![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/104482581/rectangle_large_type_2_14a850e0386cabfd246bc5f2bfb75559.png?width=1200)
【小説】あかねいろー第2部ー 11)激闘必至!留学生エースタウファとの対決に挑む
新人戦の2回戦、ベスト8の対決は早速翌週にやってくる。
ここを勝ち上がると、関東大会への進出が近づいてくる。僕らとしては、是が非でも突破して、3位までに入って関東大会に出たいとうのが、まずは第一目標だった。僕らの学校は今まで関東大会に出たことはない。
その対戦相手は、前戦で衝撃のアタックを見せた、留学生ウイングのタウファと他2名を要する桜渓大付属だった。留学生はいずれもトンガからで、この10年近く毎年留学生は来ていたのだけれど、彼ら以外のメンバーがまだまだ底上げされず、留学生にはやられるけど、試合としては負けないという状況のチームだった。ただ、そこに昨年から大学からの強化プランと指導者が降りてきて、かつ、なんといってもタウファという別格の存在のエースが入ることで、チームとしてのレベルアップが確実に図られていた。部員も60名を超える大所帯となっている。
当然、僕らとしては、いかにしてタウファを押さえるかが最大のテーマになる。さらに、付随して、センターのファネティとフランカーのバニエラ、この辺りの突進をどうケアするか。ここを抑えれば、負ける要素はそうはないように見えた。
試合の映像を見ると、タウファに対して、まずはキックの際に彼をファーストレシーバーにしないことが肝要に見えた。mtgでは、ハイボールで巻き込んでしまった方がいいのではないかという意見でも出たけれど、持たせてしまうと、ハイボールでも不安だし、そもそもハイボールの精度がそんなに期待できない。だから、キックは彼のいないサイドへのハイボールを中心にしていくということにする。次に、アタックの際は、とにかく彼がFWの密集近くでうろうろしていて、ハーフや10番から直接ボールをもらうことが多い。これが至極厄介だ。大外まで回されて、ウイングらしく外で勝負では抑えようもないけれども、逆にそこまでのボールの供給を断つことに徹すればいい。特に、センター陣がブレイクされるのを覚悟で前に出てしまうことでなんとかなりそうだが、密集からのファーストレシーバーになられると、とにかく困る。出所にプレッシャーをかけるというのが本筋だけど、自分で仕掛けようとしないSHやSOにプレッシャーをかけようといっても、繋ぐだけなら繋げる。この辺りはなかなか手詰まり感があったが、1年生の仁田の一言が雰囲気をうっちゃった。
「タックルしましょうよ!俺が吹っ飛ばします!あいつだって同じ高校生ですよね!何も怖くないっす」
もちろん、仁田は試合に出ない。そして、彼のピノキオのような体では、おそらく片手で吹っ飛ばされる。
だけど。
だけど、仁田の言うとおりだ。ラグビーが、体力に優れた一人の人間を止めることもできないスポーツだったら、誰も興奮しない。ましてや、相手は同じ年齢の高校生だ。どんなに力が強くて、デカくて、スピードがあっても、必ず倒すことができる。一人では倒せないかもしれない。いいじゃないか、一人が刺さり、二人目が動きを止め、3人目でボールに絡もう。それでいいじゃないか。その分生まれるスペースは、死ぬ気で走ってカバーしよう。
タウファにボールを持たす機会を減らすことはできる。でも、無くすことはできない。どこまで行こうが、この試合は、僕らが彼をしっかりと倒すか、僕らが彼らに弾き飛ばされるか、その勝負だ。血を煮えたぎらせ、沸騰させて、全身全霊で一人の男を止める。それぐらいのことができなくてどうする。
「おし。とにかく、タウファは密集周りで倒そう。みんなで倒そう。プレッシャーをかけ続けよう。イライラさせよう」
一太がまとめる。
ベスト4をかけた準々決勝は、前の試合と同じ会場で、開始時間が9時と少し早くなった。 2月の1週目の週末、今日はベスト8が1日で出てくることもあり、先週に比べると早くからギャラリーが多い。特に報道陣の数が先週とは段違いだった。桜渓大の留学生に注目してのものだろう。タウファについては、ラグビーマガジンのオンライン版で、先週の試合をピックアップした記事が書かれており、小さい記事だけれども注目度は確実に高まっていた。
先週とは違い、冬らしい北風がしっかりと吹いている。強風というほどではないにしても、キックやパスが確実に影響を受けるだろうなというレベルには吹いている。僕たちは前半は風下に回る。
試合前は、改めて、キックをする場所、そして、相手ボールの際にタウファの立ち位置の確認して、特にFW周りに立っている時は、必ずそこにボールが行くと思って、3、4人かけてもいいから止めに行くことを申し合わせる。
「タックルだよ、タックル。絶対にぶっ倒そう」
肩を組んだ円陣の輪の中で一太が吠える。全員が小さくまとまって唸り声を上げる。
お互いが10mに並び挨拶をする。20m向こうにいるタウファは予想していたよりもずっと大きく見えた。隣の15番よりも倍はあるのではないかと思うくらいに大きかった。僕は顎を引き、彼を睨めつける。当のタウファは僕の視線攻撃など感じることなく、そよそよと東の空を見ている。目を合わせろよ、と思う。絶対視線を切らないからな、と。でも、彼の心はここではないどこかにあるようだった。そういうふわっとした感じがちょっと許せなかった。僕らはこれだけ彼に対して入れ込んできているのに対して、そんなものは意にも介さない、僕の関心事項はこの試合、この場ではないとでも言いたげな姿は、大いに癪に触った。
僕らのキックオフで始まった試合は、相手FW裏へのコンテストキック(というと聞こえはいいが、ほとんどが真上に近いようなキック)を重ね、彼らもボールを持ってからは密集でプレッシャーを受けるので、SOから大きく裏へ蹴ってくるということが続いた。
先にミスをしたのは桜渓大のウイングで、僕らのSHから蹴り込んだボックスキックは、大きくなりすぎて、14番がイージーに取れそうだったけれども、彼はそれを盛大にノックオンする。22m少し外側で僕らにマイボールのスクラムがやってくる。左サイドから10m弱程度のスクラムをしっかり押し込んでから、僕らはガラ空きのその左サイドを、8番、9番でついて行く。NO.8大野が持ち出し、フランカーに体を預けながらSHの岡野に小さくパスを離す。この辺り、タウファがブラインドサイドの場合、ブラインドに立たないことが多いのを高田がリサーチしていて、そういう場合は、サイドをついてみようというのは試合前のスカウティングで出ていたところだった。
岡野がライン側を駆け上がると、相手のSHはオープンサイドばかりを見ていて対応できず、準備のできていなかったタウファは、ある意味我関せずのような感じで関わってこず、そのままあっさりとトライまで行ってしまった。
元々留学生の力強さはあるものの、組織だったディフェンスや、留学生以外のタックルの強さなどはまだまだというところもあり、得点はある程度取れるのではないかという予測はあった。ただ、思ったよりもイージーに得点できたことで、僕たちの中で緊張の糸が少し緩む。「なんだよ、大したことないじゃん」という思いが芽生える。
これが良くなかった。
本来は、このトライはある意味偶発的なところで、僕らは、試合のプラン通り、タウファのいないところを選んで試合をすること、しっかり彼を倒すこと、アタックはFW周りでゴリゴリ行くこと、これで、つまらないけれども確実に相手の強みを消して行くべきだった。しかし、軽く一本取れたことで、そのプランに、逆に綻びが出る。
次のキックオフをしっかりキャッチすると、早速僕らは、蹴らずに回していこうとする。小道から清隆へ渡すと、彼があっさりとラインをブレイクして大きくゲインをする。そこからは繋がらなかったけれど、相手の反則を誘い、早速敵陣へ入っていく。ただ、ラインアウトは厳しかった。2番のところに190センチを超えるタウファが並んできて、手を広げながらとにかく、投げられたボールに一生懸命ジャンプをしてくる。タイミングとかそういうことではなくて、野性の勘でボールをもぎ取りにくる。そのプレッシャーにあい、ラインアウトでは、ノットストレート、ノックオンや、そもそもタウファにもぎ取られてしまったりで、マイボールがままならなかった。
ただ、アタックの手応えはあって、また、僕らが攻めている限り相手の留学生の出番も多くはなかった。特に、タウファについては、彼のところに蹴らないのでボールがいかず、マイボールの機会が彼らには極めて少なくて、前半の中盤以降までボールを持ってアタックする機会がなかった。
手応えを感じて、僕らはどんどんゲームプランを忘れていく。
後半20分過ぎに、自陣10mの少し内側でのラインアウトのボールを珍しく確保すると、僕らはオープンに大きく展開する。楔になっていた清隆を飛ばし、ブラインドからウイングを入れてくる。しかし、小道からの飛ばしパスはタイミングが合わず、笠原の前を通り過ぎ、相手のセンターの留学生の胸に収まる。僕らはあわてて守村と笠原がファネティに飛びつく。ファネティは体の強さを活かして、二人のタックルを受けながらもなんとか前へ出ようとするところに、タウファがその横に走り込んでくる。そして、もぎ取るように彼からオフロードパスを受けると、一気に笠原たちを置き去りにしてラインの裏に出る。FBの僕と彼の距離は10mない程度だったかと思う。内側からはSHの岡野や小道もバックアップに来ている。「走られてもいい。でも、内側へ」と僕は頭で計算する。少し外に立ち、彼との間合いをつめる。と思ったその瞬間、僕の頭に花火が飛び散る。僕の思いと無関係に、タウファは全速力で僕の目の前にきて、そのまま僕に真正面からぶち当たってくる。その間合いをつめるスピードが速すぎて、僕はタックルに入るまもなく吹っ飛ばされる。手をかけることも、彼のスピードを緩めることもできない。まるで、ダンプカーに惹かれる子供の三輪車のように、無抵抗に轢かれ、ぺちゃんこにされ、さらに彼はまっすぐ走っていく。小道が追い縋るが、そう見えたのも一瞬。50mを6秒そこそこで走る彼の全速全開に、一気に引き離される。
僕の頭にはしばらく火花が飛び交っている。久々の衝撃だった。1年生の頃、村田先輩にタックルされた時に、こんな光景を見た。頭の中に火花が散ってやまないという。
桜渓大付属のギャラリーが大いに盛り上がる。父兄に女子生徒も多い。当のタウファは小さくだけガッツポーズをして引き上げていく。
「大丈夫かお前」
笠原が声をかけてくる。
「やばかった」
首をぐるぐるしながら答える。
「なんか、一瞬で当たられた。岩がぶつかってきたみたいだった・・」
「足速いよ、あれ。全く追いつかなかった」
小道がいう。
「なんだよお前のあのパスは・・」
当てのない愚痴と嘆きが交わされる。タウファのあたりの衝撃を受けたのは僕だけど、彼の存在に対する衝撃は、改めてチーム全体で感じた。彼を止めなければ勝てない。一人では絶対止められない。みんなで止めないと。今一度初心を取り戻さないと。
しかし、一度崩れたリズムが簡単には取り戻せない。
次のキックオフを、小道はタウファとは反対のゾーンに深く蹴り込んだものの、そのままタッチラインを割ってしまう。
センタースクラムには、僕らから見て右サイドに、タウファが一人で立っている。左にフルバック含め5人が立っている。どう考えても、広大なスペースをタウファで勝負させようと思えた。僕らは、ハーフの岡野、スタンドの小道、そしてウイングの3人が左サイドに立ってタウファに備える。しかし、それでも彼らは、スクラムではぐいと押されながらも、苦し紛れにタウファに回す。3人に、さらにフランカーの鈴木も彼を狙って一斉につめる。タウファは今度は少し角度をつけて3人ディフェンダーの一番外を目掛けてスワーブを切る。1対3で、その一番外を回ろうと。流石に今度は、11番の吉村は彼に手をかける。そこにハーフの岡野が絡みつき、フランカーの鈴木も追いつく。しかし、タウファはその3人をハンドオフをし、足をあげ、スピンをしながらなんとか振り解こうとしながら前進する。岡野と吉村が振り解かれたところに、さらに反対サイドから走ってきた清隆が彼に頭の上から覆い被さるようにタックルをする。明らかなハイタックルで、これでようやくタウファは膝をつくが、もちろんペナルティを取られる。
倒すのに4人かかった。しかもペナルティをしてようやく。
ゴール前に出されたペナルティからのラインアウトでも、タウファが2番に並んでいて、彼に合わせようとするも、そこはノットストレートになりなんとか難を逃れる。そこからのスクラムは僕らの方が明らかに優勢で、しっかり押し込んで、サイドを2度ついてから、大きくブラインドサイドの後ろに蹴り込む。
なんとかかんとか、前半は7ー7の同点で切り抜ける。序盤の「いける」という空気が、あっという間に「どうしよう」という澱んだ空気に変わってしまっていた。