【統計力学2】典型性とミクロカノニカル分布【統計力学のモデル】

ミクロからマクロを導くうえで,疑問なのは次の二つの点でした.

・なぜミクロ状態は時間変化し続けるのに,マクロには緩和が起こり,平衡状態にとどまり続けるのか.

・なぜミクロの莫大な自由度がマクロのわずかな自由度に対応するのか.

これらを念頭に置きつつ,いかにしてマクロな物理量をミクロから計算するか,考えていきましょう.

エルゴードの問題

平衡状態というのは,時間がたってもマクロな系の状態が変化しないような状態のことでした.そこから,運動を長時間にわたって平均することによって平衡状態の物理量を計算できるだろうというひとつのアイデアが生まれます.

時間平均を求めるためには運動を求めなくてはなりません.しかし,莫大な数の粒子が相互作用する系では運動方程式は解くことができないので,時間平均を考えることは難しい.

しかし,そこで簡単にあきらめずに,時間平均の代わりを考えます.まず,「マクロには同じ状態だけれどミクロに見たら異なっているような状態(つまり異なる代表点)」をすべて集めたものを考えます.このような集合をアンサンブルといいます(またはミクロカノニカルアンサンブルともいいます).そして,アンサンブル平均で時間平均を置き換えられないかと考えます.これが許されるのなら,アンサンブルに属する代表点の分布のしかたがわかれば,アンサンブル平均によって物理量を計算できることになります.

分布については次の仮定を入れます.アンサンブルに属する代表点の分布は,等エネルギー面上に一様に分布していると仮定するのです.これを等重率の原理といい,このような分布のことをミクロカノニカル分布といいます.

すなわち,ここまでのアイデアは

$$
\begin{align*}
\text{長時間平均} = \text{ミクロカノニカル平均}
\end{align*}
$$

を仮定することによって,平衡状態のマクロな物理量を,ミクロな力学量から計算しようというものです.このアイデアが成り立つという仮説をエルゴード仮説といいます.

エルゴード仮説が成り立つことは,実際,数学的に証明されています.というわけで,マクロとミクロが対応づいたといえそうです...…が,本当にそれでいいでしょうか.答えはノーです.エルゴード仮説にはかなり問題があります.

エルゴード仮説が成り立つためには,等エネルギー面上を代表点が一様にくまなく運動すればよく,運動が複雑であれば確かにそれは期待されることです.しかし,等エネルギー面上を代表点が一様にくまなく運動するのにかかる時間は,系が大きくなればなるほど大きくなり,簡単に宇宙年齢を超えてしまいます.数学的には無限の時間をとることが許されますが,物理的におかしいと言わなければなりません.

また,なぜ緩和が起こるかという問いには答えていません

典型性

そもそも,平衡状態を記述するのにダイナミクスの詳細は重要でないはずです.別の考え方をしましょう.「アンサンブルに属する代表点をランダムに選ぶと,ほとんど確実に(確率$${1}$$で),平衡状態に対応する」と考えます.これをミクロ状態の典型性と呼びます.

典型性は,最初に言った二つの疑問に対して,自然な理解を与えます.マクロな平衡状態の性質は,ほとんどのミクロな状態が共通して持っている典型的な性質であって,なんら特別な状態ではないため,平衡状態はわずかな変数で記述できるのだ,と考えられます.また,時々刻々とミクロ状態が変化しても平衡状態にあり続けるのは,ほとんどのミクロ状態が平衡状態であり,特別な状態を通ることはほぼ起こりえないからだ,と考えることができます.

では,典型性が成り立つとしたら,どうしてなのでしょうか?ミクロに見たとき,異なる代表点は明確に区別できるのに,それらがどちらも同じ平衡状態を与えるとはいったいどういうことでしょうか?

これは私たちは実際はすべての物理量を測定することはできないというところから納得できます.一部分の物理量しか見ていないから,異なる代表点は区別できなくなる,というわけです.着目する物理量が,すべての物理量よりも十分少なければ,典型性が成り立つのです.

また,一部分の物理量しか見ていないことから,運動は確率的に見えて,特別な状態から運動が始まったとしても典型的な状態に移行することで緩和が起こるのだ,と考えられそうです.

しかし,これで緩和現象も理解できたのかというと,答えはノーです.「一部分の物理量しか見ていない」ということだけから典型性はいえてしまっているので,これでは広すぎるのです.典型性から緩和がいえると考えてしまうと,運動方程式が厳密に解けるような系(可積分系といいます)を想定しても緩和が起こることになります.可積分系では,初期条件が保存量に永久に刻まれて緩和は起こらないのでこれはおかしいのです.したがって,典型性は緩和のための必要条件に過ぎないと見るべきでしょう.

緩和が起こるための必要十分条件はいまだによくわかっていません.そこで,緩和の起源をどう基礎づけるかという微妙な問題には立ち入らず,単に平衡状態におけるマクロな物理量を計算するための原理として,典型性を統計力学の原理として与えることにします:

要請1(典型性)
アンサンブルに属する代表点をランダムに選ぶと,ほとんど確実に(確率1で),平衡状態に対応する.

マクロな物理量を計算するための方法

典型性から考えると,マクロな物理量を計算するには,代表点をランダムに一つだけ選んで,その代表点から計算してもほとんどの場合よいわけです.しかし,「ランダムに選ぶ」というのはなかなか難しいことです.

ではどうするかというと,アンサンブルに属する代表点をすべて同じ重みで平均してしまってもよいのです.特殊な状態は確率ゼロで含まれているにすぎないのですから,結局特殊な状態は計算結果に寄与しません.すなわち,典型性を仮定する場合も,結局はミクロカノニカル平均をとればよい,ということになります.

(注: 以上の説明からわかるように,ミクロカノニカル分布は平衡状態の実際の分布を表すというわけではなく,計算を楽に行うための単なる方便だと思っておくのが正しい.)

今回のまとめ

・平衡状態におけるマクロな物理量を計算するための原理として典型性を要請する.
・ミクロカノニカル分布によって平衡状態の物理量を計算すればよい.

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