【量子力学4】運動の法則【シュレディンガー方程式】

物理の理論は,物理系から得られる情報の構造を与えるだけなく,現実の系の特徴に対応づけ,得られる情報が時間的にどのように変化するかを記述できなければなりません.量子力学では情報の構造が古典力学のものとは根本的に異なっていたということを前回までで見てきたわけですが,この構造の上に時間変化を扱う理論も必要になってくると言えます.そこでここでは一般的なダイナミクスを理論の中に入れることを考えます.


ユニタリ変換の表現

孤立系では全確率が保存して欲しいことから状態ベクトルの内積を保存するような変換によって時間発展を表します.すなわち,ある変換を表す演算子$${U}$$に対して

$$
\begin{align*}
U^{\dagger} U = U U^{\dagger} = I
\end{align*}
$$

が成り立っていて欲しいわけです($${I}$$は恒等演算子).これを満たす演算子$${U}$$をユニタリ演算子といいます.(これは前回も話しました.)ただし,ここでは時間をパラメータに持つはずなので,$${U(t)}$$と時間$${t}$$を付記して以降書くことにします.

物理的な仮定として

$$
\begin{align*}
&U(0) = I\\
&U(s+t) = U(s) U(t)\\
&\lim_{t\to 0} || (U(s+t) - U(s))\ket{\psi}|| = 0
\end{align*}
$$

としましょう.一つ目は時間が経っていなければ何も変わらないということです.二つ目は途中で操作をしたりせずにずっと孤立させているような状況を考えれば,時間変化の全体は部分部分に分けて後で合わせても良いということで,成り立っているでしょう.三つ目は変化の連続性を言っています.これらを満たすようなユニタリ演算子の集合を数学では(強)連続1パラメータユニタリ群といいます.

数学の定理として,強連続1パラメータユニタリ群は,エルミート演算子$${\mathcal{H}}$$を用いて,

$$
\begin{align*}
U(t) = e^{-i\mathcal{H} t}
\end{align*}
$$

と表せることが知られています(ストーン(Stone)の定理).エルミート演算子とは実数を固有値としてスペクトル分解できるような演算子のことで,物理量としての資格があります.指数の肩にマイナスを付けた理由は後でわかることですが,波の進む空間的な向きを正にするという物理的な意味があります(実は理論的には符合はどちらでもいい.フーリエ変換の流儀にも色々あってどれでもいいが物理的な意味によってこれを使う,みたいなことと本質的に同じです.).ここで出てきたエルミート演算子$${\mathcal{H}}$$は時間発展の生成子と呼ぶことにします.

運動方程式

時間発展の生成子がエルミート演算子だということで,これは何らかの物理量に対応しているかもしれません.指数の肩は無次元である必要があるので,時間発展の生成子は時間の逆数,すなわち周波数の次元をもつ物理量だということになります.

古典力学の知識として,時間発展の生成子はハミルトニアンである,というものがあります.古典力学のハミルトニアンはエネルギーを(一般化された)運動量と座標の関数として表したものです.ここで,量子力学のスケールを特徴づけるアインシュタインの関係式と呼ばれる

$$
\begin{align*}
E = \hbar \omega
\end{align*}
$$

があります.$${\hbar}$$はプランク定数(を$${2\pi}$$で割ったもの),$${\omega}$$は角周波数を表しています.エネルギーはプランク定数を単位とした粒々として存在していて,しかもそれが波の周波数と結びついているということを表す,発見的な式です.(これは黒体輻射を説明するために発見されたもので,詳しい説明は統計力学でしたのでその記事を参照してください.)
これらの知識から,

$$
\begin{align*}
\mathcal{H} = \frac{H}{\hbar}
\end{align*}
$$

とおきます.$${H}$$はハミルトニアンです.ハミルトニアンは量子力学ではエネルギーを固有値としてスペクトル分解のできる演算子としましょう.$${\mathcal{H}}$$は以降は周波数を単位としたハミルトニアン,もしくはこれも単にハミルトニアンと呼ぶことにします.

時間発展の生成子がハミルトニアンである,ということの意味はエネルギーが保存するということです.エネルギーの期待値は

$$
\begin{align*}
\bra{\psi} U(t)^{\dagger} H U(t) \ket{\psi}
\end{align*}
$$

により時間発展するわけですが,いまユニタリ演算子はハミルトニアンで表されているので,ハミルトニアンとユニタリ演算子を自由に交換してもよく,

$$
\begin{align*}
U(t)^{\dagger} H U(t) = U(t)^{\dagger} U(t) H = H
\end{align*}
$$

が成り立つため,エネルギーは時間発展しても変化しません.

さて,ここで飛躍して,外力などによりハミルトニアンが時間的に変化するような場合も,同様にハミルトニアンが時間発展を支配するとしましょう.時間発展を記述する方程式は微分方程式の形で書かれている方が一般的な場合を表せるであろうという信念から,ユニタリ演算子の指数表記を時間微分して

$$
\begin{align*}
\frac{d}{dt}U(t) = -i\mathcal{H}  U(t)
\end{align*}
$$

としておき,このハミルトニアンが時間依存する場合もこれでよいと仮定します.そしてこれを両辺状態ケットに作用させれば状態の時間発展に関する微分方程式となり,

$$
\begin{align*}
\frac{d}{dt} \ket{\psi(t)} = -i \mathcal{H}(t)  \ket{\psi(t)}
\end{align*}
$$

となります.この微分方程式をシュレディンガー(Schrödinger)方程式といい,量子力学の要請として仮定します.

要請3:時間発展の法則
量子状態の時間発展は次の方程式で表される:
$${\frac{d}{dt} \ket{\psi(t)} = -i \mathcal{H}(t)  \ket{\psi(t)}}$$

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まとめ

量子力学の要請を最小限にまとめると,ここまでに出てきた3つになると思います.もう一度全てをまとめておきましょう.

要請1: ミクロとマクロの間の切断可能性
ミクロな状態とマクロな状態の間のどこかに切断があり,それ以降は古典的な確率分布に帰着できる.

要請2: 量子状態の記述方法
量子状態$${\ket{\psi}}$$はヒルベルト空間の規格化された元である.その状態に系があるとき,物理量がある実現値$${\alpha}$$をとる条件付き確率は,射影演算子$${P(\alpha)}$$によって$${ f(\alpha\mid \psi) = \bra{\psi} P(\alpha) \ket{\psi}}$$と測ることができる.

要請3:時間発展の法則
量子状態の時間発展は次の方程式で表される:
$${\frac{d}{dt} \ket{\psi(t)} = -i \mathcal{H}(t)  \ket{\psi(t)}}$$

要請1は古典的測定器の存在と,状態を確定させることができることを前提としつつ,量子力学の適用範囲を定めています.要請2は量子状態の観測の結果として得られる命題の分析によりわかった,量子情報の構造を定めています.要請3はエネルギーと周波数がプランク定数を介して結びつくという発見から予想された,量子状態の時間変化の法則です.

数学的な手法としては代数学によって構造をとらえ,解析学によって時間変化をとらえるということになっていて,数学と物理の相性のよさに驚かされます.数学的な整備がされたのは,物理的な直観による混沌とした理論ができてきた後ですが,数学が整備されたおかげで今度はまた物理的な直観もさらに生まれやすくなりました.(ただし,やはりこの代数的構造が日常の感覚と離れているため直観が働きにくいのが量子力学の難しいところだと思います.)

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ここまでで量子力学の形式を見てきました.現実の系を量子力学で説明するためには,具体的なハミルトニアンや物理量を構成し,その固有状態によって量子状態を表現してやる必要があります.次回からはそういうことを考えていきたいと思います.

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