【熱力学1】状態の指定,温度とは何か【エネルギーと温度】
物理学では,私たちが考えようとする対象をこの世界から適宜切り取って,「系」と呼びます.物理学の仕事は大まかに言って,「系の状態を表すこと」,それから「系の状態の時間変化を記述すること」です.熱力学は前者の,状態を表すための学問です.そこでまず,「系の状態を表すのに必要な変数は何か」を考えることになります.今回は,その際に,温度という概念を導入します.
着目系と環境
外部と何もやり取りをしない系を「孤立している」といいます.孤立した系を考えれば,エネルギーは保存しますから,孤立系の状態を指定する変数のひとつはエネルギーです.他にも,考えている系によって,系の体積・粒子数・電気変位・磁場,などが状態の指定に必要となります.これらの私たちが制御できる量を外部変数と呼びます.(注: 熱力学では,エネルギーのことを内部エネルギーと呼ぶことが多いのですが,現代的な視点から見ると区別する意味は特にありません.私のノートでは単にエネルギーと呼びます.)外部変数をまとめて$${X}$$と書くことにします.
しかし,完全に孤立した系というのは存在しないし,完全に孤立していては私たちがその状態に働きかけたり測定したりもできません.だから,開放系で考えるほうが物理として自然だと(私は)思います.開放系と言っても,孤立系をふたつ以上くっつければよいのです.そして,一部分にだけ着目し,それ以外は「外」にあると思ってしまえばよいわけです.着目系の外側の系を環境と呼びます.今回は,エネルギーは系同士でやり取りできて,それ以外(体積や粒子数など)はやり取りしないような系を考えましょう.このような状況を「熱的に接触している」といいます.
熱的に接触した系は,エネルギーが出入りできますから,エネルギーを状態の指定に用いることは自然ではありません.何を状態の指定に用いましょう?
熱力学の第0法則と温度
ここで,熱力学の第0法則という実験事実から考えることにします.これは,「系$${A}$$と系$${B}$$が接触していて平衡状態にあり,かつ系$${B}$$と系$${C}$$が接触していて平衡状態にあるならば,系$${A}$$と系$${C}$$の間も平衡状態にある」という経験法則です.これに基づいて,次のことが示せます.
ここでは温度をこのように定義します.温度の存在は熱力学第0法則から導かれるものですが,いったん導いてしまえば温度を認めたほうが便利なのでこちらを(定理ではなく)要請とすることにしましょう.温度が存在すれば,ある一定温度の環境と接触している系の温度も変わらないので,温度を変数として用いることが自然になります.
温度の存在
ここでは熱力学第0法則に基づき,温度が存在することを示します.そういうものだと思ってスキップしてもよいですが,興味があれば読んでみてください.
系$${A}$$の状態をエネルギー$${E^A}$$と外部変数の組$${X^A}$$を用いて,
$$
\begin{align*}
\bm{X}^A = \{E^A, X^A\}
\end{align*}
$$
という変数の組で指定したとします.同様に,
$$
\begin{align*}
\bm{X}^B=\{E^B,X^B\}, \bm{X}^C=\{E^C,X^C\}
\end{align*}
$$
で系$${C}$$と系$${B}$$の状態を指定します.
二つの系の間で平衡が成り立っているなら,二つを合わせた全系では,エネルギー保存則が成り立っているので,状態を指定する変数間の自由度が一つ減り,ある関係が成り立つはずです.いま,系$${A}$$と系$${B}$$が平衡にあって,系$${B}$$と系$${C}$$も平衡にあるとします.すると,普通なら二つのある関係式が得られるわけですが,熱力学第0法則によれば系$${C}$$と系$${A}$$も平衡にあるので,結局次の三つの式が得られます.
$$
\begin{align*}
f_1(\bm{X}^A, \bm{X}^B) &= 0 \\
f_2(\bm{X}^B, \bm{X}^C) &= 0 \\
f_3(\bm{X}^A, \bm{X}^C) &= 0 \\
\end{align*}
$$
一番目の式と三番目の式を系Aのエネルギーについて逆に解いて
$$
\begin{align*}
E^A = g_1(X^A, \bm{X}^B)\\
E^A = g_3(X^A, \bm{X}^C)
\end{align*}
$$
が得られたとすると,これらを等値して,
$$
\begin{align*}
g_1(X^A,\bm{X}^B) = g_3(X^A,\bm{X}^C)
\end{align*}
$$
となるわけですが,これは,先ほどのまだ使っていない式
$$
\begin{align*}
f_2(\bm{X}^B, \bm{X}^C) = 0
\end{align*}
$$
と同じことを言っていなければなりません.よって,実は系$${A}$$の外部変数を含まない形
$$
\begin{align*}
\theta_1(\bm{X}^B) = \theta_3(\bm{X}^C)
\end{align*}
$$
と同じことでなければならず,系に固有の関数が出てきます.同様の議論を繰り返せば,
$$
\begin{align*}
\theta_1(\bm{X}^B) = \theta_2(\bm{X}^A) = \theta_3(\bm{X}^C)
\end{align*}
$$
が得られます.よって,この関数の値を
$$
\begin{align*}
T = \theta_1(\bm{X}^B)
\end{align*}
$$
のように置けば,この値は平衡状態において何か決まった値をもつものとして,平衡状態を指定してくれます.この値$${T}$$を温度と呼べ良いのです.
こうして温度の存在が示せました.
エネルギーと温度の関係
いったん平衡状態になってしまえば,その後,系のある部分だけを取り出して孤立させても同じ平衡状態になっていることには変わりません.このように,平衡状態では,着目系が環境の中に置かれていても,孤立しているのと同じです.
着目系を取り出してきたとき,着目系の持っているエネルギーは,ある一定値を持っているはずです.したがって,取り出した着目系のエネルギーは温度と外部変数の関数です.一方,上の証明からわかるように,着目系の温度とは,着目系のエネルギーと外部変数の関数で書いたものでした.したがって,温度とエネルギーは一対一対応の関係があります.これは,エネルギーが温度の単調関数であることを意味します.私たちはここで,温度の目盛の向きを適当にとることで,エネルギーが温度の単調増加関数になるように決めましょう.つまり,
$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{align*}
\pd{E}{T}\geq 0
\end{align*}
$$
とします.
温度とそのほかの変数の違い
温度と外部変数の重要な性質の違いを注意しておきます.外部変数は,系を仮想的に分割したとすると,その各部分の足し算が全体の値に一致します.体積や粒子数を考えればわかりやすいでしょう.このような特徴を持つ物理量のことを示量変数(extenive variable)と呼びます.これに対して,温度は各部分で同じ値をとり,全体としても同じ値をとります.このような特徴を持つ物理量のことを示強変数(intensive variable)と呼びます.
(注: 厳密にいうと,各部分の足し算が全体の値に一致する性質は相加性(additive)といい,系の体積に比例する性質のことを示量性といいます.均一な部分系をとれば,相加性は示量性と同じ意味となります.部分系は均一なものしか考えないので,相加性と示量性を同じ意味で用います.)
今回の議論で,着目系の状態は,示強変数である温度と示量変数である外部変数の組を変数として表せばよいということがわかりました.今回の話は以上ですが,実は今回の話だけでは系の状態はまだ完全に表せるようになっていません.次回はもう一つ要請を入れます.
今回のまとめ
・着目系の状態は,温度と外部変数の組で指定できるとする.
・エネルギーは温度の単調増加関数とすることができる.
・温度は示強変数,外部変数は示量変数である.
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更新履歴
Feb. 13, 2020 pdfファイルを削除して,pdfにしていた内容をノート中に書き直しました.また,エネルギーと温度の関係について加筆しました.
Feb. 13, 2020 相加性と示量性に関する細かい注を加えました.