【小説】あかねいろー第2部ー 19)新入生勧誘の手法改革
野球部とラグビー部が、新入部員の争奪戦をするらしいと言う噂は、どこからか、あっという間に各部の部員だけではなくて、多くの在校生の知るところとなった。その目的についてはだいぶ曲解されていた(ボールを頭にぶつけられたラグビー部が怒って決めた、みたいな話になっていたりもした)ところもあるけれど、ともあれ、校内は大いに盛り上がっていた。先生たちも聞きつけていたけれど、流石に先生には、各部の部長から、しかじかの理由でこう言うことをすると報告をしていて、それはそれで意外と職員室でも好意的だった。
ラグビー部では、練習が休みの翌日に、早速、この企画に率先して参加したいという面々、2年生のほとんどと、1年生の半分くらいが理科室に集まってきた。特に、勧誘の鍵になるのは、いつの年も、より年齢の近い下級生の方で、彼らをいかに巻き込んでいくか、いや、彼らがいかに勝手に頑張ってくれるかが大事なところだった。そのため、彼らには早速ニンジンが提示された。
「清隆、仁田、野球部に負けたら、練習後は毎日農村を3周追加だ」
ニンジンではなくて、罰ゲームだが、効能は意外とこちらの方が高かったりする。人間は、何かを得ることができると言う欲よりも、ある出来事だけは避けたいと言う、危機回避の方が本能的に力を出すことができる。欲は諦めればいいけれど、危機は回避しなければ死ぬかもしれないのだから。
集まってのテーマはもちろん、いかにして野球部より多く集めるか、その方策だった。
まずは、どのくらいの人数が目標かについてから、かなり意見が分かれた。今の1年、清隆の代は、実は過去最高の人数が集まっていて、42人が入部した。(すでに3人がやめたので今は39人だ)この時に取り組んできたのは、というか、これまでのラグビー部の勧誘方法は、ごくシンプルで、まずは、高校入試の合格発表の時に、合格の書類をもらいにいく列に並ぶ子達にチラシを配る。そして、おめでとうと盛り上げる。その上で、どこの中学校かを聞く。だいたい、その中学校の先輩がいるから、その先輩の名前を持ち出して話を広げる。そして、部活はどうするのかを聞き、あれこれ言われるのだけど、「男ならラガー」と書かれたチラシをもう一度見てもらい、最近は「一番楽(練習が少なくて)で、一番強い」と言うキャッチフレーズで、ぜひ体験入部に来てね!と言ってさっていく。この段階では、できる限り爽やかに。プッシュはしない。
ただ、その工程で、僕らは「狙い」をつける。あの子はいける、あいつはダメだ、など。そして、アプローチすべきとリストアップした子については、入学式の日から、執拗に「部活決まった?体験きて!」と迫る。そこには、できる限り、その学校の先輩がいれば彼が、あとは、体の大きい子は、F Wが、俊敏なタイプはBKが、そして草刈場である、中学校時代の野球部、サッカー部については、自分自分も野球やサッカーをやってきた面々が、「野球よりラグビーがいいよ!」と言って迫っていく。
今年も、入学式を4月7日に控え、そういうリストアップはできている。
しかし、今回は、野球部と争奪戦だ。例年、野球部は、基本的には特に勧誘活動はしない。野球部は、伝統ある我が野球部は、意欲のあるものだけが入ればいい、と言うスタンスだった。だからこそ、野球部出身者が刈られてきたところがる。しかし、今年は、彼らも本気を出してくるのは間違いない。彼らの最大の強みは、何と言っても100年の伝統を持つ、OB組織だ。僕らの高校は、地域の名門ということもあり、例えば今の市長は、僕らの高校の野球部出身だったりする。ノーベル物理学賞を数年前に取った方も、相当前だけれど、当時の野球部員だったそうだ。衆議院議員にも一人、野球部のOBがいる。そして、もう1つ。彼らには、応援団がついている。応援団ももちろん彼らの部員の勧誘をするのだけど、割とそこは、行き来があったりする。野球部の下級生が、応援団を手伝うし、公式戦になれば、応援団は必ず野球部の応援をするし、有形無形で手伝いをする。この2つの部活は、持ちつ持たれつというところがあり、今回も、応援団の部長は「野球部を全面的に応援する」と表明している。彼らは、例年、ラグビー部よりもずっとずっと強引な勧誘をする。それこそ、手を引いていき、取り囲んで、中庭で大声で新入生を「応援」したりする。その様子は、市井ならば恫喝にしか見えない。
そんな中だから、今までと同じようなことをしていて、同じように新入部員が獲得できるとは思えなかった。
「同じことだけじゃダメだろ。もっとインパクトのあることはないかな」
一太が集まった30人ちょっとに声をかける。
「去年が40人だった。今年は、同じ動きをしていたら、人数はどうしても減ると思う。だけど、野球部に負けないためには、50人は欲しい」
目標は50人。新入生は400人超だから、8人にひとりはラグビーという状態だ。ただ、それくらいのことは、他校では普通にある。
話は、異様に沸騰した。特に、1年生、いや新2年生からは、堰を切ったようにたくさんの意見やアイデア、あるいはそれに類似したものがたくさん出てきた。たった1年の違いだけど、僕らの学年、新3年生の方が明らかに出てくる発想が保守的に見えた。
「ラグビー部のホームページちゃんと作りましょうよ。学校のホームページに紹介のところあるけれど、あんなんじゃ何にも伝わらないし、だいたい、写真いつのっすか、あれ」
各部のホームページというのは特になく、学校のホームページのタブに「部活動」というのがあり、そこに各部の紹介のテキストが三百字程度と、練習風景のような写真が一枚貼られている。その写真がいつのものかは誰も知らなかった。
「Twitterとか、インスタとか開設できないんですか?桜渓大とか、すげえかっこいいインスタのページ持っていますよ。あれ、絶対女子見てますよ、女子」
部の公式のSNSを持っているところは多い。しかし、僕らの学校にはおそらく1つもない。
「そういうところしっかり揃えて、SNSから体験入部に引っ張りましょうよ。今の時代、どこかの部活入るのに、ネットに何の情報の無いなんて、ありえないっすよ」
一太は手を頭の後ろで組んで踏ん反りかえっている。
「動画作りましょうよ。試合や練習の。高田さんがいつも撮っているから、結構素材ありますよね? それに、テレビに出た時のとか。格好いいの使えると思うんですけど」
動画も、YouTubeには結構上がっている。いろんな学校のものが。
「俺ら、完全にホワイト部活じゃないっすか。練習少ないし、風通しいし。それで強い。そこを強調しましょうよ。野球部とは絶対の違いだと思います。やっぱ、部活っていうと昭和っぽい香りで少し引くけど、そこ、全然違うよ!というのは効くと思うんだけどな」
「でもお前、そんなの強調したら、腐った根性なしばいっぱいくるんじゃないか、お前みたいな」
「それを叩き直すのが、一太さんです」
仁田が戯けると、理科室がどっと湧く。
「でも、逆になっちゃうけど、僕たちは本気で花園目指してるんだから、それはしっかりPRした方がいいんじゃない。本気で全国行こうよ、野球部じゃ、どんなひっくり返ったっていけないわけで」
「それは、絶対必要っす!」
どこかから声が飛ぶ。
まとまりはなかった。ただ、アイデアとやった方がいいということだけは尽きなかった。
「OK.じゃあ、みんなの意見、一旦整理して、後で全体ラインに流す。ネット関係は、吉岡先生にちょっと聞いてみよう。やってはいけないことがあるかどうか」
はじまって2時間が過ぎ、高田が仕切る。
「この件は、3年は高田、2年は仁田、ここ中心にやっていこう」
一太がまとめて立ち上がる。
「いいか、これは、遊びじゃないぞ。ライト使えなくなったら、できる練習が半分になる。そんな状態で花園なんか行けるわけがない。ここは、花園に行けるかどうか、最初の関門だ。全部員、全てのことを優先してやれ。高田や仁田から出た指示には、絶対文句は言わせない。俺も言わない。何があっても、野球部に勝つぞ」
おっしゃー、と歓声が理科室に響き渡る。
早速翌日からどんどんと動き始めた。今の高校のホームページを変えるのは難しいということだけれども、Twitterやインスタを開設するのは大丈夫だろうということで、ここは高田が責任者となってすぐにアカウントを作った。中のコンテンツについては、一太がチェックするということで、慣れない手つきでPCをあれこれやっている。ある程度の認知が必要なので、部員全員で、友人や家族にアカウントの紹介をしてフォローをしてもらった。Twitterについては、他の高校のラグビー部やその関係者、そして自分たちのクラスなどにも声がけて、一気に2000人以上のフォロワーができた。インスタは男子はさほど積極的でなくて、Twitterが告知のメインになっていく。
動画については、YouTubeにチャンネルをつくり、早速練習風景を高田が編集をした動画を1つあげた。2分ほどで、ランパスと、タックルダミーへのタックル、そして昨秋の公式戦、準々決勝の前の日の、最後の声出しの場面(これはなかなか、いつ見ても、僕らでもグッとくる)などを盛り込んだ。見ているのは基本的には、僕らと、校内の人ばかりだろうけれども、すぐに1000回以上の再生がされた。
体験会への誘導については、全ての情報は、Twitterで告知することとして、チラシには、誘導のQ Rコードと、「男ならラガー」と「週3回の練習で、本気で掴むぞ全国大会」「最高のホワイト部活!」などのメッセージだけを配したシンプルなものにした。それを、その場でTwitterは読み込んでもらい、ブックマークさせるところまで、できる限り見届けるようにした。LINEへ誘導できた方がいいのではという件もあったけれど、いきなりLINE登録は結構引かれるだろうということで、やめておくことにした。
そして、体験会の前に、練習の様子を見れるようにということで、練習風景をライブ配信もしてみた。
これはなかなかチャレンジングで、三脚を持ってきて、高田が練習の様子を撮影しながらYouTube LIVEで配信をした。流石に一人では難しくて、チェックやフォローにもう一人2年生をつけて配信をしてみた。誰が見るんだろうと思ったけれど(そもそも、部活の練習が見たいならば、校庭に来ればいいわけで)、これが結構当たって200人以上がライブ配信を見てくれた。意外と、クラスとか、あと、いいのかどうかわからないけれど、他校のラグビー部の人から「見たよ」という話が来た。