より詳細に設定したほうが親しみが湧いてきます。面白い人なのか、まじめな人なのか。芸能人で言うと誰なのか。そんなことを、顧客を思い浮かべ、目的に沿う形で設定します。ひとたび決めたら、その人格であらゆるタッチポイントのトーンを揃えていくのです。
僕の大好きな例が、元スウェーデン代表のサッカー選手、ズラタン・イブラヒモビッチの自伝「I AM ZLATAN」です。もともとは英語で書かれている本なので、その翻訳の一人称はどんなものにでもなり得るのですが、日本語訳版では「俺」が使われています。語尾は、「~だぜ」という使い方が頻繁に出てきます。「他の人と違っていいんだ。自分を信じ続けるといい。世の中いろいろあるけれど、俺だって何とかなったぜ。」
これは、イブラヒモビッチというブランドを翻訳家が解釈して、このような「俺様」キャラクターを設定した良い例でしょう。もしここで、「ぼく」や「わたし」を使っていたら、せっかくのキャラクターが台無しなのです。このキャラクターまで込みでイブラヒモビッチというブランドが形成され、愛されているのです。
なお、キャラクターという言葉を使っていますが、くまモンやドコモダケのような、実際のマスコットキャラクターのことではありません。キャラ設定みたいなことだと思ってもらえると分かりよいと思います。(むしろ、これらマスコットキャラクターは後述するブランドアイコンに属します。)
ブランドキャラクターは、1-2年の短期的には変更を加えるものではありません。3-5年に一度、市場や顧客の大きな変化に既存のキャラクターがマッチしていない場合に変更を加えます。ただし、これはいわゆるリブランディングの領域なので、ブランドキャラクターだけではなく、後述するブランドアイコンなどとセットでの変更を行う必要があります。
7 ブランドアイコン
色、ロゴ、デザイン、音などの有形・無形のブランドが持つ資産です。繰り返し使うことで、顧客が自動的にブランド名や、付随するベネフィット=意味や約束を連想するトリガーとなります。
直接的にブランドを知覚する入り口はブランドアイコンであることが殆どです。街を歩いていてマクドナルドだと分かるのは、マクドナルドが赤と黄色とMのロゴで堂々と看板を出しているからです。もし緑と青でMのロゴだったら、僕たちはそのお店をマクドナルドだと認識できないでしょう。
ロゴや色だけでなく、無形のニオイや音もアイコンになり得ます。くさやの強烈なニオイは明らかにくさやのアイコンになっていますし、PayPayを使ったときの決済音「ペイペイッ!」はアイコンとなっています。
ブランドアイコンは、少なくとも1-2年の短期で変えるべきではありません。繰り返し接触することで蓄積した消費者の認知を、失ってしまいかねないからです。3-5年の長期では変えることを検討してもいいですが、かなり慎重になるべきです。ブランドアイコンを変える場合にはマイナーチェンジが基本です。(スターバックスのロゴ変更が好例)
抜本的な変更はリブランディングとしてある程度1からの再出発になることを覚悟しなければなりません。すでに顧客の頭の中に築かれているブランドアイコンのイメージが負の遺産となってマイナスの影響を与えている場合には、この選択肢を取るのが良いでしょう。
以上7つが、ブランドの一貫性を保つためにすべての顧客接点で守らなければならないエッセンスになります。ブランドによっては無意識的に設定していたり、自然と形成されている部分もあるでしょう。いよいよ次章では、如何にしてこれらを意図的に守り、積み上げていくかのアクションプランを書きたいと思います。
6. 【実践編③】明日から始める具体的ブランディングアクション
ステップ0 ブランディングの重要性に関して意思決定者と合意する
遂に実践編も最後の章になりました。この章では、このnoteを読んだ後に、「でも実際に今日から何を始めればいいのだろう?」という読者からの疑問を想定し、アクションを示したいと思います。
細かいアクションまで挙げ始めればいくらでもアクションは出てしまうのですが、ここでは大きな粒度のアクションとして2つのステップと、そのための準備段階としての1つのステップ、合計3つのステップにアクションを分解しました。
まずは、ステップ0の「ブランディングの重要性に関して意思決定者と合意する」です。もしかすると、ステップ1やステップ2よりもはるかにこの部分のハードルが高い企業もたくさんあるかもしれません。
皆様の組織では、ブランディングのためにお金をかけるのは、「費用」ですか?それとも「投資」でしょうか?もし答えが「費用」の場合には、特にこのステップ0を踏まえない限り、ほぼ確実にその後のステップも意味のないものとなってしまいます。
2章でも解説した通り、ブランドとは利益=付加価値そのものです。ブランディングとは付加価値を生む活動である、と言い換えて問題ありません。であれば、お金をかけることで価値を生み出すブランディングは、本来「投資」に分類されるべきものです。株を買ったり土地を買ったりするよりもより確実で、本業とシナジー100%の投資(というか本業そのもの)であるはずなのです。
にも拘わらず、ブランディング(やマーケティング)に掛かるお金は費用であるとの見方が趨勢を占めています。これには、以下の二つの理由が考えられます。
1 会計上で販管費として費用計上されるため
2 長期的なリターンを出しているように感じられないため
1に関してはルールですので仕方がありません。会計処理上は確かにブランディングやマーケティングのお金は販管費です。利益を圧縮するワンタイムのコストとして扱われます。特に経理・財務・管理部を出身とする方が意思決定者の場合、ここの部分を「投資」と説明するのは非常に困難かもしれません。
問題は2です。財布のひもを管理する経理・財務部だけでなく、ブランドマネジメントに関わっている人間ですら、過去の施策がブランド価値に寄与しているように感じられない、という場合が多いのです。「どうせプロモーション程度の効果しかないでしょ」といったブランディングそのものに関する疑念が生まれてしまっているケースを見かけることがあります。
ブランド価値が年々積み重なっていかない最も大きな理由は一貫性の欠如だと考えています。CMを見ていても、驚くほどメッセージやキャラクターが変わっていて、見ていてブランドが想起できないことは多々あります。
毎年異なるベネフィットを、異なるキャラクターによるトーン&マナーと、異なるブランドアイコンで、顧客に伝えてしまっているケースを考えて下さい。そうすると、顧客が見るものはころころ変わるわけですから、積み上げられるものはなく、毎年ワンショットのプロモーション程度の効果しか見込めないのは当然です。
そうではなく、一貫したベネフィットを一貫したキャラクターとアイコンで伝えると、顧客の頭の中にそれらが記憶として蓄積されます。80%忘れてしまったとしても、翌年には20%が残った状態でまた顧客体験を作ることができます。そのように、毎年の投資の20%を顧客の頭の中に残していく、これこそが、年々強くなっていくブランドの秘密です。
改めて、ブランドとは付加価値そのものです。それを作る活動であるブランディングは、付加価値の創造以外の何物でもありません。今それが出来ていないのは、一貫性を欠いた過去の施策にあるか、根本的に狙っている消費者のJobが違うと考えるべきです。長期的に勝っていくために、ブランディングの重要性を、意思決定者と合意してみてはいかがでしょうか。
ステップ1 ブランドブックを作る
ブランドブックとは、ブランドの定義書です。ブランドブックを見れば、そのブランドのことが全てわかる、というブランドの自己紹介資料のようなものだと思って頂ければいいでしょう。
フォーマットは自由なのですが、会社内で複数ブランドを抱えている場合には、ブランド毎にバラバラのものを使うよりも、統一されたフォーマットのものを使用するといいかと思います。
以下の観点から、ブランドブックを作ることを推奨しています。
1 担当者が変わっても、広告代理店が変わっても、デザイナーが変わっても、エッセンスとなる部分に一貫性を持たせることで、非俗人的にブランドの価値を守り、高め続けていくため
2 マーケティング、営業、広報、宣伝、カスタマーセンターなど、全ての顧客接点となり得る部署の間で統一した認識を持ち、実行に一貫性を担保させるため
3 各施策をレビューする際に、ブランディングの観点から施策が正しかったか間違っていたかを、言語化された正解を元に複数関係者の間で客観的に判断できるようにするため
特に重要なのは1の観点です。ブランドは長期に渡って厚みをまし、成長していかなければなりません。会社では通常2-3年で担当が変わるのが普通なので、個々の担当にブランディングに関するかじ取りを任せていると、3年に一度ずつずれが生じることになります。
エッセンスの7項目が3年ごとにぐらぐらしてしまっては、ブランドは積みあがりません。なので、非俗人的にブランドを守るために、明文化されたブランドブックが必要なのです。
ブランドブックに含むべきものは、基本的には前章であげた7項目です。そこに、例えばブランドの歴史であったり、ブランドアイコンの使用ガイドラインであったりという要素が加わったり、製品ラインアップやポートフォリオの解説があると、なおよいでしょう。細かいチューニングはブランド毎で異なりますが、基本的には7つの要素を含んでおけば、おおむね一貫性を保つことが出来るでしょう。
P&G時代の大先輩には、毎日大きいバインダーにブランドブックを挟んで、肌身離さず持ち歩いている方がいらっしゃいました。いつでも持ち歩き、疑問や不明点があればすぐにブランドブックに照らし合わせるためだそうです。僕はそこまでしていませんでしたが、それくらいブランドを大事にする姿勢は、見習わなくてはいけないと思います。
ちなみに、このブランドブックの中でも特に重要なエッセンスの部分だけを抽出して1枚の図に合わらしているものをブランドエクイティピラミッドと呼んだりします。それを見れば一目でブランドが分かる、という意味では、ブランドブックのサマリーとしてブランドブックの中に含まれる項目であると考えます。
英語ですが、以下に(ソース不明ですが)サンタクロースとコカ・コーラのブランドブックを見つけましたので、イメージを沸かせるために見てみて下さい。特にサンタは実に面白くブランドが定義されています。並々ならぬ努力の結果、世界中でサンタクロースのブランドは守られているんですね。
ステップ2 カスタマージャーニーマップで顧客接点を全て洗い出し、ブランドブックに沿っているかチェックする
「The only strategy that consumer and shopper see is execution 消費者が唯一見ることができる戦略は実行だけだ」という言葉もある通り、どんなに素晴らしいブランドブックを作って意味や約束を入念に守ろうと考えていても、最終的には実際に顧客が目にして体験するものが一貫していなければブランディングは成功しません。
「じゃあ、ブランドの行っている全ての実行施策をブランドブックに照らし合わせて必要なところは修正すればいい!」ということになります。まさにその通りなのですが、一定の規模を越えたブランドになるとこれが非常に難しくなります。
小さいものから数えれば毎日のように施策の意思決定がなされています。ウェブサイトの文言のトーン&マナーがキャラクターにあっているか、というような細かい部分から考えると、ランダムにやって抜けもれなくチェックするのは非常に難しくなるのです。
そこで、体系的かつ網羅的に顧客との接点を洗い出すために有益なのが、5Aモデルのカスタマージャーニーマップです。(詳しい説明は「マーケティングの教科書」を参照して下さい。)
認知から他者への推奨までを網羅的にカバーするカスタマージャーニーマップで漏れる施策は理論上はありません。もしあるとすれば、その施策はカスタマージャーニーのどこにも属さない=不必要な施策であるか、カスタマージャーニーマップを通じた施策検討がまだ甘いかのどちらかが考えられます。(ただし、実務上はもちろん漏れてしまうものもあるでしょう。)
カスタマージャーニーマップは、本来的にはブランディングのチェックのためのものではなく、実行施策の目的と狙いを明らかにし、顧客を次のフェーズへと送るためのアプローチです。そこにはすべての実行施策案が乗っているべきなので、一緒にブランディングチェックに使ってしまおう、というのが考え方になります。
とはいえ実際には、これでも完全に市中に出回る全てのブランドと顧客の接点をカバーできるわけではありません。過去に行ってきた記録に残っていない施策がまだ市場に残ってしまっていたり、パートナー企業が存在するので自社だけでは簡単に変更することが出来なかったり、社内の他部署が独自に行っている施策の把握が出来ていなかったりと、今の自分が考えうる顧客接点を越えた部分がどうしても生じてしまうのです。
例えばホームセンターには、ブランドが5年前に作った販促ボードがまだ残っている、なんてことは多々あります。しかし、各小売りの各店舗ごとの状況を、ブランド責任者が逐一把握するのは事実上不可能です。しかも、どんな販促品を使うかはホームセンタ―の店長権限であり、プレミアムモルツやエビスなどのブランドの一存で決められるものでもありません。
特にオフラインのビジネス比重が重く、大きなブランドを運営している場合には、このような「どうしても把握しきれなかったりコントロールしきれない」という場面も出てくるかと思います。逆に、全ての施策がオンラインで完結しているような場合には、このようなリスクが少ないかもしれません。
いずれにしても、ウェブサイトのフォントから、パッケージの色、広告の語尾、営業のトークシートまで、すべての顧客接点をカスタマージャーニーマップに照らして確認していくことで、各段にブランディングの精度は上がっていきます。そして、これを長期に渡って一貫して積み上げていくことで、付加価値である「ブランド」が蓄積されていくのです。
スターバックスがあそこまで一貫した「スターバックス」という顧客体験を提供しているのは、実は並々ならぬリソースを割いて全社として取り組んでいるのです。それを投資にするのか、費用にしてしまうのかは、どこまで真剣にブランディングに取り組んでいるかにかかっているといっても、過言ではありません。
7. 【さいごに】ブランドビルディングしよう!
Brand(ブランド)の起源は、Burnedから来ているそうです。焼印を押す意味の「Burned」で、自分の家畜と他人の家畜を間違えないよう、焼き印を押して区別していたことから、ブランドというものが生まれたわけです。
「あの焼き印が押されているトムさんの農家の牛はジューシーでおいしい!」となり、トムさんの牛に人が集まり、値段が高くなり、トムさんは豊かになり、、、といったことがあったかは分かりませんが、そんなようなことでしょう。
ブランドの本質とは、「意味や約束による他との差別化」です。自分たちの活動の連続線上に望むような意味の差別化がなされるのであれば素敵なことです。そのままガンガン突き進みましょう。他方、今の活動の直線上にはそれがなされないのであれば、思い切ってアクションを起こさなければなりません。
僕にこのnoteを書くきっかけをくれた経営者がくれた言葉です。「目が悪くなったらコンタクトを入れますよね。それと一緒で、ブランドが弱くなってきたので、石井さんの力を借りてブランディングを頼みたいと思います。」
ブランディングのアドバイザリーなんて全くやっていなかったのですが、脊髄反射的に「やります!」と答えてしまいました。そんな期待に対して、僕も全身全霊の「約束」でお返しをしなければならないなと思ったのです。
そんなことを思って仲間を集めて、今や志高きプランナーと、クレイジーなクリエイターと、おしゃれなUXデザイナーと、良い意味でのオタク感溢れる最高のエンジニア達からなる不思議な集団になってしまいました。
自社プロダクトも作っているし、アドバイザリもするし、広告だって作る。そんな感じで、事業会社+コンサルティング+広告代理店みたいな、小さいくせにやたらバリューチェーンを網羅するような会社になっています。
これはアル・ライズが言うところの「ブランドは、的を絞った時に強くなる」からは完全に逸脱しているのですが、どうか免じてほしいなと思います。
もし皆さんのブランディング活動がぼやけていて視界が晴れない場合、「Marketing Demoというコンタクトがあってもいいかもしれない」、そんなことを思っています。大手のように品揃えは多くないかもしれませんが、強い度数でカスタマイズして、御社のブランドに「意味」をつけるよう僕が「約束」致します。
毎度noteの終わりに書いてますが、僕は純粋に皆さんのマーケティング・ブランディング課題を聞くのが好きです。単純に勉強になりますし、実際そこからお仕事させて頂いたケースも多々あります。そうした生きた悩みは、僕に次の事業のヒントとインスピレーションをくれます。
そんなことを思いながら、自社のアドバイザリ業務を「ブランドビルディング事業」と名付けました。ただ戦略を描くだけでもない、広告を作るだけでもない、広告を運用するだけでもない、ブランド戦略から実行まで徹底的に向き合って「ブランドという付加価値」を汗を流して作っていけるパートナーでありたいなと思っています。事業相談、資料請求等あれば、DM、メール、お待ちしております。(FacebookとTwitterやってます!)
ishii.kensuke@mktdemo.com
直接的にビジネスに関係がなくても、読んだ感想などが送られてくるとすごく書き手冥利に尽きるというか、救われてきました。皆様、本当にありがとうございます。
長々と、ありがとうございました!世界が、もっともっと素敵なブランドで溢れますように!
P.S.
もともとは【15分で読める】というタイトルで書くつもりだったのですが、あれやこれやと書きたいことが増えていき、気が付けばこの段階で24,500字を越えています。結局【45分で読める】にタイトルは変更となりますが、書いた自分が一番頭を整理することが出来たので、非常に爽快な気分です。
「【1時間で分かる】P&G流マーケティングの教科書」
「【45分で分かる】P&Gでも教わらないブランディングの教科書」
この二つを合わせて、
「【1時間45分で分かる】マーケティングとブランディングの教科書」
ということで、一応の「教科書シリーズ」の完結をみたと思っていただけると嬉しいです。
巻末に、今回のnoteを書くにあたって参考にした推薦図書を載せます。ご自身でも極めたい場合には参考してもらえれば幸いです!(なぜかnoteの埋め込みが上手くいかないのでちょっと見づらいかもしれませんが、ご容赦下さい。)
参考文献
ブランディング22の法則
アル ライズ (著), ローラ ライズ (著), Al Ries (原著), Laura Ries (原著), 片平 秀貴 (翻訳)
売れるもマーケ 当たるもマーケ―マーケティング22の法則
アル ライズ (著), ジャック トラウト (著), Al Ries (原著), Jack Trout (原著), 新井 喜美夫 (翻訳)
苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」
森岡 毅 (著)
ブランディングの教科書: ブランド戦略の理論と実践がこれ一冊でわかる
羽田康祐 k_bird 他 (著), O.SASAKI (著), M.MIZUTAMARI (著), T.NAKANO (著), T.UMENO (著), J.SEKIGUCHI (著), R.MURATA (著), M.HIRAMATSU (著)
D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略
佐々木康裕 (著)
トラー&ケラーのマーケティング・マネジメント基本編 第3版
Philip Kotler (著), Kevin Lane Keller (著), 恩藏 直人 (監修), 月谷 真紀 (翻訳)
ワークマンは 商品を変えずに売り方を変えただけで なぜ2倍売れたのか
酒井大輔 (著)
1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人 1キロ100万円の塩をつくる
川内イオ (著)
ブランド論---無形の差別化を作る20の基本原則
デービッド・アーカー (著), 阿久津 聡 (翻訳)