【小説】あかねいろー第2部ー 34)うどんをみんなで食べながら
僕の中に残っていた、最後の砦は、一撃で崩壊させられた。
つまり、代表候補クラスのメンバーは、コンタクトに対しても、きちんとしたスキルを持っていた。言語化できるスキルを。僕のように、単に、ガシッと、バシッと、ガツンと当たっているわけではなくて、ワーそのものも圧倒的なものを持ちながら、その中で、視線、手、足、胸、頭の使い方や、考え方をきちんと磨いていこうとしていた。ただ強くあたればいい、そんな思いでやっているのは、僕くらいに見えた。
午後は、15人ずつのフルメンバーでAチームとBチームに分かれて、メンバーをあれこれ入れ替えながら、20分の紅白戦を3セット取り組んだ。僕は、いずれもBチーム、センターとFBに入ったけれども、ほとんど目立ったプレーは出せなかった。強いて言えば、キックキャッチを1つも落とさず、しっかり味方にボールを返したくらいだった。そのことについては、バックスコーチから「安心感がある」と褒められた。同じチームのメンバーからも似たようなことを言われた。
けれど、それだけだった。
浅岡は、Aチームで2本出て、Bチームのスクラムに完勝していた。笠原はAチームの11番で出て、50m以上を独走してトライを取っていた。タウファや、広岡はAチームで確かな存在感を放っていた。
16時前に最後のmtgがあり、その場で県選抜のメンバー25人が発表される。僕らの学校からは、浅岡と笠原が予想通り選ばれた。概ねその他メンバーもサプライズはなく、順当というところだった。当然、僕もメンバーには残れなかった。
「選べなかった11人については、正直、力が劣るということではない。ここにるメンバーは、どのメンバーが県代表になってもおかしくない。チームを作るという観点で、今回は25人を選んだ。選ばれたメンバーは責任を持って。選ばれなかったメンバーも、バックアップメンバーだ。誇りを持って自分たちのチームで活躍してほしい」
ヘッドーコーチのスピーチは、お決まりの国会演説にしか聞こえなかった。
帰りは、僕らの高校の5人が一緒になって帰った。バスを待つ間に(実に30分も待たされた)、目の前にある黄色い看板のうどん屋さんに入り、350円のたぬきうどんをみんなでかきこんだ。
お腹も確かに空いていた。昼ごはんのお弁当は少なかった。それ以上に、僕は、お腹でもいいから満たされたかった。せめてお腹だけでも、自分を満たしてやりたかった。
「吉田のところは無理だよ。日本代表になるだろ、あいつら」
先にうどんを食べ終えた一太が慰めてくれる。
「一太は選ばれるんじゃ無いかと思ってたよ」
「俺は、トイメンのやつに、やられまくった。いや、1回も押せなかった」
陽気に、深刻なことをさらりと話す。
「一太が?」
「全く押せなかった。90キロもない3番。首の取り方のいやらしいやつで、なんか、しっくり組めないうちに終わった」
僕もようやく大盛りのうどんを食べ終える。
「笠原の独走はすごかったな」
「お前、あれは、ごっちゃんだよ。タウファが3人くらい引きつけて、その裏に転がしてくれたんだから。俺の前には誰もいなかった。あとは走るだけ。でも、これで代表になれる!と思って、死ぬ気で走ったぜ」
Vサインをする笠原。
「まっすぐ走れるんだな、お前」
一太が茶化す。普段は笠原は、相手から逃げるように、横へ横へ走る癖がある。
「俺の本当のスピードは、うちらのチームじゃいかされないんだよ」
全員がうどんを食べ終える。バスが来るまではあと5分くらいある。夕方前の店内には、僕ら以外にお客さんはいない。店員はキッチンの奥にこもって出てこない。
「みんな、すごい人ばっかでしたね」
ただ一人2年生の清隆がボソリと言う。
「僕は正直、ランパスすらついていけない感じでした」
「俺もだよ」
僕も小声でポツリという。
店内がしんとする。セレクションに選ばれた浅岡と笠原も神妙な顔になる。選ばれなかった3名も含めて、5人が同じことを思う。同じ景色を焼き付ける。窓の向こうにバス停が見え、片側1車線の幹線道路の両側には青々とした田んぼが広がり、時折車が法定速度を大きく超えるスピードで走っていく。何にもない。なんでもないこの景色、なんの色もついていないこの景色を、5人で眺め続ける。
「このまんまじゃ、俺ら、花園なんていけないよな」
一太が、みんなの気持ちを代表する。
ラグビーは15人、いやリザーブまで含めてのチームで取り組む集団競技だ。だから、チームとしての成熟度が大事になる。それはもちろんその通りだ。だけれど、その一方で、局面局面では個人の勝負だ。そして、個人の力が1の選手が15人集まっても、どんなにチームプレーを磨いても、100にはならない。けれど、この世界には、圧倒的な個人の力を持った選手がたくさんいる。実にたくさんいる。だから、チームも大事だけど、まずは、一人一人が、一ラガーマンとして、アスリートとして、自分の力をさらに高めないと、所詮は、最終的には個の力でやられてしまう。
その圧倒的な力の差を感ぜずにはいられなかった。
このレベルを、一人一人が超えていかないと、勝負にならない。勝てる勝てないまでいけないのだ。どこかでみんながわかっていた現実を、しっかりと突きつけられた。
このままじゃ、上のチームには勝てないんだ、と。