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【小説】あかねいろー第2部ー 16)監督がいなくとも
初戦の相手は、新人戦でベスト4に進み、ベスト4では、僕らを破った桜渓大付属を20ー18で破った朝丘高校だった。去年は、高校日本代表の福田を擁して花園まであと一歩だった。今年は、そういう大砲は抜けているけれども、しっかりとまとまったチームとなっており、特に桜渓大付属との試合では、タウファ以下の留学生をチーム全体でしっかりと止めていて、かたいディフェンスが目立っていた。
僕らは、この1試合目と、3試合目の隣の県の学校との試合は、2年生中心のレギュラークラスで、2試合目と4試合目は、控えと1年生中心のメンバーでの試合ということになっていた。
1本目のメンバーは、一太と小道で考えて谷杉に見せる。
「おう、絶対勝てよ」
その一言だけで試合が始まる。
朝丘もほぼベストメンバーに見えたけれども、どういうわけか今日は、心なしかFWが小ぶりに見えた。元々小さいFWなのかもしれない。けれど、試合前に並んで挨拶をした時から、「小さいな、FW」と囁きあっていた。戦績上は格上の相手に対して、まずは試合の入りの段階で、メンタルでは決して負けていなかった、いや、しっかりやってきた、必ず勝てるという、充実した心持ちで入たということだろう。
彼らのキックオフで試合が始まると、今日は事前に決めた通り、テリトリーを取るようなキックは捨てて、基本的には密集の裏へのコンテストキックで、とにかくFWで圧力をかけ続けようとした。朝丘は伝統的に横展開のスキルの豊かなチームを作ってくるので、そこで勝負をする必要はないだろう、そこはディフェンスに注力しようと考えていた。
この目論見は十分に成功した。コンテストキック自体の質はさほど良くはなかったけれど、要はF W裏のごちゃっとしたところにボールが飛んでいき、そこにごちゃごちゃと僕らの大きなF Wが圧力をかけていく。フランカーがキックを取る選手にプレッシャーをかけるので、かなり嫌がっているように見えたし、さらにその密集に対しては、プロップ陣も含め意図してかなり圧力をかけた。相手ボールであっても、下のボールであっても、かなり手を伸ばしていった。反則ギリギリというところではあったけれど、その辺りはかなり微妙なところまで練習をしてきた。レフリーの方をしっかり見ながら、「大丈夫ですか?」という目配せも多くの選手がしていった。
結局そこでかなりプレッシャーがかかり、朝丘のSOからのキックがあまり効果的にならず、僕らはキックを取ると、すぐにまた、F Wの上に蹴り上げていくので、彼らとしては思うような展開になっていない感があったと思う。そして、密集の中でたまらず反則をし、そこからゴール前のラインアウトになり、モールをしっかり押し切って先制トライをあげた。
試合展開としては面白くもなんともないものだけど、やはり、強豪校に対して、僕らが前面に出すべき強みは、モールだろう。得点はモールで取る、そのためにいろんなお膳立てをしていく、それが中心となるプランだというのは、事前に決めていた。それは、みんなが確実に共有していた。そこは、それなりに繰り返しLINEで確認をしていた。
リスタートも同じような展開が続き、相手陣10m付近、中央でペナルティをもらった時は、相手は間違いなく「タッチだろ」と思った、その瞬間に、SHの岡野がタップキックをし、小道に渡す。小道は、左サイドのラインの外側まで開いて待っていた笠原に、大きくキックパスを送る。ワンバウンドをして笠原の胸におボールが収まったときには、40m先のゴールラインまで誰一人として立っていなかった。
これも、何度も想定してきた展開だった。十分に戦い方の印象を相手に与えてから、その裏をつくパターンだ。今回はキックパスを選択したけれど、ゴール前ならば、F Wとバックスが一体となった、タップキックからのサインプレーも4種類は用意していた。
朝丘としては、普通に攻めてくるならば、僕らぐらいのレベルのライン攻撃は十分に止められると思っていただろうし、おそらくそうだろうけれども、F W周りでの空中戦と、そこからの狭いエリアでのボールの争奪戦、そして、気を抜いたところのキックパス一本では防ぎ用がなかった。
結局、僕らとしては十分な手応えと、はっきり言えば、あまり消耗せずに30分間を終える。14ー0でベスト4の朝丘に勝利した。
次の試合がすぐにあるので、グラウンド横のベンチをすぐに引き払い、奥のサッカーコートのゴールのあたりに集まる。早速高田がタブレットを持って、浅岡に何やら話している。ラインアウトのリフトがどうのこうのと言っている。僕らの中には、結果のスコアとしては勝っているけれど、やれていないことがたくさんあった。試合後は、勝ったことよりも、その、できるはずだったのにできなかったこと、こちらの方ばかりが気になっていた。そんな、雑談兼ミーティングみたいなところに谷杉がやってきた。
「おい、ちょっといいか」
小さい足で、地面を少しつんつんと蹴りながら神妙に話しかけてくる。
「俺がお前たちの試合を見てやれるのは、知っての通り今日が最後だ」
みんなが口を閉じ、谷杉を見る。
「俺はな、一太、お前たちの代には、悪いとは思っていない。お前らな、途中で俺が異動になって、何か見捨てられたような気持ちになっていたりするかもしれないけどな、俺はな、いいことをしたと思ってるんだよ」
「いいか、俺では、花園に行けないんだよ。所詮、俺の指導じゃあ、お前らを花園に連れていけないんだよ。それは、俺が一番よくわかっている。俺には、気合と理不尽と根性しかない。もちろん、ラグビーにはそれがなければダメだ。それがないやつは、どんなにうまくても使わない」
「だけどな、全国に行くには、それだけじゃダメなことは、お前ら、お前らの方がよくわかっているはずだ」
少し、すーっとした風が流れる。冷たい、だけど、春の確かな匂いのする風だ。
「俺はな、異動になるかもしれないと聞いたとき、校長から、それでもいいかと言われたとき、喜んで異動すると言ったんだよ」
「でもな、わかれよ。俺は、本気で、お前たちは花園に行くべきだと思っている。そのためには、俺はいらない。俺は不要だ。お前たちは、自分たちで自分たちの夢を掴め。俺の指導では届かない。だからな、これはな、お前たちが花園に行くための、大事な大事な一歩なんだよ」
誰かが少し咽ぶ。
「おいおい、勘違いするなよ。お前らな、本当は俺だって、お前らと花園に行きたいんだよ。今年こそがチャンスだと思っていたんだよ。だからな、だから、だよ。わかるだろ」
今度はあちこちで鼻を啜る。
「今の試合を見てな、俺は、俺の考えが正しいことを確信した。俺が指導してちゃあ、こんな試合は出来ないんだよ。お前らは、勝手にやったこの1ヶ月で、桜渓大に負けてからの1ヶ月で、完全に俺の手を離れ、そして完全に前より強くなった。ベスト4を圧倒した。俺は、そんな姿を描いてやれなかったんだ。当たれ、タックルしろ、死ね。そればかりだ」
今度は谷杉が言葉に詰まる。ずっと遠くの方でキックオフのホイッスルがなる。すごい遠くで。
「吉田!」
急に名前を呼ばれ、声が出ない。目だけ上を向く。
「高田のために、高田の分も働けよ。お前は一人じゃないぞ。俺の中では、お前たちのことだけが心残りだ。お前がバカやって、俺もそんなおまえにムキになってしまって、結局高田をこんな状態にさせてしまった。俺らが、高田をこんな体にしたも同然だ。お前は、2人力だ。一人じゃない。お前の体は高田の体と一心同体だ。必ずチームを救えよ。お前らで」
口の両側の筋肉に力を入れ、歯を食いしばる。涙は見せたくない。鼻水を吸い上げる。高田の方を見る。高田は体育座りをしたままうずくまっている。
「はい」
小さく小さく、でも、みんなの心に届くように答える。
「よーし。一太。次は関東大会ベスト4が相手だ。トライ1つでも取られたら、農村10周だ!いいな!」
さっきまで言っていることと、今言っていることが180度逆だ。でも、それでいい。それでいいんだよ。やってやろうじゃないか。