【怪談】ぜんもんのみち
「ぜんもんのみち」
突然、祖母が口にした謎の言葉。
空調が無くても快適に過ごせる季節。私は東京から一人で、兵庫県にある母方の祖父母の家に遊びに来ていた。
正午過ぎ、テレビの音を聴きながら昼食の支度をする。冷蔵庫に残っていたキムチを使って作るキムチ炒飯。
ソファで出来上がりを待つ祖父が、にこにこしながらこちらを見ている。「もうすぐ出来るからね」と声をかけたものの、耳の遠い祖父には恐らく聞こえてはいないだろう。
出来上がった炒飯を三つのお皿に取り分けて、ダイニングテーブルの決まった位置にスプーンと共に並べる。
「ご飯出来たよー」ソファで待つ二人に声をかけに行く。
笑顔でゆっくりと立ち上がる二人。それを確認したら先にダイニングへ戻り、足の悪い祖母の為に椅子を引いて待っておく。これが、この家で食事をするときのルーティンだ。
自分が作った料理を誰かに食べてもらう時は、いつも緊張する。
「美味しい、よく出来てる」笑顔の祖父の口から嬉しい言葉が出る。
祖母も褒めてくれるだろうか。そう期待を寄せ、対角線上に座る祖母を見ると数口食べたところでスプーンをお皿の上へ置いてしまっていた。
どうしたのだろうと思っていると、突然指を交互に組む手の形を作りながら「ぜんもんのみちって知っているか?」そう私たちに話しかけてきた。
誰の口からも聞いたことが無い言葉だった。もちろん、祖母の口からも。
祖父も首をかしげている。戸惑う私たちに祖母は話を続ける。
交互にした指を見せ「ここはなだらかな道だからお殿様が通るんや」
次に、指の付け根の骨でデコボコしている部分を強調し「ここは悪いことをした人が通るんや」と言う。
「聞いたことないね」祖父も全く知らないようだ。
その後も手を組んだまま「ぜんもんのみち、ぜんもんのみちを知っているか」と繰り返す祖母。
呆気に取られていると、いきなり祖母は話をやめて組んでいた手を解き、再び炒飯を食べ始めた。
そして「美味しく出来ているね」といつもの優しい顔で私に言った。
東京へ戻った私はすぐに母にこの話をしたが、母も聞いたことが無い言葉のようだった。
あの日からもう二年が経つが、あれ以来祖母は「ぜんもんのみち」の話を一度もしていない。
どこかの地名なのか、何かの名前なのか。気になるのだが、どうしても祖母に尋ねる気にはなれない。
あの日の、知らない人の目をしたような祖母の姿はもう、見たくないのだ。
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