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【小説】あかねいろー第2部ー 35)不祥事−1−

 最後の夏が近づいてきた。
 例年よりも、雨の勢いは弱くとも、湿った日が続いた梅雨も終盤を迎え、定期テストという忌まわしいイベントも終わりを迎え、いよいよ高3のの夏がスタートする。
 僕らの夏は、部活動にありがちな、辛くて、きつくて、しんどい夏、ではあるのだけれど、それだけではない。夏の入り口には、3年生のレギュラークラス以外には最後のイベントである杉川高校との定期戦があり、ここで、半分くらいが引退する。そして、夏休みの前半20日程度は、例年通り、完全オフになる。花園を目指すチームが予選の1ヶ月前にそんなことでいいのか、という議論は決着がついている。最後の予選の前だからこそ、しっかり体を休めるのだ。それが僕らの選択だ。

 そうして迎えた定期テストの後、セレクションの後、その後の幹部ミーティングを経ての最初の練習の日に、大きな隕石が飛び込んできた。

 テスト後の火曜日は、短縮授業の4時間で、その後に一太と小道が顧問の吉岡先生に呼ばれる。職員室の横の校長室に二人は通され、そこで、2年生の学年主任と、数名の担任、そして吉岡先生から事情の説明を受ける。
 2年生のラグビー部の2名が、定期テストで学年で最下位の成績を取った。それ自体は別に問題でもないようだが、問題なのは、その点数が、オール0点であり(だから、2名で同点最下位)、答案用紙には、時の政権批判とか、卑猥な言葉とかが並び、到底真面目にやっているとは思えない内容だったということだった。さらに、この二人は、日頃からほとんどの授業もエスケープしており、地元の駅の麻雀店やゲームセンター、カラオケボックスに出入りしているところが度々目撃されている。さらに、その際には、他のラグビー部員とも一緒だったこともあるということだった。
 そもそもこの2名は、ラグビー部の中でも、しばしば練習を休みがちで、ラグビー部の中でも、実力のカーストでは完全に底辺だった。ただ、2名とも、根明で活気のあるキャラだったので、友達は多かったし、部活に来ている限りは、真剣だった。彼らが授業をサボり気味というのは3年生も認識していたけれど、その程度までは知らなかった。そもそも3年生だって、僕も含め、割と授業をサボりがちな子はいるし、それは別にラグビー部に限ったことでもない。ただ、何か明確な基準があるわけではないけれど、何か、超えてはいけない一線はあった。周りの人に迷惑はかけないとか、やらなければならないことはきちんとやるとか、授業サボるならば、テストはしっかり点数取る、とか。この辺りは、公立の進学校ならではの、バンカラ系の学校の伝統的な校風なのかもしれない。
 だから、富岡と百合川という2年生二人のとった行為が、学校として看過できない一線を超えて入るということは、一太にも小道にも、そして、それを聞かされた3年生全員も即座に理解ができた。
「もちろん、この問題の積極的な責任者は、僕らにあるんだ。2年生を統括する僕らに。だけれど、やはり、彼らがラグビー部であること、そして、それなりに活動に参加しているということを踏まえても、君たちにも一定の責任があると思っている」
2年生の学年主任の先生がいう。一太と小道は、口を真一文字にキュッと結び、次の言葉を待つ。
「ラグビー部にとって、これからが大事な時期であるのはわかっている。だけれど、これは部員の不祥事と言っていいことだ。僕たちとしては、ラグビー部に対して、一定期間の活動停止を課そうと思っている」
二人の上に大きな大きな鉄槌が下される。そもそもテストで10日間まとまって練習をしていない。そこに、さらに練習停止? 二人は横目を合わせる。そして小さく息を吸う。
「繰り返すけど、僕らは、鈴木くんや小道くんたちに問題があるとは思っていない。ラグビー部自体の活動が、この二人の行動にどれくらい影響しているかといえば、マイナスな面はほとんどないんだろうと思う。学校として、ラグビー部への期待もわかっている。だからこそ、この件を、しっかり責任をとってほしい。引き締めてほしい。学校の顔となる部活動として、こんな部員を出してはいけないはずだ。高校の部活動は、強ければいいんじゃない。人間として、しっかりとした大人へ向かっていく過程を踏むことが前提であって、強い部活は、当然にその面でも一流であるべきだ」
一太と小道が小さく頷く。学年主任の先生は一息おく。そして、少し顔を緩める。
「鈴木くん。だからさ、ちょっと今日は一旦、みんなを集めて、しっかりとこのことを話してほしい。とりあえず今日の練習はなしにしてさ。みんなで話をして、ラグビー部としてどうするのか、決めて、吉岡先生に報告してほしい」
「私たちとしては、吉岡先生も一緒の方がいいんじゃいないかと思ったんだけど、吉岡先生からは、”鈴木と小道で大丈夫です”と言われるのでね。うちはさ、学生の自治こそ最大の強みだと思っているからさ。学校として」
「わかりました。みんなで話します。そして今日中には吉岡先生に報告します」
「頼むよ。本当に。ただ、例の二人は昨日から謹慎で登校禁止にしているから。彼らへの処分とかは、それは僕らのことだから。ラグビー部としての身の処し方、考えてほしい」
「本当にすいません」
一太と小道が頭を下げる。
「君たちが謝ることじゃないんだけどね。本当に。でも、きっといい機会なんだろうと思う。本当の問題は、2年生の学年運営だからさ」

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