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量子誤り訂正のしくみ

量子コンピュータが量子コンピュータたるために必要なものは何だろうか?

古典コンピュータが成功した理由は,閾値動作する素子を用いることによって,アナログな情報ではなく離散化された値での計算を可能にし,微妙なノイズの影響を受けにくくした点にある.もし,量子コンピュータが量子力学の重ね合わせの原理がもつアナログ性を利用して,アナログコンピュータとして計算を加速しているだけであれば,その興味はもっと限られていただろう.しかし,重ね合わせの原理を逆手に取れば,エラーを離散化し訂正する量子誤り訂正が原理的に可能であることがわかった.

量子誤り訂正は,単にエラーが起こったときにエラーを補正するという技術ではなく,大事なことは,素子が閾値動作を獲得することである.この意味で,量子誤り訂正によって初めて,量子コンピュータは‘‘デジタル’’量子コンピュータとしての本質を備えることになる.

量子ビットに対して,本来の状態とエラーが生じた状態を区別し訂正を行うことは,難しいのではないかと考えられていた.これは次の3つの理由のためである.

  • 量子ビットは古典ビットと異なり,重ね合わせによる連続的な自由度をもつ.従って,量子状態に対する量子ノイズは連続的な自由度を微妙に変化させるアナログ的なノイズが生じる.さらに制御もアナログである.

  • 量子力学のno-cloning定理より,データをコピーすることに基づく符号化は使えない.no-cloning定理とは任意の$${\ket{\phi}}$$に対して
    $${U (\ket{\phi} \otimes \ket{\psi}) = \ket{\phi} \otimes \ket{\phi}}$$
    となるユニタリ変換は存在しない,すなわち,わかってない量子状態は複製することはできないということである.そのため,単にコピーを作っておけばエラーが起きても大丈夫,という単純な話ではない.

  • 直接観測すると量子重ね合わせ状態は壊れてしまうため,量子状態の保護のために観測することはできない.エラーの検出および訂正は,量子ビットの状態に関する情報を得ることなしに行われなければならない.

このような一見絶望的な状況でどうやって誤り訂正をすれば良いのだろうか.その答えは,大きなヒルベルト空間を利用し,その対称性に基づいてエラーを検出することである.

本記事では,まず量子状態に起こりうるエラーを考察してから,いかにして量子誤り訂正が可能となるのかを解説する.スタビライザー符号や,最近研究が発展してきている表面符号およびボゾニック符号については続く記事で扱う予定である.


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