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【小説】あかねいろー第2部ー 77)僕らは、僕らだけでラグビーをやっているのではない

 「明日の朝ってなあ」
浅岡が、みんなの頭に去来していた言葉をいう。
「まあ、もらったもの食べながら考えようぜ」
そう言って、コンビニの袋や緑屋のパックを漁る。
「意気込みって言うけど、何話すよ」
小道が現実的なことを持ち出す。
「普通に、俺が出ていって、相手のこと、その相手を必ず倒します、みんな見にきてくれ、でいいんじゃないの」
割り箸を口で割って、その箸をもち、焼きそばに差し込みながら一太がいう。
「でもさ、これって、本気でチャンスなんじゃないかな」
すでに着替えも終えている高田が後ろからいう。
「ありきたりじゃダメってか」
「うん。しかも、音声だけじゃなくて、映像で流すんだろ。それを、配信もするんだろ」
「でも、なんか仕込もうったって、流石に時間ないぜ」
「スライドぐらいなら作れると思うんだ。あと、音楽。営業するわけじゃないから、ちょこっと使っても大丈夫だと思うんで」
口をもぐもぐさせながら、部室に残った7人が無言になる。
「この試合、俺たちにとって、リベンジだよな」
僕が小声でいう。その言葉に、秋の夜の静かさが深くなる。全員が、出ていたメンバーも、スタンドにいたメンバーも、去年の試合、準々決勝の廣川工業戦を思い出す。
「で、僕は、その試合の喧騒の中で目を覚ました」
最後の最後のプレーで負けたこと。理不尽なレフリング。そして、悄然と座り込む駐車場。不意に鳴った電話。そして、高田の覚醒。爽やかな秋の空を駆け抜けた青春。
「ここにいるメンバーでいいからさ、去年の試合を絡めて、この試合への思いをスライドにしよう。それを、明日、放送で言葉にしよう。僕が作るよ。すごい、イメージがあるんだ」
高田がいう。
「高田、試合見てなくない?去年の」
「何言ってんだよ。僕に命をくれた試合だよ。30回以上は見たよ。1人で。自分の部屋で。1回も泣かなかったことはない」

 早速、一人一人がスマホやパソコンを取り出して、パチパチと文字を打ち出す。ああでもない、こうでもないとぶつくさ言いながら。コメントは長くていい、スライドにするのは、そのうちの1文か2文くらいということになった。
 その間に、高田は高田でPCを取り出し、何かを打ち込んでいく。20時を過ぎ、20時半近くになり、6人のコメントが高田のLINEに送信される。そして、高田からも、パワーポイントの資料がLINEに貼られる。僕らは部室のPCでそれを見る。

”リベンジの時”
”20××年10月20日廣川工業戦”
”僕らは、無限に続くと思われたロスタイムの、最後の最後で力尽きた”
”閉ざされた道”
”そこから始まる新チームの葛藤”
”立ち塞がる強敵たち。襲いかかる試練、地獄の夏”
”しかし、僕らは覚醒した”
”最大の敵、タウファを撃破し、未知の領域へ踏み出す”
”そして、今週は、1年前のリベンジの時を迎える”
”命を削って、タックルをする”
”命をかけて、ボールを追いかける”
”リベンジの準備は整った”
”10月29日。山際高校のプライドをかけて、共にオリンピックスタジアムへ”
”いざ行かん”
 文字にはエフェクトがふんだんに使われ、ところどころ、写真も登場する。
「ここに、みんなコメントを編集して入れるから。その部分で、一人一人、思いを語ろう」
1時間ちょっとでのこの出来栄えに全員が驚く。
「お前、すごいな。。。」
「これが仕事だからね、僕の。動画も盛り込めると思う。百花東の試合とか、この間のタウファとの試合とか、少し入れたいし、一番最初には、去年の廣川工業との試合の最後の部分を入れようかな」
滔々と語る高田が眩しい。
「あとは僕が概ねやっておく。スライドの体裁整えて、音楽入れて。そんなに大したことじゃない。深夜までもかからない。ただ、一度リハーサルは必要。明日の朝。7時半にここで一度やっておこう」
「七時半で大丈夫か?」
朝練をする日はもう少し早く来る。僕らにとっては決して特別な時間ではない。
「うん。大丈夫だと思う」
「高田、無理するなよ。何か手伝えることあったら、LINEしろよ」
高田は小さく頷く。しかし、確信を持って頷く。
「これは、僕にとっての試合のようなものだから」
その言葉の奥にある思いをみんなが考える。感じる。

 10月の後半。空高くまで晴れ渡った朝の空気は凛として冷たい。
 7時過ぎに部室にパラパラと人が集まり始める。昨日の6名だけではなくて、3年生の他のメンバー、そして2年生のレギュラークラスも、どういうわけか集まってくる。さらに、7時半近くになると、応援団のメンバーもおそらく全員が、詰襟学ラン姿で部室の前に現れる。
 7時半ギリギリに到着して一太が目を丸くする。
「何これ?」
「一太先輩、最低っすよ。どうして、俺らに教えてくれないで、コソコソやってるんすか」
2年の新田がニヤニヤしながら前に出てくる。なんのことかわからない僕らは首を傾げる。そこに、部室の奥の方から高田が手をあげる。
「あー、ごめん!僕が、昨日、2年生にも言ったんだ。こういうのあるって。そしたら、新田が自転車乗ってやってきてさ・・」
「俺、こういうの得意なんっすよ、知ってますよね。中学の時には、動画で全国大会とかにもいっているんすよ」
「先輩たちみたいな素人に、こんな大事な話任せられないっす」
20人くらい集まった2年生と、応援団の面々がガヤガヤとする。
「ということは?」
「昨日の夜、いや、朝2時くらいまでかな、みんなでSkype繋いで、スライド作り込みました。僕らと応援団の2年生で」
高橋が居心地悪そうに頭をかく。
「いや、俺も知らなかったんだけど。いいから、7時半に来い、って言われた」
「一太先輩、3年だけでやろうなんて、おかしいじゃないですか。ラグビー部も、応援団も、全員でしょ。全員で部活でしょ。俺らも、力にならせてもらいます」

 そう言って、PCのキーボードを叩き、画面を映す。音楽が流れる。去年の試合の最後の場面が流れる。映像は加工されていて、アイボリー調になっており、哀愁感が漂う。そこからスタートし、”リベンジの時が来た”が大きな文字で流れ、ポップアップし、そして消えていく。
 そこから、スライドが進む。ふんだんに写真が使われている。そして、いろんな人からのメッセージが流れる。去年の先輩、野球部やサッカー部の部長たち、さらには、チア部の子たちのメッセージも。
「この音声、どうしたのよ」
笠原が聞く。
「昨日の夜、LINEとかして集めました」
新田がこともなげにいう。その行動力、断固たる行動力に3年の面々は驚嘆する。
「当然です。いいですか、みんな、みんな、期待しているんですよ。応援しているんですよ、僕らを。その思いを、素直にいただくために、ちょっとだけ無理をお願いしただけです。どの人も、考えることなく、二つ返事でメッセージをくれましたよ」
「そういうとこ、一太さんや吉田さん、鈍いんですよね。いい人なんだけど」
「さあ、で、ここで、まず浅岡先輩のコメント行きましょう」
完全に新田が仕切っている。高田がそれをサポートする。
 僕らは促されるがままに、自分たちが用意したコメントを、なんとか暗唱する。そこに、新田や応援団の2年生からあれこれダメ出しが入る。もっとゆっくりと、とか、気合い入れて話してくださいよ、試合ですよ試合、などなど。さらには、なんに使うのか、この様子を2年生たちが、後ろの方から動画で撮っている。
「あれ、何やってんだよ」
「小道先輩。この様子自体が貴重なんです。メイキングの様子。何に使うかわからないですけど、今のこの時間って、むっちゃ貴重じゃないですか。撮っておかない手はないです」

 8時半前に放送室に入り、放送部のメンバーとその顧問の先生と高田が何やら打ち合わせをする。そして、PCに映像がセットされ、オンラインで映像がつながっていき、8時半のホームルームの時間になり、担当の先生が、今日はラグビー部から、次の試合への意気込みを語ってもらうといいような紹介がある。
 PCからスライドが流れ、音楽が流れ、映像が再生される。そして、それぞれの持ち場は、ジャージ姿の僕らが映し出され、一人一人が20秒程度で意気込みを語る。(みんな結構長い文章を作っていたけど、新田からのダメ出しで、できうる限り短くされた。その方が印象に残るということで)
 最後に、一太が意気込みを語り、スライドの最終ページになり、音楽がやむ。
”10月29日。山際高校のプライドをかけて、共にオリンピックスタジアムへ”
というメッセージがスピンをし、次第に消えていく。
 放送室の中に拍手が湧き起こる。が、その拍手の音は、放送室からだけではなくて、中庭を挟んで、向こう側の教室からも聞こえてくる。学校中のあちこちから拍手が聞こえてくる。

 このスライドと僕らのコメントの映像は、すぐに高田と新田で編集され、午後には応援団の手に渡る。彼らは、それを学校のHPに貼り、各部の部長たちに渡していく。学校からは、連絡アプリで動画の様子がはアップされ、保護者に行き渡る。さらに、OB会の会長のもとに連絡が行き、数千名のOB会のメールアドレスに動画のリンクが送られる。チア部では、彼女たちの学校の全体LINEに動画のURLが配信される。YouTubeに限定公開された動画には、あっという間に100件を超えるコメントがつく。動画に対しての賛辞、そして、当日試合を見にいく、あるいはテレビで見るなどのコメントが溢れかえる。

 僕らは、僕らだけでラグビーをやっているのではない。大きな流れ、大きなうねりの中で、今こうして決戦の場に立たせてもらっているんだ。後ろには、何千人何万人という応援団がいる。その力は、ラグビー伝統校の廣川工業に負けるものでは決してないのだ。


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