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【小説】あかねいろー第2部ー 22)新入生歓迎試合キックオフ!
本入部が決まり、GW中は新入部員も加わって、まずは彼らには「ラグビー」を教えていく。そして、GW明けの次の日曜日に、毎年恒例の新入生の歓迎試合を実施する。
このマッチメイクに対して、夕ヶ丘西に異動した谷杉からオファーがきた。吉岡先生曰く「でかい図体だけでラグビーできると思うな」というメッセージが来ているということだった。
異動した前任の監督との早速の再戦、それも新入生の歓迎試合でというのは感慨深いものがあったが、他方で「大丈夫かよ、夕ヶ丘西で」という気持ちも強かった。夕ヶ丘西は、仮にも強豪とは呼べない。一応、単独チームで大会には出場してくるけれど、部員は20名前後程度で、初戦を勝てるかどうか、3回戦を勝つのはまずは難しいという状況だった。僕らの練習試合は、基本的には、県内外のそれなりの強豪校が順当なところで、ラグビーの場合は、あまり力の差がある学校同士が試合をすると、ある種の危険性もあるので、あまり好ましいことではない。
ただ、谷杉は、そんなことはわかりきっているはずだった。そして、分かった上で、あるいは、WEB上での僕らの取り組みなどを見た上で、オファーをしているはずだった。そう思うと、「なにをしてくるんだろう」というちょっとした興味も湧いてくる。また、吉岡先生のところには「2チームは用意できるので、1、2年生中心にしましょう」ということだった。
GW中の練習は、グラウンドがたっぷりと使えた。時間帯で各部が持ち回りだったし、そのうちの1日は、5月半ばからということで申し込んだグラウンドの方から「空いているので」ということで、無料で使わせてもらえた。80名がしっかりと、それぞれの課題と向き合いながらトレーニングを進めることができた。
夕ヶ丘西高校は、僕らの学校からは私鉄に乗って20分ほどの駅で、駅からは15分ほど歩く。共学の県立高校で、歴史は古いが、特に何か特徴があるわけではない。地域では夕ヶ丘高校という同じ地域名の公立高校があり、こちらの方が文武共に地域の顔というところがある。ただ、近年は野球部やバドミントン部など一部の部活が活況で、野球部は、昨秋はベスト8まで行き、あと一歩で関東大会というところもまで行っている。学校としても、運動部には改めて力を入れていて、部活動ということでは、夕ヶ丘高校よりも活気のある状況だった。
そのような中での谷杉の異動は、学校としては、ラグビー部をテコ入れする好機と捉えたようで、ラグビー部にはそれなりの予算が投じられ、ポールが建てられたり、ジャージが新しくなったりしていた。そして、例によって谷杉の強引な勧誘の成果だろうか、新しい1年生が24人も入って、総勢45名程度の部員数になっていた。夕ヶ丘西高校の運動部では、一気に最大の勢力になっていて、グラウンドでも幅を利かせているということだった。全く、その辺りのバイタリティは、谷杉は変わらず旺盛だ。
ただ、主体となる2、3年生は、新人戦は、初戦の合同チームには勝ったものの、2回戦は50点差をつけられての大敗だった。現状は、チーム力としてはそういうところだった。
試合は、1年生主体で、スクラムはノープッシュの試合が2本、2、3年生のレギュラークラス中心の試合が1本ということになった。3年生の主力組は、今日は試合には出ずに、裏方に回る。
夕ヶ丘西高校のグラウンドは、野球とサッカー・ラグビーのグランドがしっかり1面ずつとれ、さらに奥には陸上の400mトラックがある。ただ、公立のグラウンドなので、芝生ではなく土のグラウンドで、乾燥したこの日は、FWがポイントに集まるだけで、もわもわと土煙が舞い上がる。そして、汗で十分に濡れたジャージでタックルをしたり、ラックに入ったりして、グラウンドに一度横になると、一気にジャージに真っ黒な土が、ベッタリとつき、少しジャージが重く感じる。
1年生中心のチームでは、僕らはハーフ団だけ2年生が入り、他は全て1年生で2チームを作った。試合前に整列すると、まだ練習用の白いジャージで(人数が多くて、チームジャージが間に合わなかった)、夕ヶ丘西は、公式専用の明るいモスグリーンのジャージで揃えていて、どう見ても、僕らの方が弱そうに見えた。かき集めたメンバーなので、並んでみると、なんだか妙に凸凹で、100キロクラスのジャガイモのようなやつがいるかと思えば、160cm程度の卵のような子がいたり、もやしのような、どう見ても昔のガリ勉にしか見えないような奴もいる。が、実は、そのもやしは、偏差値78の天才で、しかも、陸上の400m走では、県内4位に入ったことがあるという、ある種のスーパーマンだったりするように、見た目とは別に、なかなか多士済々というラインナップだった。
夕ヶ丘西に並んでいる子は、半分は2年生で、明らかに彼らはジャージがしっかりとフィットしていた。しかし、彼らの中で一際目立つのは、1年生らしい、ジャージがど新品の、190cm以上あるであろう肌の黒い子と、どう見ても相撲部だろう、、という印象の、僕らの3年の浅岡よりも、明らかに横に2回りくらい大きい巨漢くんだった。間違いなく、谷杉が、その見た目だけで強引に勧誘をしたのだろう、その様が目に浮かぶ。正直二人とも、まだ「なぜ僕はここにいるのだろう」くらいの雰囲気でぼんやりしていたけれど、ともあれ、明らかに目立つは目立った
5月のからりとした晴天の下、フレッシュな顔ぶれによる試合が始まる。
3年生の僕たちは、ボールボーイとウオーター係となり、グラウンドの四方に散っていき、なんともうるさい応援団となる。応援団というより、「あれしろ、これするな、だめだ、あっちだ!」「パスしろー」「けれー」など、思い思いにアドバイスもどきを振りかけていく。そして、思いのほかいいキックが出ると、うおーと盛り上がり、簡単なパスをポロリとノックオンすると、「おーい」とヤジとも歓声ともつかない声が飛ぶ。それが、60名以上もいるものだから、なんともグラウンドの中よりも、外の方が賑やかな感じだった。
試合は、夕ヶ丘西高校の11番の2年生が、5分くらいのところで、キックキャッチからのカウンターを、一気に50mほど走ってトライをとった。キックも酷かったけれど、誰もそれに対してちゃんと追いかけていなくて、なんだか11番は、単にまっすぐ走るだけでトライになってしまった。
トライを取られた後のポール下は、ラグビーでは独特の雰囲気がある。トライを取られたことへの反省の空気に包まれる時、そんなことは関係ない、すぐに取り返すぞというムードの時、誰かのミスを糾弾してなんとも気まずい雰囲気の時、監督から怒声が飛ぶ時など。何にしても、トライを取られたわけで、にこやかな場ではないのだけれど、コンバージョンキックまでの時間をどう過ごすかは、次のキックオフからのチームに、大きな影響を与える。
早速、その場には、一太が飛んでいき、まずメンバーを集める。
「おい、お前ら、こっちこいこっち!」
それに応じて、トライを取られて、よくわからないけれどしょんぼりしている面々がのそのそと集まってくる。
「おい、なんだよ今の!タックルしろよタックル!死ぬ気でタックルしろ!」
うちの場合は、谷杉や一太が中心となると、どうしてもこういう気合い注入!の場になりがちだ。先日のミーティングでは、そういう根性論みたいなのは、この場面では勿体無いよな、しっかりリスタートに向けて、修正する点や、次のキックオフの攻め方の意思統一をした方がいいよね、ということになっていたのだけど、一太の記憶にはないらしい。
その後の展開はドロドロだった。僕らの1本目のメンバーは、強そうなFWを並べてみたのだけど、相手の2年生中心のFWにはまるで太刀打ちできていなくて、かといって、夕ヶ丘西も、何か特別にアタックに強みがあるわけではないので、下手なキックと、ハンドリングエラーのオンパレードで、試合らしいものにはならなかった。ただ、多くの子にとって、これが人生最初のラグビーの試合だ。1つタックルに入ること、1つ相手にぶちかまされること、キックを盛大にノックオンすること。いずれもきっと一生記憶に残るプレーになるのではないか。そして、外野は、1つ1つのそういうラグビーらしいプレーに大いに盛り上がる。