【小説】あかねいろー第2部ー 17)これが僕らの残すべき文化
1年生主体の試合では、新人戦で同じベスト8止まりだった、県北の私立高校に圧勝する。ラグビー部の部員数というのは、県内の強豪校レベルでも難しいところがあって、彼らは、なんとか2本目を組んでいるというところだった。その点、僕らは、人数だけは圧倒している。4本はフルセットのラインができる。そして、1年生も、なかなかF Wのサイズだけは大きい。
午後に入り、北西の山の方からの風が強くなる。ひんやりとした空気に覆われて、次の1戦への気持ちが引き締まる。ラグビーは、暑苦しい日よりも、少し冷えてキュッとした空気の方が気合いが入る。
桑山学園は、この春の新人戦で県の2位になり、関東大会でもベスト4まで行っている。午前中の試合を見る限りは、圧倒的に展開力に勝るチームで、10番には高校日本代表の合宿にも呼ばれている選手がいた。さらに、センターには、ここにも留学生がいて、かなりずんぐりむっくりの体型で、弾丸のような突進をしていた。そのあたりを軸に、とにかくキックと展開でスマートなラグビーをしていた。
この試合では、僕らはセンターに僕と清隆を並べ、フルバックには1年の仁田を入れた。とにかくセンターのところできちんとディフェンスをしよう、そしてアタックもそこでのクラッシュというか突破を目指そうという思いだった。また、仁田には、「とったら、とにかく蹴れ」というなんともシンプルな指示が与えられた。
その上で、この試合は、朝丘戦とは違い、F Wの近場での小さいラッシュを中心に攻めていこうと決める。これは、相手がどうというよりも、そういう試合展開についても、きちんとトライしておきたいということだった。
ただ、関東ベスト4というのは僕らよりもやはり明らかに上手だった。
キックオフからして、10番の日本代表候補の蹴ったボールは、相手のロックが競り合いながらクリーンキャッチをして、焦った僕らのF Wができた密集でオフサイドを犯しペナルティを献上。そこをタッチに蹴り出され、次のラインアウトから小さくバインドした強いモールを押し込んでくる。2度は止めたのだけど、どちらもペナルティを出してしまい、結局3度目のモールでトライをされてしまう。
F Wの体格的にはだいぶ僕らの方が大きかったけれど、とにかく彼らの動きは小気味がいい。ラインアウトに並ぶ時のキビキビした感じ、そしてパックをしっかり、8人が小さくまとまって、きりきりと押してくる。豪快な強さはないのだけど、確実に「突かれている」という印象があり、どうしても、横から入りがちになってしまう。ペナルティなしで止めきれないで、結局はトライラインを破られた。硬いドリルでぐりぐりやられている、そんな感じだった。
あとは、とにかくSOの子のキックがよく飛んだ。僕らのキックオフからできたラックから、彼が22mの内側から蹴ったボールは、自陣10m付近にいた仁田を大きく超え、僕らの陣の22mの内側を転々としてタッチに出る。50-22で敵ボールのラインアウトになる。そのラインアウトからのモールは押し切られないけれど、今度はバックスへ回してくる。これも、難しいことはしてこない。一人目は留学生のセンターがまっすぐ突っ込んでくる。これは、僕と清隆でしっかり止めるけれども、ゲインラインは少し越えられる。そして、そのラックサイドをフランカーが突き、次のラックからは今度はSOに回して、SOの横にサイド別のセンターが突っ込んでくる。大したゲインにはならないし、球出しも遅れるけれども、そこからまた、今度はプロップがサイドをつき、、、というような、ラック→パスが1回か2回→クラッシュ→ラック、という堅実なアタックを繰り返してくる。時間はかかったのだけれども、最終的には僕らは密集サイドを、粘りながらもゴールラインを越えられてしまう。
「やられた」という印象ではないのだけれど、とてもコンパクトで、リズムのいいアタックをしてきていて、なんとも防ぐすべを見出せなかった。そして、次のキックオフからも、SOのキックで一気に自陣10mまで押し戻され、そのラインアウトを僕らはノットストレートでロストしてしまう。
全くリズムに乗れないし、敵陣に入って攻撃をするという機会がまるでないまま、なんとか3本目のトライをされないように粘りに粘って、粘り切ったところで終了となった。0ー12。何もできなかったという点では完敗だった。ただ、同時に、圧倒されなかった、という確かな手応えもあった。僕らにとっては、関東大会というのは未知の世界で、その中でベスト4まで行っているチームとの手合わせは初めてで、どんなもんだろうという、少し強張った気持ちがあった。しかし、取り組んでみれば、完敗ではあるけれど、この内容ならば、やりようはある、という手応えはしっかりとあった。確実に相手の方がレベルが上だけど、1つ1つのプレーのレベルや、プレイヤーとしてのレベルで圧倒されているわけではない。僕らが、しっかりとレベルを上げれば、追いつける範囲にいるように思えた。
4本目の試合は、谷杉が指揮を取る最後の試合だった。2年生が半分、1年生の有力どころが半分のチームで、相手は朝丘の1年生チームで、これは少しチームにレベル差があった。終始圧倒して25分の試合で7つのトライを取った。谷杉は終始上機嫌だった。そして、その間、僕らはサッカーのグラウンドの周りを、明るい農村をしていた。1本目の15人とサブの10人が、手押し車でグラウンドを回っていた。毎度毎度の異様な光景で、この令和の時代に全く錯誤した「罰練」に見え、なんとなく僕らには冷たい目が降り注がれていた。
でも、これが、僕たちの谷杉への餞別だ。今日は、谷杉に言われてやっているわけではない。試合が終わり、簡単な振り返りが終わってから、一太の「やるか」という一声で、みんながのそのそと向こうのグラウンドに行き、農村を始めた。
2つの試合がを終えた後の、300mの手押し車の苦しさは別格だ。二人で300mだから、実質は150mだけど、2本トライを取られたから2周。土のグラウンドの上は、手も痛ければ、その手がよく滑ってなかなか進まない。そして、試合後は、手押し車をしながら、試合のあれこれを話し始める。「あそこはパスほおれただろ」「絶対あのラックはジャッカルできてた!」「おまえのへなちょこパントはなんだよ」などなど。大体はお互いのプレーの愚痴の言い合いになるのだけど、意外とこの時間がみんな嫌いではない。試合の後の高揚感と、その上にのしかかってくる疲労感。最後の方には、腕の筋肉がプルプルしてくる中で、試合やお互いのプレー、レフリーへの愚痴を言い合うと、妙に一体感が生まれてくる。そして、何よりも、それぞれが抱えていた、モヤモヤしていた気持ちや、感じていた責任感などが晴れて、スカッとした気持ちになる。どんなしょうもないプレーの試合で、どんよりした気持ちでも、この20分、30分を経ると、みんなどうでもいいように感じてくる。
しょうがないんだよ、明日からまたがっつりやろうぜ、それだけだよ、と。
きっと、これは、谷杉がくれた贈り物だ。
このどうしようもない、ある意味全近代的な文化こそ、僕たちが、谷杉がいなくなっても、僕らの伝統として脈々と続けていかなければならないものだ。それが、アイツが作った僕らのラグビー部だという証だし、谷杉への、最大のリスペクトだろう。疲れ果て、地面にへたり込みながら、向こうで1年生が爆勝している試合を仰ぎ見ながら、そんなことをみんなで確認する。