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【小説】あかねいろー第2部ー 9)「ラグビー部ってさ、ポジション勝手にお前たちが決めていいの?」
1月の最終週から新人戦の県大会がスタートする。地区予選を勝ち上がった8校と、昨秋のベスト8の8校の16校のトーナメントで、僕たちの1回戦は、東地区の県立高校の春下高校だった。僕らと同じように、地区の旧制中学からの名門校で、その地域の進学校でもある。立ち位置が似ているために、お互いをライバルとして勝手に思っていた時期もあったが、近年は僕らの方が成績は良い。
週末にその試合を控えた火曜日が雨で、練習はウエイトなどの自主練になった。2年生は基本的には個人任せで、1年生は一太の号令の元、卓球場に集められて筋トレを延々とさせられていた。
僕や小道、そして守村のバックス陣と、FWでもNO.8の大野など3名は筋トレルームでそれぞれ思い思いに筋トレをしていた。筋トレをするというよりも、実際は、マシンのベンチに座って、あれこれと話し込んでいるという方が正確で、どうしても先週の試合、そしてその後の桜渓大付属の留学生の話が尽きなかった。
桜渓大付属は去年もFWに留学生が二人いて、この二人が持つとかなりのロングゲインになることが多かったのだけど、それだけというところがあって、彼らさえ、たと10m余分に行かれても彼らを押さえてさえしまえば、そのあとはつづかなかった。しかし、今年、1学年下に、192cmで95kgという公称の留学生がウイングて加わってきて、彼がまた、50mも6秒代前半で走るという話だった。また、高田の偵察をしてきたところによると、このウイングは、身長の高さを生かして、バックスだけれどもラインアウトではFWと一緒にジャンパーとして並び、時にはボールをキャッチし、時には、ピールオフする形でサイドを走ったりするらしい。このウイングが大沢南ととの試合では炸裂していて、自分でも3トライ、彼がいることで元々いた留学生二人のマークが薄くなることで、他の二人も合わせて5トライをして、実に8トライをこの三人で決めたということだった。
その前の週に大沢南に、手も足も出ず、という感じで敗れた僕たちとしては、戦ってもいない相手だけれども、愕然とするのに十分な情報だった。
1月の終わりの冷たい雨は少しだけ土の匂いがする。
体育館では、卓球場でラグビー部の1年生たちが一太にいびられながらトレーニングをしていて、下のコートは無人。トレーニングルームには僕らと、野球部の面々が何名かいた。野球部はこの時期は筋トレが中心ということで、どうにも緊張感のないところは僕らと同じで、体よりも口がよく動いていた。
「清隆はセンターで決まりだろ」
小道がいう。ぼくは守村をみる。そうなると、その相棒は、ぼくか守村かどちらかで、どちらからがセンターから外れることになる。
「タイプとしては、吉田と清隆は似たタイプだから、吉田がフルバックに回るんじゃないかな」
小道が続ける。ぼくはベンチプレスを上に上げたまま天井を見る。
「吉田はそれでいいのか?」
守村がマシンの反対側から聞いてくる。
わからない。僕としては、確かに清隆がここ最近力をつけているとのは確かだけれど、だからと言って僕が清隆に負けているとは思えない。スピードは僕の方があるし、あたりだって僕の方が強い。ただ、ボールの活かし方やディフェンスのセンスなどは負けているかもしれない。
「っていうか、吉田がバックスリーに回った方が、後ろがしっかりするんじゃね」
僕の横でレッグカールをしている大野が口を挟む。
「相手のキックに対して、今まではどうしても消極的な対応しかできていないけれど、吉田がいれば、一応キックもできるし、走ってゲインをしてくれる期待感は少しはある」
「なんだよ、少しとか、一応、とか」
「まあさ、俺らのFWはやっぱり警戒されているから、基本的にはFWを下げさせたいだろうから、蹴ってくることはこれまで以上に多くなると思うから、それに対して、今は、笠原が一人でなんかあっち行ったりこっち行ったりしている状態から、もっとFWや小道なんかと連携をとった対応をしないといけないと思うんだよ。それには、一応、実績のある吉田が後ろにいた方が、FWとしては少しは安心だ」
「だから、いちいち、一応、とかうるさいな」
僕はベンチプレスをもう1回上げてから、ゆっくりとおろす。
「俺はさ、別にどのポジションだっていい。なんなら、小道より俺の方がスタンドはいいんじゃないかと思っているし。小道こそフルバックでキック力を活かした方がいいんじゃない、くらいに思う。でも、足遅いからな。。。小道は」
「だからさ、大事なのは、誰がどのポジションが合ってるかということじゃなくて、チームとしてどういうアタックやディフェンスをするから、だから誰がどこをやるべきだ、という方向じゃない、話は。それがないと、何やったって付け焼き刃でしょ」
「でもさ、お前が、バックスの中心プレーヤーとして、自分のことをどこのポジションがいいと思っているかというのは、それはそれで大事じゃなないか?」
小道もマシンの椅子に座って動きを止めていう。
「俺は今のところやっぱりセンターがやりたいと思っている。小林先輩との約束もあるし。だけど、チームとして、お前がフルバックをやるべし、ということだったら、それは喜んでやる。フルバックの、常に頭を使って先を考えないといけないという立ち位置は嫌いじゃない」
「まあ、明日のオールメンでは吉田フルバックでやってみようぜ。そこは谷杉も特に何も言わないだろ」
「オッケー。一太にも言っておいてよ」
結論とは言えないけれど、でも軽く方向性は定まった。まずはやってみよう。僕は、横のレッグカールの前に立って、野球部の吉岡が終わるのを待つ。
「ラグビー部ってさ、ポジション勝手にお前たちが決めていいの?」
吉岡は立ち上がると、かけてあったタオルで汗を拭きながら話しかけてくる。
「なんか、お前がフルバックとかセンターとか、そういうのって、勝手にお前たちで決めていっていいの?監督が決めるんじゃないの?」
そう言われればそうだが、正直、別に谷杉に気を使う必要はない。もちろん、彼から指示されることもあるけれど、練習の時のポジションとかは結構流動的に自分たちで動かしてきている。1日の中でも、日毎でも。そもそもラグビーは、セットプレーの段階ではポジションがある程度固定だけれど、その後はフェーズが続けば続くほど、アンストラクチャーな展開になり、ポジションは流動的になる。だから、自分がセンターだから何をする、しなければならないとか、そういう固定的な観念はあまりない。結局は、みんなが、状況に応じて、パスも、キックも、ランも、タックルもする。
「いいんだよ。谷杉なんて、何も見てないんだから」
隣の小道が一言投げ捨てる。
「チームのことだから、まずは自分たちで考えるよ、僕らは。その辺は野球とは違うな。」
「俺がピッチャーやりたい!と思って、勝手にピッチャーやったら、ぶっ飛ばされるな」
確かにそうだろう。野球とラグビーは違う。両方やってきたけれど、そういえばそんなところも、大いに違うなと改めて思う。
翌日の水曜日の練習で、1本目の布陣として、僕をFB、清隆をアウトサイドセンターに置いた形でオールメンでの合わせを行う。すでに何度もやっているわけで違和感はないのだけど、公式戦前の一本目としてやるということは、正式に清隆を一本目に持ってくるという意思の表れということになる。谷杉も、その様子を見て「それで行こう」と一言だけ残す。
清隆がセンターに入ることで、彼を突破役に使うことが多くなるのだけど、それはこれまでも僕が担ってきたところで、それに加えて、FBの僕のライン参加が有力なオプションになってくるので、バックスとしてのアタックの選択肢は広くなる。特に、清隆の存在をしっかり見せてからの、彼をデコイにしたFBのライン参加や、その逆で、僕のライン参加を多用した後での、清隆のカットイン系の切り込みなどは、試合を通じたデザインを持って、ここ、というポイントでしっかりチョイスをしよう、などという話をしていく。
また、FBとしては、中央付近でセットプレーにおいては、小道と僕で左右でスタンドの位置に立つことになる。ここでは、スクラムからの8番、9番の動きに対して、いかに僕が絡んでいくか、普通に繋げば確実にその動き余らせることができる。そこでゲインしたところ、ゲインすることを想定して、捕まった僕やNO.8の大野からオフロードをもらうイメージで、笠原が全力で走ってくる、相手のラインの裏で彼がトップスピードでもらえば、相当の確率でトライまで持っていける。その辺りを入念に練習していく。
ただ、それでも、試合の中核をなすのは、FWの圧力であるのは変わりなくて、谷杉の関心事項はもっぱらそちらに向いていて、ラインアウトからのモール、モールが崩れた後のアタックの仕方を繰り返し準備をする。特にモールについては、僕らが5人で組み、相手は1、2年生が12人塊になってかかってくる、それを押し切ろうとする時に、残りの3人がどういう入りをするか、あるいはサイドをつくのか、そういうタイミングの確認を何度も何度も行っていった。
新しいチームでの公式戦の初戦。真冬のグラウンドには冷たい風が吹き付けるけれども、僕らの体からは熱い湯気が逆立っていく。花園に向けての一歩目。練習試合は決して順調ではないけれど、そこで出てきた課題を1つ1つ取り組んでいる実感はあった。そして、何よりも、高い山を前にして、いよいよこの山に登るのだという、入り口に立った高揚感。聳え立つ山に怯え、そしてひるむ気持ちを奮い立たせるために、怖さを払いのけるためにこそ、一心不乱に体を当て、足を動かし、自分の体をいじめていく。黙っていても落ち着かない。心を落ち着かせるには、体を動かすのが、声出すのが、タックルをするのが一番だ。