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【小説】あかねいろー第2部ー 12)完敗

 メインスタンドに向かって右側のベンチに戻って行き谷杉の声を待つ。しかし、例によって彼からはこの事態を打開するような助言は出てこない。気合と根性でラグビーは全てが解決されると思っているので、とにかく「死ぬ気でタックルしろ」と言うことだった。それはわかっているけれど、やはり一人では止められないし、正直、2、3人でもタウファを止め切るのは難しい。ただ、前半の初めは彼に対して仕事をさせなかったわけで、今一度そこに、対策の原点に戻ることが大事だと言うのは、試合が終わった後は思えたのだけれど、ハーフタイムの時は「どうしよう」と言う気持ちばかりが先だった。そう言うところを、冷静にコントロールできるような経験は僕らにはなかった。
「とにかくタックルしよう。それと、タウファのいるサイドにキックを蹴るのはやめよう」
一太が声をかける。
 ただ、何も変えなければ、何も変わらないのは当たり前のことで、そこにミスが重なると失点につながる。
 後半のキックオフで、僕らは深く蹴り込まれたキッキオフを、笠原が22m付近でノックオンをしてしまう。自陣22m付近でのスクラムは、めいいっぱいプレッシャーをかけたが、なんとか彼らは真後ろに立っていたタウファにボールを出す。当然に想定されたことなので、僕らも彼に殺到する。8番、9番、10番に、12番の守村も詰めていく。タウファはボールをスクラムのほぼ真後ろで受けながら、オープンサイドに大きく走り出す。小道と守村の前あたりに来たところで、彼はインサイドセンターの同じく留学生のファネティにフラットなパスを出す。
 パス?
 当然に当たってくると思った僕らは虚を突かれた形になり、ファネティの前にはまっさらな無人の芝生が広がっている。それはそうだ、前半の動きを見れば、後半、僕らがよりタウファへのマークを厚くしてくるだろうことは誰だってわかる。それならば、彼にディフェンスを引きつけてもらい、そこに力のあるランナーを走り込ませてゲインを取ろうと言うのは誰でも考えつくところだ。桜渓大付属には大学からキャリアのあるコーチが派遣されている。それくらいの指示は当然にあるだろう。
 抜け出したフォネティに対してFBの僕が間合いを詰める。彼は小さく左にカットインしてくるが、それには僕も対応して、右の肩を当てる。彼も右手でハンドオフで振り切ろうとするが、タウファのそれとはやはり圧力が違い、僕もなんとか絡みつき、なんとかジャージを掴み続ける。そこにフォワードが戻ってきてなんとか彼を止める。しかしそこにタウファがラックをしっかりオーバーしたところに、僕らは慌ててサイドから飛び込んでしまう。サイドエントリーでペナルティを取られる。
 ゴール前12、3mで、ポスト正面。同点だ。一瞬「PGを狙うだろう」と言う思いが僕らによぎったその瞬間に、タウファがボールを持ち、右も左も見もせずに、地面にボールを置き軽く蹴り、自分で拾い上げて突進する。まだ10m下がっての体制を整えていなかった僕らは、抵抗できすることができず、彼に払い除けられるように散っていく。
 逆転のトライは、ゴールポスト正面。コンバージョンもやすやすと決まり7ー14となる。
 ノックオンをした笠原が、明らかにしょんぼりとゴールライン付近をうろうろする。その姿を、FWの大野が励ます。お前のせいじゃないよ、と。その声が虚しい。もちろん彼だけのせいではない。だけど、ノックオンしたのが僕だったら、何を言われてもきっと救われない。プレーで取り返すしかない、そう力むしかない。
 なかなか風向きは変わらなかった。次のキックオフは彼らはしっかりキャッチをして大きく蹴り込んでくる。僕らも後半はしっかりと蹴っていくのだけれども、タウファの存在を確認しながら、彼のいないところに蹴って行こうとすると、どうしても判断が遅くなるし、キックそのものが萎縮してしまい、思ったよりも距離が出なかったり高さが出なかったりで、有効なキックになっていかない。
 痺れを切らした谷杉からは「蹴るな、押せ」という怒号が飛ぶ。押せ?自陣からモールを組んで押せと言うことか?まさか。一応耳には入っているのだけれど、真意もわからないのでとりあえずはスルーをする。しかし、後半10分過ぎにハーフウエー付近でたまたまとったキックからの密集がでモールが形成されたので、僕らはそこから動きを一旦止めて、SHの岡野がFWを集めて、起き上がってくるのを待ち、モールをゆっくりとおさせる。ゆっくりとゆっくりと。崩れないように。倒れないように。7、8m押したところで動きが止まる。ワンストップの声がかかる。それに合わせて、岡野が右へ少しモールを動かす。すると回ったところでボールが見えたのか、相手のロックがモールの左側から手を伸ばしてしまう。明らかなモール内のオフサイドで、レフリーがアドバンテージの右手を出す。
 その右手を合図に、僕らは右サイドに大きくボールを展開する。岡野から小道へ、そして小道がすぐに清隆にはなし、ライン参加した僕をデコイにして、背中を通して笠原にまで展開する。しかし、そのラストパスはタウファが詰めてきたのが目に入ったのか、笠原はキャッチできずノックオンをしてしまう。
 もちろん、アドバンテージがあるからの外へのチャレンジなのだけど、雰囲気は良くなかった。せっかく押し込んでいるモール、もっと相手を崩せそうなところで、何をしてくれるんだ、と言う顔がFW陣に見える。PGは狙わずに、タッチにキックを蹴り出す。ちょうど22mライン付近。ここでもう一度モールを組もうと画策するも、案の定、ラインアウトで僕らはノットストレートを犯してしまう。
 どうしてさっき回したのか、その後悔の視線が、ミスをしたFWから、回したBKに注がれる。BKとしては、一本めのトライの手応えがあって、回せば行けるような雰囲気だけは持っていた。FWは、モールならば確実に押せるという手応えを持っていた。しかし、結果としては、両方がうまくいかなかった。
 やることなすことがうまくいかず、焦りだけが募る。スクラムではプレッシャーをかけようと思いすぎて、相手より早く動いてしまいフリーキックを取られる。そのキックをライン側でとって、クイックで入れるのだけど、そのボールを今度は僕がノックオンしてしまう。
 
 後半も残り5分を切ってから、僕たちは、困った時のモールということで、ボールさえ持てばモールを組もうとし出す。
 ハーフライン付近のラインアウトを確保すると、ガッチリとモールを組み、そこからのそのそと前へ出る。まだまだテリトリー的には、モールへの警戒よりも、キックや展開へのケアもしているのでモールへの対応は全力ではなく、僕らのモールは少しずつ前に出る。10m程度押したところでモールが崩れ、僕らはモールコラプシングのペナルティを得る。そのボールを蹴り出し敵陣ゴール前10m弱のところにまで入り込む。
 やることは決まっている。僕らも、相手も、100%でわかっていた。
 しかし、僕らには迷いがあった。2番に並ぶ大野に投げるのか、4番に並ぶ星野に投げるか。ともに身長は180cm強。僕らの中ではトップクラスだけれども、タウファは190cmを超える。彼が2番に並んで、確実に競り合ってくる以上、4番の星野のところに投げた方が無難なのは間違いない。けれど、風がある。フッカーの高橋は、今日だけで4本もノットストレートを取られている。後ろに投げれば、風の影響もあり、真っ直ぐ入らない可能性は大きくなる。
 高橋と一太が何やらライン側で囁き合う。
 少し風は強くなったように感じる。冷たい北風だ。
 高橋は、投げ入れるのに少し時間がかったように見える。タイミングを外して、2番の大野に投げ込む。しかし、そこは、やはりタウファが狙っていた。タイミングを外されたように見えた彼は、それでもジャンプをし、左手を大きく伸ばしてボールに手をかける。大野は空中でボールに手をかけるも、すぐにタウファにもぎ取られてしまう。
 グラウンドの外からため息が、そして歓声が聞こえてくる。と思った次の瞬間、一気にどよめきが湧く。
 ボールをもぎ取ったタウファは、そのままモールを形成しようともせず、着地するや否や全力で前に出てくる。
 すぐにライン裏に出て、SHの岡野を弾き飛ばすと、右サイドは大きくスペースが広がっていて、ウイングもライン参加するためにオープンに並んでいたため、そのスペースはほぼ無人の状態だった。
 あっという間に彼はハーフウエー付近まで駆け上がる。戻るのはフルバックの僕と、反対側のサイドから戻ってくる笠原だ。
 僕は、ランの角度的には十分に彼に追いつくことを認識している。タッチライン側でしっかり捕まえられる。
 が、そこまで行ったとして、止められるか、だ。ハンドオフで弾かれるかも知れない。いや、内側に切れ込んでくるかも知れない。あるいは。。。
 そうごちゃごちゃと考えた一瞬をついて、彼は、右足でボールを大きくインゴールの方へ蹴り出す。そのボールは、ライン側から真ん中へ向かい、彼はそのボールの方に向けて30度ほど走るコースを変え、一気に加速をしていく。今までの速度が3速で、ここからが本当のトップギア、というかのごとく。
 単なる足の速さでは、僕はタウファにはまるで追いつかない。笠原はいい勝負だけれども、グイグイ追いつけるということではない。
 ゴールポストの3、4m右側に転がったボールにタウファがダイブする。そして、右手でそのボールを中空に放ち、指を天に突き刺す。
 彼は勝利を確信する。

 結局試合はそのまま、7-21で桜渓大付属の勝利となった。1つ1つのプレーでは決して僕らが引けをとっていたようには見えなかったが、トライはいずれもタウファが絡んだもので、彼を抑えるという点が勝負のポイントだったわけで、その点では僕らはミッションを遂行できず完敗した。
 
 翌日の新聞の地方欄では、タウファと桜渓大付属がフューチャーされ、西地区の勢力図は大きく変わり、桜渓大付属と大沢南が有力と紹介されていた。前年のトーナメントを沸かせた僕らは「代が変わりまだチームが出来上がっていない」と評された。


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