【量子力学5】物理量と量子操作①【運動量と波動関数】
量子力学は,非実在論に根ざした理論で,抽象的なヒルベルト空間上で状態を記述しなければならないわけです.それでは私たちの住むこの時空間での運動といった概念はどこへ行ってしまったのでしょうか?
私たちが物理的な系の運動を調べるとき,系から出てくる何らかの物理量を観測するか,もしくは系に何かを入力して出力を観測するか,どちらかです.系に何かを入力して観測をするような場合は,状態を操作することで所望の情報を取り出すといった芸当もでき,より多くの情報を引き出すことができます.いずれにせよ,運動方程式を用いるためには,ハミルトニアンを書き下さなければなりません.系の状態はハミルトニアンの支配するダイナミクスに従うので,状態を操作するにはハミルトニアンをデザインして時間発展させればよいということになります.デザインできるのはハミルトニアンを構成する色々な物理量です.したがって,一部の物理量は観測の対象となるだけでなく,ある操作の生成子という積極的な意味も持っています.こういった操作と結びついた物理量を通じて,我々の時空での運動を理解することができるでしょう.
まずは自由粒子のハミルトニアンについて考え,そこから運動量演算子の操作的な意味を取り出すことにします.
自由粒子
古典的な対応のある系については,そのハミルトニアンが量子力学でも同じ形を取ると仮定してみます.もし古典的な対応のない系を扱う場合は,推量するしかありません.実際に私たちが実験からわかるのは運動の様子なので,それに合うようにハミルトニアンを見出すのです.
ここでは,質量$${m}$$の自由粒子が一つだけあるときについて考えてみましょう.ハミルトニアンは古典力学と同じ形の
$$
\newcommand{\cH}{\mathcal{H}}
\begin{align*}
\cH = \frac{H}{\hbar} = \frac{p^2}{2m \hbar}
\end{align*}
$$
をとるとします.ここでは運動量$${p}$$は演算子で,質量$${m}$$はただの数とします.そして古典力学との対応を考えてみましょう.
位置の期待値$${\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle} \alr{x}}$$は,時間$${t}$$が経てば慣性によって$${\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle} \alr{pt/m}}$$移動しているはずで,時刻$${t=0}$$での位置の期待値を$${\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle} \alr{x(0)}}$$としたときに
$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\begin{align*}
\alr{x(t)} = \alr{x(0)} + \alr{\frac{p}{m}t}
\end{align*}
$$
と書けて欲しい.一方,量子力学によると,系の状態を$${\ket{\psi}}$$と書くと,位置の期待値の時間発展は
$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\newcommand{\explr}[1]{\exp\!\left(#1\right)}
\begin{align*}
\alr{x} = \bra{\psi} \explr{i \frac{p^2}{2m\hbar} t} x(0) \explr{-i \frac{p^2}{2m\hbar} t} \ket{\psi}
\end{align*}
$$
によって表されます.位置$${x}$$と運動量$${p}$$が交換するとしたら全く時間発展しないので,位置$${x}$$と運動量$${p}$$は実は交換しないということが言えます.
位置と運動量の交換関係
演算子のユニタリ変換を見るときには,次の公式を用います.
$$
\begin{align*}
e^{A} B e^{-A} = e^{[A,]} B
\end{align*}
$$
ただし,$${A,B}$$は任意の演算子で,$${[A,]}$$と書いたものは
$$
\begin{align*}
[A,] B = [A,B] = AB - BA
\end{align*}
$$
によって定義される,$${B}$$に作用して交換子を計算する演算子です.すなわち,右辺の指数を展開して上の公式を書き直すと
$$
\begin{align*}
e^{A} B e^{-A} = B + [A,B] + \frac{1}{2} [A,[A,B]] + \frac{1}{3!} [A,[A,[A,B]]] \cdots
\end{align*}
$$
ということです.この公式をベーカー・キャンベル・ハウスドルフ(Baker–Campbell–Hausdorff)の補助定理といいます.交換しない演算子を交換するために,補正の項が出てくるというようなイメージです.
ベーカー・キャンベル・ハウスドルフの定理を利用すると,
$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\newcommand{\explr}[1]{\exp\!\left(#1\right)}
\begin{align*}
&\explr{i \frac{p^2}{2m\hbar} t} x(0) \explr{-i \frac{p^2}{2m\hbar} t}\\
&= x(0) + \frac{i}{2m\hbar} [p^2,x] t - \frac{1}{2} \lr{\frac{1}{2m\hbar}}^2 [p^2,[p^2,x]] t^2 + \cdots
\end{align*}
$$
となりますが,これが古典力学で期待される結果と一致するためには,
$$
\begin{align*}
[p^2,x] = - 2i\hbar p
\end{align*}
$$
でなければなりません.この左辺は
$$
\begin{align*}
[p^2,x] = p [p,x] + [p,x] p
\end{align*}
$$
と書けるので,運動量と位置の交換関係について
$$
\begin{align*}
[p,x] = \frac{\hbar}{i}
\end{align*}
$$
という関係が成り立つと言えます.
不確定性関係
物理量が交換しないということの意味をここで考えておきましょう.物理量$${A,B}$$の固有ケットをそれぞれ$${\ket{a},\ket{b}}$$のように書きます.物理量$${A,B}$$の交換子を物理量$${A}$$のある確定状態$${\ket{a'}}$$に対して作用させると
$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\begin{align*}
[A,B] \ket{a'} &= \sum_{a''} \ket{a''}\bra{a''} \lr{ AB \ket{a'} - BA \ket{a'}}\\
&= \sum_{a''} (a'' - a') \bra{a''} B \ket{a'}
\end{align*}
$$
となります.
物理量が交換するなら,これが$${0}$$になるわけですが,それは
$$
\begin{align*}
\bra{a''} B \ket{a'} \propto \delta_{a''a'}
\end{align*}
$$
を満たすときのみ正しい.右辺の記号はクロネッカー(Kronecker)のデルタと呼ばれるもので,
$$
\begin{align*}
\delta_{a''a'} = \begin{cases}
1 & a''=a'\\
0 & a''\neq a'
\end{cases}
\end{align*}
$$
を表す記号です.$${\ket{a}}$$が正規直交基底である条件はクロネッカーのデルタを用いて
$$
\begin{align*}
\braket{a'' | a'} = \delta_{a''a'}
\end{align*}
$$
と書くこともできます.実際,物理量の固有ケットは正規直交基底をなしているのでこの条件は満たしています.すなわち
$$
\begin{align*}
\bra{a''} B \ket{a'} \propto \braket{a'' | a'}
\end{align*}
$$
であり,これは$${B}$$の固有ケット$${\ket{b}}$$と$${A}$$の固有ケット$${\ket{a}}$$は区別する意味はないということです.
逆に,物理量が交換しないとき,$${B}$$の固有ケット$${\ket{b}}$$と$${A}$$の固有ケット$${\ket{a}}$$は区別しなければならないということになります.したがって,一方の固有ケットはもう一方の固有ケットの重ね合わせで表せます.一方が確定した状態にあってももう一方は決まった状態にはなく,これらを同時に測定することはできないということが言えます.
同時に測定できないということを不確定性関係と呼ばれる不等式で表すこともできます.ある物理量$${A}$$に対して,測定ごとの値の揺らぎを定量化する
$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\begin{align*}
\Delta A = A - \alr{A}
\end{align*}
$$
という演算子を定義します.
すると一般に物理量$${A,B}$$に対して
$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\newcommand{\abs}[1]{\left| #1 \right|}
\begin{align*}
\alr{\Delta A^2 } \alr{\Delta B^2} \geq \frac{1}{4} \abs{\alr{[A,B]}}^2
\end{align*}
$$
という関係が成り立ちます.これを不確定性関係と呼びます.
不確定性関係はシュワルツの不等式
$$
\newcommand{\abs}[1]{\left| #1 \right|}
\begin{align*}
\braket{a | a} \braket{b | b} \geq \abs{\braket{a | b} }^2
\end{align*}
$$
を用いると証明できます.シュワルツの不等式において
$$
\begin{align*}
\ket{a} = \Delta A \ket{\psi}\\
\ket{b} = \Delta B \ket{\psi}
\end{align*}
$$
とおけば,
$$
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\newcommand{\abs}[1]{\left| #1 \right|}
\begin{align*}
\alr{\Delta A^2 } \alr{\Delta B^2} \geq \abs{\alr{\Delta A \Delta B} }^2
\end{align*}
$$
となります.右辺について
$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\begin{align*}
\Delta A \Delta B = \frac{1}{2} \lr{[\Delta A,\Delta B] + \{ \Delta A, \Delta B \}}
\end{align*}
$$
が成り立ちます.ここで,
$$
\begin{align*}
\{ A, B \} = AB + BA
\end{align*}
$$
によって定義される反交換子を導入しました.エルミート演算子の交換子の期待値は純虚数であり,エルミート演算子の反交換子の期待値は実数となることが簡単に示せます.さらに交換子$${[\Delta A, \Delta B]}$$は$${[A, B]}$$に等しいので,右辺は
$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\newcommand{\alr}[1]{\left\langle #1 \right\rangle}
\newcommand{\abs}[1]{\left| #1 \right|}
\begin{align*}
\abs{\alr{\Delta A \Delta B}}^2 = \frac{1}{4} \lr{\abs{\alr{[A, B]}}^2 + \abs{{A, B}^2}}
\end{align*}
$$
と変形できます.第二項を落としても不等式は成り立つから,不確定性関係が証明できました.
運動量演算子の位置表示
位置をパラメータとするような基底ケットで表示すると,運動量演算子はどのような演算になっているでしょうか.考えている基底ケットは位置の確定した状態のことですから$${\ket{x}}$$のように書きます.ある位置の確定状態$${\ket{x'}}$$に交換子$${[p,x]}$$を作用させると
$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\begin{align*}
[p,x] \ket{x'} &= \int dx'' \ket{x''}\bra{x''} \lr{px \ket{x'} - xp \ket{x'} }\\
&= \int dx'' (x' - x'') \ket{x''} \bra{x''} p \ket{x'}
\end{align*}
$$
となります.
離散的な状態について考えるときは完全性関係は和の形でしたが,位置は連続な値を取るので,完全性関係は和を積分に置き換えて
$$
\begin{align*}
\int dx \ket{x} \bra{x} = I
\end{align*}
$$
としています.離散的で有限のヒルベルト空間から連続無限のヒルベルト空間への拡張は自明ではありませんが,難しく考えずにこういう置き換えがきっとできるものと考えて話を進めます.正規直交基底としての条件は
$$
\begin{align*}
\braket{x'' | x'} = \delta(x'' - x')
\end{align*}
$$
となります.ここで右辺はデルタ関数と呼ばれるものです.デルタ関数は
$$
\begin{align*}
\int_{-\infty }^{\infty } f(x') \delta (x - x') dx' = f(x)
\end{align*}
$$
により定義されます.デルタ関数は$${x = x'}$$の一点のみ値を持ち,それ以外は$${0}$$の
$$
\begin{align*}
\delta(x - x') = \begin{cases}
\infty & x = x'\\
0 & x \neq x'
\end{cases}
\end{align*}
$$
というイメージで捉えることができ,クロネッカーのデルタの自然な拡張になっています.デルタ関数を単体で考えると$${x = x'}$$の点で$${\infty}$$が入ってきて数学的な定義として怪しい感じがしますが,実際にはデルタ関数が出てきた場合はいつも積分とセットで考えるべきものです.この意味でデルタ関数は本当の関数ではなく,超関数と呼ばれ区別されています.
デルタ関数を導入したついでに,すぐ後で使うためにデルタ関数の微分が定義できるか考えてみます.次の積分を部分積分するとデルタ関数の定義により
$$
\begin{align*}
\int f(x') \frac{d}{dx'} \delta(x - x') dx' = - \int \frac{df(x')}{dx'} \delta(x - x') dx' = -\frac{df(x)}{dx}
\end{align*}
$$
となることがわかります.この式によってデルタ関数の微分が定義できます.
さて,運動量と位置の交換子は$${\hbar/i}$$だったので,
$$
\begin{align*}
\int dx'' (x'' - x') \ket{x''} \bra{x''} p \ket{x'} = \frac{\hbar}{i} \ket{x'}
\end{align*}
$$
となります.両辺を見比べると
$$
\begin{align*}
\bra{x''} p \ket{x'} = \frac{\hbar}{i} \frac{d}{dx''} \delta(x'' - x')
\end{align*}
$$
とするとよいことがわかります.これが運動量を位置をパラメータとして表現したものです.運動量が任意の状態に作用するときは,
$$
\begin{align*}
p \ket{\psi} &= \int dx'' \int dx' \ket{x''} \bra{x''} p \ket{x'}\braket{x'| \psi} \\
&= \int dx'' \int dx' \ket{x''} \frac{\hbar}{i}\frac{d}{dx''} \delta(x'' - x') \braket{x' | \psi}\\
&= \int dx' \ket{x'} \frac{\hbar}{i}\frac{d}{dx'} \braket{x'| \psi}
\end{align*}
$$
という公式が得られます.また,直交性から
$$
\begin{align*}
\bra{x} p \ket{\psi} = \frac{\hbar}{i} \frac{d}{dx} \braket{x | \psi}
\end{align*}
$$
も得られます.ところで,ここに現れた,任意の状態を位置に射影したときの成分$${\braket{x|\psi}}$$は波動関数と呼び,$${\psi (x)}$$と書くことが多い.
運動量状態と位置状態の変換関係
上の公式において,状態を運動量のある確定状態$${\ket{p'}}$$に選ぶと
$$
\begin{align*}
\bra{x} p \ket{p'} = p' \braket{x | p'}\frac{\hbar}{i} \frac{d}{dx} \braket{x | p'}
\end{align*}
$$
となりますが,この解は規格化定数を$${N}$$として
$$
\begin{align*}
\braket{x | p'} = N e^{i \frac{p'}{\hbar}x}
\end{align*}
$$
となります.
$$
\begin{align*}
\frac{p}{\hbar} = k
\end{align*}
$$
と置けば,これは波数と呼ばれる量です.運動量を波数と結びつけるこの式をド・ブロイ(de Broglie)の公式と言います.
規格化定数を決めましょう.ここでデルタ関数の公式
$$
\begin{align*}
\delta(x) = \int \frac{dk}{2\pi} e^{i k x}
\end{align*}
$$
を用います.これはデルタ関数のフーリエ変換を考えると,デルタ関数の定義により
$$
\begin{align*}
\int \delta(x) e^{- i k x} dx = 1
\end{align*}
$$
となることから,この逆変換として導かれます.すると
$$
\begin{align*}
\delta(x'' - x') = \braket{x'' | x'} &= \int dp' \braket{x'' | p'} \braket{p' |x'} \\
& = |N|^2 \int dp' e^{i \frac{p'}{\hbar} (x'' - x')}\\
&= |N|^2 \int dk' \hbar e^{i k' (x'' - x')}\\
&= 2\pi \hbar |N|^2 \delta(x''-x')
\end{align*}
$$
が得られるため,$${N}$$を実数に取れば
$$
\begin{align*}
N = \frac{1}{\sqrt{2\pi \hbar}} = \frac{1}{\sqrt{h}}
\end{align*}
$$
となることがわかります.
改めて,運動量状態を位置に射影するときの成分は
$$
\begin{align*}
\braket{x | p'} = \frac{1}{\sqrt{h}} e^{i \frac{p'}{\hbar} x}
\end{align*}
$$
という平面波によって表されることがわかりました.波動関数を運動量の関数と互いに変換するには,完全性関係を用いて
$$
\begin{align*}
\psi (x) &= \int dp' \braket{x | p'} \braket{p' | \psi}\\
&= \frac{1}{\sqrt{h}}\int dp' e^{i \frac{p'}{\hbar} x} \psi(p')\\
\psi(p) &= \int dx' \braket{p | x'} \braket{x' | \psi}\\
&= \frac{1}{\sqrt{h}}\int dx' e^{-i \frac{p}{\hbar} x'} \psi(x')
\end{align*}
$$
とすればよい.すなわち,任意の状態を位置で見たものと運動量で見たものは,互いにフーリエ変換の関係によって結ばれていることがわかります.位置についてより局在した状態を表すには,より多くの運動量状態について足し合わせなければならないということが,この公式から理解され,不確定性関係の別の見方を与えてくれます.
平行移動操作の生成子としての運動量
運動量演算子$${p}$$をユニタリ変換の生成子として,ストーンの定理に基づくと$${\Delta x}$$をパラメータとした次のようなユニタリ演算子を考えることができます:
$$
\begin{align*}
U(\Delta x) = e^{-i \frac{p}{\hbar} \Delta x} .
\end{align*}
$$
これを任意の状態に作用させてみると,運動量演算子を位置表示して
$$
\begin{align*}
\bra{x} U(\Delta x) \ket{\psi} &= \bra{x} e^{-i \frac{p}{\hbar} \Delta x} \ket{\psi}\\
& = (1 - \Delta x \frac{d}{dx} + \frac{1}{2}\Delta x^2 \frac{d^2}{dx^2} -\cdots) \psi(x)
\end{align*}
$$
となります.右辺は関数$${\psi(x - \Delta x)}$$のテイラー展開の形となっています.よって,
$$
\begin{align*}
\bra{x} U(\Delta x) = \bra{x - \Delta x}
\end{align*}
$$
または
$$
\begin{align*}
U(\Delta x) \ket{x} = \ket{x + \Delta x}
\end{align*}
$$
が成り立ちます.運動量演算子は平行移動の生成子であるというわけです.
この観点から,元の自由粒子のハミルトニアンによるユニタリ時間発展を考えてみましょう.考えるユニタリ演算子は
$$
\newcommand{\cH}{\mathcal{H}}
\begin{align*}
e^{-i \cH t} = e^{-i \frac{p^2}{2m\hbar} t } = e^{-i \frac{p}{\hbar} \frac{p}{2m} t }
\end{align*}
$$
と書かれることから,
$$
\begin{align*}
\frac{p}{2m} t = \Delta x
\end{align*}
$$
と思うと,移動速度は$${p/m}$$でなく$${p/(2m)}$$になるかのように思うかもしれない.しかし,運動量$${p}$$は本来演算子なので,パラメータのように扱ってもよいのはそれが運動量の固有ケットにかかるときだけです.上の式は運動量の固有ケットに対してかかるとき
$$
\begin{align*}
e^{-i \frac{p^2}{2m\hbar} t } \ket{p'} = e^{-i \frac{\hbar k'^2}{2m} t } \ket{p'}
\end{align*}
$$
のように書けます.位置は運動量の固有状態の重ね合わせ状態なので,通常の速度は位相差の速度,すなわち群速度の方が問題になるわけです.運動量状態の位相速度は
$$
\begin{align*}
\omega = \frac{\hbar k'^2}{2m}
\end{align*}
$$
ですが,重ね合わせ状態の群速度は
$$
\begin{align*}
v = \frac{d\omega}{dk} = \frac{\hbar k}{m} = \frac{p}{m}
\end{align*}
$$
により計算されます.このことから,矛盾はないことがわかります.
ポテンシャルの項がある場合
ポテンシャルを$${V(x)}$$としてハミルトニアンに入れれば,
$$
\begin{align*}
H = \frac{p^2}{2m} + V(x)
\end{align*}
$$
と書けますが,パラメータを位置の方に統一してやれば
$$
\begin{align*}
H = \int dx \ket{x} \frac{-\hbar^2}{2m} \nabla^2 \bra{x} + V(x)
\end{align*}
$$
と書けます.ただし,ここでは空間が3次元の場合に拡張し,
$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{align*}
\nabla = \lr{\pd{}{x}, \pd{}{y}, \pd{}{z}}
\end{align*}
$$
を導入しました.このハミルトニアンによるシュレディンガー方程式は,波動関数で表記すれば
$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\begin{align*}
\frac{d}{dt} \psi(x,t) = -\frac{i}{\hbar} \lr{\frac{-\hbar^2}{2m} \nabla^2 + V(x) } \psi(x,t)
\end{align*}
$$
となることがわかります.これをシュレディンガー方程式と呼ぶことも多いのですが,ここでは一般のシュレディンガー方程式のうち,位置に興味があるという特別な場合として導いたことになります.空間で表現されたこの表式によって,我々の住む時空での運動という概念が部分的に取り戻せている,と見ることができます.
このシュレディンガー方程式をみると,結局古典的な波動方程式と大した差はないように思われます.波動関数は普通の波と何が違うのでしょうか?わざわざ量子力学という枠組みを持ち出したのはなんのためだったのでしょうか?この疑問は,多粒子系のような場合を考えると明らかになってきます.古典的な波動なら,それを表す関数はいつでも
$$
\begin{align*}
\psi(x,y,z)
\end{align*}
$$
のように引数は空間の3つのパラメータで表されます.一方,波動関数の引数は,多粒子系になればそれぞれの系のテンソル積が考えるヒルベルト空間になるので
$$
\begin{align*}
\psi(x_1, y_1, z_1, x_2, y_2, z_2, \ldots)
\end{align*}
$$
のように粒子数に応じて多くの引数を取ることになります.確かに一つの粒子だけを考えるのであれば,古典的な波動のようなものと思ってもそんなに問題はないことでしょうが,多数の粒子が相互作用するような場合にはヒルベルト空間が大きくなり,エンタングル状態も考慮しなければならなくなり,古典力学的な波動の拡張としては全く捉えられないことになります.よって,我々の住む時空での運動の概念は,波動関数を用いる方法では,完全によくわかる形では取り戻せていないのです.この点は場の量子化の方法によって完全になるので,後の記事で扱いましょう.(ただし,波動関数では不完全という意味ではなく,場の量子化の方法の方が見かたがより洗練され,適用しやすい系が増えるという意味です.)
今回のまとめ
運動量は空間の平行移動の操作の生成子である.運動量演算子を位置で表現すると
$$
\begin{align*}
\bra{x''} p \ket{x'} = \frac{\hbar}{i} \frac{d}{dx'} \delta(x'' - x')
\end{align*}
$$
となる.これを用いると,ポテンシャル中の粒子のシュレディンガー方程式の波動関数による表現は
$$
\newcommand{\lr}[1]{\left(#1\right)}
\begin{align*}
\frac{d}{dt} \psi(x,t) = -\frac{i}{\hbar} \lr{\frac{-\hbar^2}{2m} \nabla^2 + V(x) } \psi(x,t)
\end{align*}
$$
と書かれることがわかる.
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次回は角運動量について考えようと思います.運動量の場合と大差なさそうでいて,実は量子力学において角運動量は特別な重要性と地位を持っています.その意味は次回の記事をお楽しみに.
クオリティの高いノートをたくさん書けるように頑張ります!