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【小説】あかねいろー第2部ー 14)誰かに頼るだけじゃダメだ

 13時過ぎ。雨は降り続けている。薄暗い部室に高校生男子8が人が集まり、湿った空気の中で昨日の試合の動画を見る。確かに画面はブレブレで、テレビの中継のようにはまるで行かない。それでも、映像を見ると、昨日のことが、頭の中に鮮明に描き出される。
 1本目の岡野のトライのことは概ね皆、忘れていた。しかし、こうして改めて見ると、あまりにもあっさりだった。ただただ、スクラムからサイドに持ち出しただけで、相手は、誰もそこをケアしていなかった。
「これな、簡単に取りすぎたよな」
「いけると思った。この時は」
それが間違いだったのは、この先の試合展開が証明していた。
 前半、タウファに僕が吹っ飛ばれたところでは、全員から唸り声が上がる。ボールを持ってからスピードが速いのは言うまでもないけれど、プレー選択(この場合は、単にまっすぐ走って僕を吹っ飛ばす)が速いし躊躇がない。そして、その選択が、僕の頭の中にはまるでなくて、棒立ち状態でパンツのはしすら掴めず、弾き飛ばされてる。
「こりゃダメだ。お前。立ってるだけじゃん、なんだよこれ」
一太が愚痴る。
「んなこと言うなよ、一太なんか前にいたら、ノータッチで交わされてるぜ、きっと」
笠原が釘をさす。
 ただ、こうして映像で見直してみると、確かに強さとスピードに圧倒されているように見えるけれど、一番大事なのは、タウファはボールを持った瞬間から、あるいはその前から、僕を吹っ飛ばすと決めていて、僕は、彼にどう対処するかを、決めることができていなかったと言うことのように見えた。僕だって、正面から当たられて、普通こんなに無抵抗に飛ばされない。いくら相手が190cmあろうが。
「これってさ、やっぱり、俺らのプレーレベルが低いってことだと思うな。俺、この時も、後半にあいつを追っている時も、何も考えられていない。考えていたかもしれないけれど、何の記憶もない。だけど、アイツは、ちゃんと考えているように見える。単に速さと強さに任せてプレーしているわけではないと思う」
僕の言葉に、部室が少し、しんとなる。
「この映像だけ見たら、俺、もっと抵抗できている気がするもん。正直。だって、正面から当たられているだけだぜ。いくらなんでも。どうしてそれを止められないのかって言えば、それは、準備ができていない、と言うことだと思う。正面からの突進に対しての」
映像は続いていく。
 後半のトライシーンも同じような印象だった。タウファがすごいと言うのはそれとして、彼に対応する僕らの一人一人の動きもいつものようではなく見えた。有体に言えば、みんな、何もしていない。何も抵抗していない。
「こういうの、どうしてなんだろな」
誰かが言う。映像からは高田や1年生の不満の声が流れてくる。
「何してんだ吉田先輩!なんだよあのへっぴり」
は仁田の声だ。
「ラインアウト、俺が投げた方が良くね」
1年のF Wの誰かだ。
「あ、下手くそ、バカ!」
高田が清隆のパスが流れたところにぼやく。
その1つ1つを、ちょっと小突きたくなる。ばかやろう、好きなこと言いやがって。でも、外野ら見れば、やられているのではなくて、自分たちが自滅をしているようにしか見えなかったのだろう。

 見終わった頃には、すでに6限も半ばだった。守村と小道のスマホには所在の確認のLINEが何度も来ていた。僕は、しばしば授業はエスケープするので特に誰も何も言ってこない。スマホのケーブルを外した高田が話す。
「僕からみると、正直この試合は自滅だと思う。あまりにタウファのことばかり考えすぎて、それでいて、タウファに何か特別な準備をしているかといえば、特に何もしていない。試合を1つ見たくらい」
「それに比べて、向こうは僕らの対策をよくしていたと思う。特にラインアウトがポイントになると見て、ここにかなりプレッシャーをかけていた。それと、展開力と言う点では、展開してチームの力でトライを取ると言う点では僕らとは対峙できないので、とにかく、点、タウファという点で勝負しようとしていたと思う。相手のサイドから指示を出していたコーチも、そんなことをずっと言っていた。ちゃんと、僕ら用の戦いを準備しているんだなと思った」
「僕らも、力はつけているとしても、それだけじゃダメなんじゃないかな。いつも同じ練習ばかりして、同じようなゲームプランばかりで、同じような反省ばかりしている。そして、結局明日からも同じことをする。それでは去年よりは強くなれないんじゃないかって」
高田の言葉に、誰かが何か言おうとして、でも飲みこむ。午後になり、雨はだいぶ小降りになってきた。入り口の滝は、細い糸になっている。みんなが一太を見る。
「やっぱさ、一太に頼りすぎだよ。俺ら。なんでも一太に任せてばかりじゃねえ」
笠原がいう。
「今だって、なんか、一太にさ、どうしていくんだよみたいに思ってるじゃん。それがダメだろ。だから、試合中何にも考えられないんだよ。俺も、吉田も、小道も」
「それにさ、BKのことだからBK、F Wの仕事だからFW、そういうのもさ、試合になったら、アンストラクチャーな場面になったら関係ないじゃん。そういう時に、俺らって、何にもできないよな。誰も、何かを指示されないと何もできない」
「そういうとこ、変えないとダメじゃね」
笠原の言う通りだ。僕は、今だって、こんな今の時だって、確かに、一太、どうすんだよ、と思った。それだよ。それがダメなんだよ。ラグビーって、試合が始まって、1つ1つの場面になったら、全員が必死に考えて、自分で動かなきゃダメだ。僕ですら、そんなことができなくなっている。毎日を、漫然と指示待ちでやっている。
「あー、一太、悪い」
「俺、キャプテン辞めた時、お前と話したよな。一緒に考えよう、助けるぜって。何にもしてないじゃん、俺。悪い」
部室の向かって右の隅の方を見ながら言う。小道が頭をかく。
「なあ、明日でいいからさ、2年だけでいいからさ、みんな集まって考えようぜ。一太を中心にさ、どういう考え方、体制で今後の練習に臨むか。谷杉に任せておいちゃダメだろ」
小道がいう。みんなが頷く。そして、すぐに一太がLINEを打つ。”明日の17時 卓球場に集合。緊急mtgする”

 何かを変えたい、変えなきゃダメなんだという気持ちがある限り、その方向にみんなが向いている限り、話はどんどんと湧き出た。高田がそれを1つ1つパソコンに打ち込んでいき、部室から持ってきたモニターに映し出す。集まった27人が、誰もが自分の意見を、思いをぶつけてくる。
 データをもっと使おう、集めよう、練習の時に、動画をもっと使おう。やっぱり、自分たちの動きを練習の時からしっかりモニターして確認していくことは大事だ。そして、昔と違い、それ自体は難しくない。三脚とスマホかiPadがあればいい。すぐにできる。
 それから、みんなが考えることを、もっとみんなでシェアしていくべきだということにもなった。こうして集まって、話を出していけば、たくさんの意見が出る。意見が出れば出るほど、不思議とその場の雰囲気も良くなる。なんというか、ちょっと嫌なことを言っても、言われれても、気にならない。だって、強くなりたいんだよ、みんな。その気持ちが同じなんだ。気にすることなんかない。
 早速すぐに、いくつかのグループのLINEを作った。連絡用のLINEは元々あるけれど、議論には適さない。練習プランについて考えるリーダーとマネージャーのLINE、次の試合、対戦相手についての情報や状況のシェア、並びに戦い方のディスカッション、それから、毎週1つずつ、ディスカッションテーマを作って、それに対してみんなで意見を出し合うグループも作った。初めは、「キックオフのチェイスについて」をテーマにした。早速、その日の夜のうちに、120件もラインがやり取りされた。
 練習については、キャプテンの一太、バイスキャプテンの小道に加えて、バックスからは僕、F Wからは星野が加わり、さらにマネージャーの高田が入って、毎日プランを考えることにした。これもLINEが早速に、次の日の学校の授業中にたくさんやってきた。
 
 水曜日の練習の前に、一太と小道で谷杉のところに行き、練習をこんなふうにしていきたいということを伝えにいく。多少、「ぶっ飛ばされるんじゃねえ」という心配もあったけれど、話してみると、谷杉の反応は真逆だった。
「おう。いいじゃないか。俺なんかに遠慮するな。お前たちの方が、何百倍も頭がいい。お前らが考えてどんどんやっていけ。金のかかることは先に聞け、怪我の心配のあることは必ず確認しろ、それだけだ」
一太曰く、”初めてみる、谷杉の満面の笑み”ということだった。


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