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【小説】あかねいろー第2部ー 21)80名の春が起動する

 野球部とラグビー部の意地の張り合いが、意外と爽やかな結末になり、学校の面々としては少し拍子抜けしたようでもあったし、結果として、それぞれの部活が、野球部60名、ラグビー部は80名を超える人数となったことで、どこか「あいつらすごいな」という空気感になっていた。
 グラウンドの使い方、特にライトのエリアについても、改めて、使う時間帯についての取り決めがされ、ラグビー部が使う際は、ラグビー部が防球ネットを自分たちで持ってくることなどが決められた。割とそこは、元々冷静に考えればそういうことになるよね、というような妥当な帰結に見えた。
 その一方で、僕らとしては、80名を超えた部員を、実質的に監督やコーチがいない中で、どうコントロールしていくか、どうマネジメントしていくかということに対しては、正直途方に暮れ気味だった。
 勢いだけで人数集めてみたけれど、学年頭で、2、3年生が合わせて10人ちょっとやめたので100人にはならなかったけれど、下手したら1大台に乗るところだった。本入部の新入生が4月末で42名、合計で87名が正式なところだった。
 4月の最後の日曜日、GWの入り口のところで、3年のマネジメントチームと、2年の清隆などの3名、そして、1年生からも、太々しそうな2名を集めて、理科室でミーティングを開催した。テーマは「いくぜ花園!でもどうやって?」だった。
 
 まず俎上に上がったのが、グラウンドが狭くて、80名もいると、一度に練習するのは難しいのではないかということだった。そのために、練習日を増やしてみてはどうかというのが、最初の議案に上がった。
 今は、何もなければ、火曜日、水曜日、金曜日が正式な練習日で、月曜と土曜は自主練にしていた。自主練の日は、そうは言ってもグラウンドは使えないので、実質的にできるのは筋トレやランニング程度だった。基本的には、多くの子がしっかり休んでいた。土日は、大体、片方は試合か練習がある。両方をやるのは、大きな大会の前くらいだった。
 これに対して、チームをA、Bに分けて、今休みにしている月曜と木曜についても練習をしようかというのが1つの案だった。
 これは、実現できれば、人数の問題の多くを解決できそうに見えた。半分の40名ずつで、金曜日だけ合同練習にする。あるいは、F WとB Kで練習日を分けて、金曜は合同にする、というような案も出た。
 ただ、一方で、「練習日を増やすのは、俺らのやることじゃないんじゃないかな。それじゃ、その辺のスポーツバカ校と同じじゃん」という意見も多かった。僕らのアイデンティの1つに、これは、谷杉の残したポリシーだけれど、「勉強優先。その合間にラグビーをする」というものがあった。進学校でもあるし、部活バカになるな、限られた練習時間でラグビーバカに勝て、そんな谷杉の言葉が植え付けられている。
「練習日を増やしてしまったら、俺らじゃないだろ」
一太の言葉は、みんなも、心のどこかにあったものだった。
 ただ、80名をどう捌いていくかということについて、今まで同じでいいとは思えない。やはりグラウンドの拡張について何がしかのアイデアが欲しい。云々とやっている中で出てきたのは、
「グラウンド、借りられないか、近くに」
ということだった。
 言われてみれば単純なことだけど、急いでGoogleで調べてみると、意外と自転車で行けそうな範囲で、グラウンドを貸し出ししているところはそこそこあった。
「お金はどうするんだろう」
大体が、1日借りると1万円以上、数時間でもそれに近い金額がかかった。僕らだけでどうこうできる金額ではなかった。
 小道がすぐに吉岡先生にLINEをすると、すぐに返信があった。
「年間50万くらいならば、部活としての予算がある」
ということで、思ったよりもすぐに解決した。
 試合のない土曜日、ここを終日グラウンドを借りる。この日だけは、午前午後の練習にする。ただし、それが使える日は、平日の練習日を1日、自主練にする。グラウンドは自転車で10分程度、歩いてでも行けるところに、芝生ではなくて土のグラウンドだし、ポールもないけれど、サッカーコートと同じ大きさが使えるところだった。ネットで見てみると、正直、ガラガラだった。早速、仮に日程を申し込む。5月4週目から7月の夏休み前までの土曜日を全て申し込んでみる。そして、そのことを吉岡先生にも伝える。
 これは、僕らとしては、気持ち高ぶる取り組みになった。練習で、グラウンド1面使える。どんなに夢に見たことか、というと大袈裟だけど、夏合宿以外ではほとんどそういう状況はないので、毎週グラウンド1面使えるというのは、それだけで十分、世の中変わったように思えることだった。

 次に問題として考えたのが、練習の時のユニットの編成だった。すでに2、3年生は3月から、ユニットに分けての練習をしている。ユニットは、BK、FW、ハーフ団という区分けがあり、それは主にスキル系のトレーニングをし、それとは別に、ポジション関係なしのユニットも作っていた。これは、筋トレや、タックルや密集周りのトレーニング、あるいはタッチフットやミニゲームなどの時に使った。ここに1年生を加えていくとなると、彼らをそのまま組み込んでいくのは難しく見えた。特に、ポジション別のユニット練習はまだま1年生はできない。他方で、すでに体力的には「すごいな」という1年生もいて、ポジションなしのユニットは、1-3年生をしっかり混ぜた方がいいだろうといことになった。
 そんな観点で、ユニットをもう一度作り直していると、色々とアイデアが出てくる。特に、ポジションごとの区分けはもちろん必要なのだけど、今のラグビーでは、アンストラクチャーな状況では、ポジションについては極めて流動的になる。というか、流動的にポジションをこなせないと、速い攻撃はできない。そういう点で、いろんなポジションを経験していく、特に、スクラムハーフという仕事は、専門職だけど一人しかゲームにいない。彼が全部の密集からボールを捌くのは現実的ではないわけで、意外と多くの場面で、彼以外が密集からボールを捌く。「これって、ちゃんと練習した方が良くないっすか、みんなが」と言われると、それはまさにそうだということになる。また、キックに対する対処についても、FBとウイングが初めは立つけれど、SOもSHもそうだし、NO.8やフッカーもキック処理には関わる場面が多い。ならば、これらの面々でしっかりと、同じ知識と同じ考えを持つべきではないか、という話も出た。
 そういう1つ1つに対して、ユニットを、日によっては、ポジションではなくて、機能で分けて練習することも必要ではないかということにもなった。
 
 この日の話では、学年が変わったからということではないのだろうけれど、2年生の3人がとにかくよく話した。これは明らかに、新入生募集キャンペーンからの流れだった。そして、彼らが喋ることで、その先の1年生の2人も、割と臆せずにあれこれ話してきた。3年生の重鎮どもの方が、少し頭がかたいくらいに見えた。ただ、そういう状況は、その場の雰囲気をどんどんと明るいものにしていった。
 
 練習についてあらかた話したところで、もう1つ上がった話題が、レフリングについてだった。
 レフリングについては、僕らは去年の最後の試合で、思い出したくもない思いをしていた。明らかに偏ったレフリングで僕らはモメンタムを失い、最後に屈した。
「部内で、しっかりとレフリーができる人、一人じゃなくて複数、必要だと思うんだ」
そう提案してきたのは高田だった。彼は、その試合を映像でしか見ていない。
「上のカテゴリーでどんどんルールが動いているじゃん。僕らも、しっかりキャッチアップしないといけないし、上に上がるためには、レフリングに対しての、試合の中での調整というのも大事になるはず」
「でも、今、僕らのメンバーで、本当にちゃんとレフリーができる人がいるかといえば、誰もいないじゃん。谷杉もいなくなり、試合の時に出せるレフリーもいない」
「それでなんだけど、みんなに、”お前レフリーやれよ”というのはちょっとひどいと思うので、僕がレフリーとして講習とか受けてこようと思うのだけど、どうだろう。あと、清隆、2年からも一人だしてほしいな」
高田は、おそらく元々考えていたのだろう、意思決定した状態で話をする。
「それとね、もう1つ。これは、みんなで考えて欲しいんだけど、メディカルについても、きちんと一次対応できるチームにならないといけないと思うんだ。僕がいうとさ、ちょっと重たいけれど、でも、大事だと思う、やっぱり」
メディカルについては、一応、応急処置の講習みたいなのが、地区のラグビー協会であって、毎年そこに何人かが参加する。しかし、もちろんそれだけで、チームとしてのメディカルの体制が整うわけではない。実質的にその面については、ほぼ無策な状態のままだった。
「これもね、選手のみんなには大変だと思うので、基本は僕が、あちこち顔出して情報を得てこようと思う。だけど、それを、きちんとみんなで学習し、学んで、取り組んでいくための準備が必要だと思う。テーピングひとつとっても、今はそれぞれが思い思いにぐるぐる巻いているだけじゃん。それじゃダメだと思うんだよね。そういうケア、本当に強いチームは絶対にできている」
イケイケどんどんのムードが少し萎む。が、水をさされたということではない。それぞれが、神々しく高田を見る。そうなんだよ、前に出ることばかり考えて、きちんと押さえるべきこと押さえておかないと。高田がいなければ、チームとして大事なこと、本当に「芯」になること、誰からも出てこない現状に、しゅんとなる。
「なんか、高田にばっかり面倒なこと押し付けることにならないか?」
一太が申し訳なさそうに、ぼそぼそという。
「レフリーはさ、僕もグラウンドに上がりたいんだよ。そのチャンスだと思って」
「メディカルについては、吉岡先生も気にされていたことだろ。ここは、僕が中心となって情報を得てくるから、みんなでやっていく必要があると思う。これは、ここにいるメンバーが中心となってみんなを巻き込んでくれないといけないと思う」

 気がつけば9時に集まったところが、あっという間に13時になっていた。
「飯どうする?」
「そりゃまあ、”大学ラーメン”でしょ。今日はサービスデー」
「またかよ」
「うちらの、食堂ですから」
「俺、サービス券も持ってます!」
仁田が立ち上がる。
「先輩、ごちそうさまです!」
1年生の宮原が元気に手をあげる。
 春、80名の大所帯が、軽やかに起動していく。

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