【統計力学6】分配関数【自由エネルギーとの関係】

前回,カノニカル分布

$$
f(q,p) = \frac{e^{-\beta H(q,p)}}{Z(\beta)}
$$

の規格化定数として

$$
Z(\beta) = \int \frac{dqdp}{h^f} e^{-\beta H(q,p)}
$$

なる分配関数というものを定義しました.単なる規格化定数ではなく,これこそが統計力学でもっとも大切な量なのです.

カノニカル分布を用いた物理量の計算

カノニカル分布を用いて,いろいろな物理量を実際に計算する公式をそれぞれ見ていきましょう.

(1)圧力・化学ポテンシャル

圧力はカノニカル分布を用いて次のように計算できます.

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1 }{\partial #2 }}
\begin{align*}
p(\beta ,V, N) &\sim \frac{1}{Z(\beta,V,N)} \int \frac{dq dp}{h^f} p(q,p) e^{-\beta H(q,p)}\\
&= - \frac{1}{Z(\beta, V, N)} \int \frac{dq dp}{ h^f} \pd{H(q,p)}{V} e^{-\beta H(q,p)}\\
&= \frac{1}{Z(\beta,V, N)} \frac{1}{\beta} \pd{}{V} \underbrace{\int \frac{dqdp}{h^f} e^{-\beta H(q,p)}}_{Z(\beta,V,N)}\\
&= \frac{1}{\beta} \pd{}{V} \ln Z(\beta , V, N)
\end{align*}
$$

ただし,注意が必要なのは$${p(\beta,V,N)}$$はマクロな圧力を表しているのに対し,$${p(q,p) = \frac{\partial H(q,p)}{\partial V}}$$はミクロな状態に対応する確率的な圧力を表しているということです.確率的に決まる圧力をカノニカル分布で期待値をとることでマクロに見た圧力が求まります.そして偏微分のかかる場所を工夫して技巧的な変形をしていくと最後の式が得られます.(なかなか面白い変形だと思います.)

いま私たちは,圧力は分配関数の対数の体積微分から導かれる,という公式を得ました.

化学ポテンシャルに関しても全く同様にして計算できて,

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1 }{\partial #2 }}
\mu(\beta,V,N) \sim -\frac{1}{\beta} \pd{}{N} \ln Z(\beta, V, N)
$$

となります.

(2)エネルギー

エネルギーもカノニカル分布を用いて次のように計算できます.

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1 }{\partial #2 }}
\begin{align*}
E(\beta,V,N) &\sim \frac{1}{Z(\beta,V,N)} \int \frac{dqdp}{h^f} H(q,p) e^{-\beta H(q,p)}\\
&= - \frac{1}{Z(\beta,V,N)} \pd{}{\beta} \underbrace{\int \frac{dqdp}{h^f} e^{-\beta H(q,p)}}_{Z(\beta, V, N)}\\
&= - \pd{}{\beta} \ln Z(\beta,V,N)
\end{align*}
$$

確率的に決まるエネルギーをカノニカル分布で期待値をとることでマクロなエネルギーが求まります.先ほどのと似たような変形をして最後の式を得ます.

エネルギーは分配関数の対数の温度微分と結びついているという公式を得ました.

ただし,上の等式は,厳密には熱力学極限で成り立つものです.

自由エネルギーとの関係

こうして見たときに,熱力学で似たような関係があったことを思い出します.まず,自由エネルギーから圧力,化学ポテンシャルを得る関係式

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1 }{\partial #2 }}
\begin{align*}
P(T,V,N) &= - \pd{F(T,V,N)}{V}\\
\mu(T,V,N)&= \pd{F(T,V,N)}{N}
\end{align*}
$$

それから,ギブズ・ヘルムホルツの関係式

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1 }{\partial #2 }}
E(B,V,N) = - \pd{\mathcal{F}(B,V,N)}{B}
$$

です.ただし,ここではギブズ・ヘルムホルツの式は

$$
\begin{align*}
B &= \frac{1}{T}\\
\mathcal{F}(B,X) &= - B F(B,X)
\end{align*}
$$

というふうに自由エネルギーによって定義されたマシュー関数を用いて書きました.自由エネルギー(またはマシュー関数)は,この三つの関係式を通じて,その体積・粒子数・温度依存性が定まっているのです.

この三つの関係式の形は,分配関数についての関係式の形と全く同じになっています.したがって,

$$
\mathcal{F}(B,V,N) \sim k\ln Z(B,V,N)
$$

または同じことですが

$$
F(T,V,N) \sim -kT \ln Z(T,V,N)
$$

が熱力学極限において成り立っているといえます.分配関数の対数の温度および外部変数依存性は,マシュー関数のそれと熱力学極限において一致するという驚くべき関係式が得られました.マシュー関数は熱力学ポテンシャルですから,マクロな系の平衡状態に関してすべての情報が詰まっています.したがって,これが平衡統計力学で最も重要な公式であって,応用上はあとはここから熱力学の理論をもとに演繹するだけなのです.ただし,マシュー関数に関する公式のほうが数式上美しく見えますが,熱力学では自由エネルギーのほうがよく使われますから,二番目の式のほうをよりよく使うと思います.

自由エネルギーが求まったので,エントロピーも

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1 }{\partial #2 }}
S(T,V,N) = -\pd{F(T,V,N)}{T}
$$

から求まります.

(注: 私の書いた熱力学のノートでの理論体系では,エントロピーは自由エネルギーの温度微分で定義されます.くわしくはこちらを参照ください.よくあるようなボルツマンの式によるエントロピーの特徴づけは,補足記事として公開しました.)

今回のまとめ

平衡統計力学の基本公式が得られた:


____________

更新履歴
2020.07.03 少し日本語を整えました.記事へのリンクも追加しました.


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kT@物理・化学
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