真の価値はここにある、この心の中に
やはり資本主義、大量消費社会の限界は今目の前に見えているのかもしれない。これが現実で、食品や物に溢れている時代、人々の購買意欲を掻き立てるものはもはや無い。
ミニマリストが増えたのは当然の結果で、余計なものを買い、物を増やせば後々ゴミとなる、そのゴミが蓄積されたら地球環境が汚れてく、SDGsは過剰なように見えるけど、そう考えれば確かに必要なのかもしれない。
たとえ発展途上国でも、後に豊かになって行くなら先進国の状況と同じ道を辿るだけ。お金とは何なのか、何のために稼ぐのか、なぜ人は物を買おうとするのか。
限界にまで達する資本主義社会、この社会の中で企業メーカーはあらゆる商品、新しいグッズ等開発しては作り販売しようしている。
しかし見るとあまり欲しいような物はない、こんな商品一体誰が買うのか、それほど高いお金を出して購入しても物を増やせば後にゴミになり捨てるのに苦労する、そう思ってしまうようなものばかり。
物が売れない時代、多くの人は有り余る物に囲まれた生活にうんざりしてると思う。食に関しても何でも良いから売れるわけでもない。余れば廃棄食品となり、作ったものが全て無意味、無駄になる。
今時代が変わった、変わりつつあるではなく、今後変わるでもなく、今現在実際に目に見えて明らかに変わっている、時代は変化している。こうなると「お金とは何なのか」の領域になり、今後の世界での価値は物に見いだすのではなくスキルや経験、物ではないバーチャルの世界にある何かになる。
やはりバーチャル世界は必然的なのかもしれない。ものがいらないとは、それに変わるものがあるからで、基本の通貨で考えればそれすらも殆んどデジタルの数字になっている。
現物、実物の価値は年々下がり続け「バーチャルでの何か」の価値が現物の価値を追い越している。それがビットコインに見える通貨の仮想化で、物事は全てメタバースに移行して行く。
これは陰謀論ではなく、人類が進化して行く過程がもたらした結果に他ならない。
自分は今までそれに気がつけなかった、しかし企業ピラミッドの頂点に君臨している人達はそれを知っていた。だから、そのピラミッドの頂点に君臨する人達が陰謀を企てこんな社会にしようとしている、かのように見えていたが、それは知識も思考力も認識力も足りなかったから、そこまでの考えにたどり着けなかった。
ブロックチェーン、仮想通貨が出始めた頃に気がつくべきだった。物事には必ず理由がある、原因と作用がある。
原因は大量消費社会による資本主義の限界、物が売れなくなる時代の到来は世界各国の中小企業にとっても終末となる時代。その厳しい現実について来られない企業は次々と淘汰され、世界のグローバル化と共に巨大モンスター企業に取り込まれるかになる。
それだけじゃない、多くの人々が副業、個人事業主となり小売業のようなことを個人で行っている。ジモティー、メルカリ、ラクマ、そしてヤフーオークション、ベイス、Amazonや楽天市場まで、今や中小企業のライバルは個人事業主となってしまった。
誰もが、いかに安く物を仕入れてどう売るかを考えている。しかし物に溢れた先進国の人々はもはや購買意欲が減退している、物がない発展途上国からいくら安く物を仕入れても買ってくれる人がいない。
それなら、それを必要とする国で消費活動をしなければならない。安く作った商品は、その安く作った国で消費するようになって行く。消費するのはGDPと市場経済の活性化のためであり、資本主義社会ではお金の循環のために人々はより何かを消費する必要がある。しかしそれが滞っているなら、いくら物を作っても売れないといった悪循環、物を作れば作るほど市場経済の勢いは衰え、国や社会の経済は衰退する。一方でこれから消費活動が活発化する発展途上国はまだまだ成長過程にある。
先進国の人々が消費活動をしないなら、消費活動をしてくれる他国からの来訪者に消費活動をしてもらう必要がある。おそらくそのために他国からの移住者が必要なんだと思う。
何も持たないからこそ何かを買わなきゃいけない、多くを持っている人達よりも何も持っていない人の方が何かを買うためにお金を稼ぎ、そのお金によって消費活動をする。何かが欲しいからこそ労働意欲も高まり、市場経済の消費活動を活発化させる。
今後、先進国の未来はやはりバーチャルにあり、メタバースは必然となり、今まで当たり前にあった物の価値がどんどんバーチャル空間の中に移行し、やがて実物は価値を失い消えて淘汰されて行く。
価値観が変わる、それが仮想現実空間における社会へと進み続ける、我々の意識の変化と進化になる。
2030年以降、我々の生活は確実に劇的な変化がもたらされ、そこには新しい価値観の世界、新世界秩序が見えてくる。
目に見えないものに価値がある、それは元々からそうだった。我々進化する人間は最終的には物質的価値観を脱ぎ捨てる。
やはり、善悪などない、物事は必然であり、そうなるべくしてなって行くもの。
どんなに古い時代を懐かしんでも、戻りたくても目の前にあるのはバーチャルな思い出、記憶と呼ぶ無線LANでしかない。
恋や愛は目に見えない、だからこそ最も価値がある感情であり、それは我々にとってとても大事なこと、今後どんな世界になろうとも未来永劫永遠に大切にしなければならない。
陰謀論や政治論、スピリチュアルやニューエイジ、カルト思想主義に心酔している場合じゃない。今後数年内に人類社会の大変革が訪れる、その時までに目に見えない価値あるものを培い磨いておく、最も大切な愛を成長させ進化させる。
物の進化ではない、進化してきた、進化させてきたのは我々であり、それをもたらしたのが目に見えないものだった。
真の価値はここにある、この心の中に。
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