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【小説】あかねいろー第2部ー 67)逆転の雨
後半5分を過ぎたところで、試合を土俵中央に押し戻す。しかも、相手の切り札のタウファは10分間不在だ。明らかに風は僕らに吹いている。
ゴールポストの下に集まった桜渓大付属のメンバーは、ウオーター役のメンバーからベンチの指示を伝えられているのだろう。次のキックオフへはなかなかやってこない。レフリーからも声がかかる。時間も使いたいところだろう。気持ちはわかる。
雨足が強まる。勢いをつけた雨粒が少し痛く感じる。グラウンドの芝生も明らかに水気を帯びる。
ゆっくりとゆっくりとセットした桜渓大付属の10番は、今度は大きく、インゴール近くまでボールを蹴り込んでくる。新田がそれをキャッチすると、「蹴り返せ」という誰かの声が飛び、大きく蹴り返すも、雨を含んだボールは、湿度のある空気に押し返され、自陣10mの大分手前でタッチに出る。
ラインアウトをしっかりと確保した桜渓大付属は、今日は十分手応えを感じているであろうモールでボールをキープし、ゆっくりと押し込んでくる。タウファがいなくともFWは人数は揃っている。ここで勝負して時間を使いながら、タウファの復帰を待とうというのはクレバーな戦略だ。
ただ、そうは言っても、ここは僕らのストロングポイントでもあって、そうそう簡単には押し込ませはしない。2mほど進まれたけれど、サイドもケアしながら6人で食い止める。すると、今度はモールの後ろにいた2番がボールを持ち出して左サイドをついてくる。しかし、ここも、当然に僕らもわかっているところなので、NO.8の大野とフランカーの横山ががっちり抑える。ただ、ボールを絡むまでは行かない。ごちゃごちゃとFWが集まり、揉み合いながら、ようやく桜渓大付属のSHの手元にボールがやってくる。彼は、右を左をキョロキョロするも、「俺によこせ」という顔が見たらないと見るや、右足でポイントの真後ろにハイパントを蹴る。しかしこれは大きい。ブラインドで待ち構えていた笠原がタッチライン沿いでキャッチし、「マーク」と叫ぶ。
そのボールを、笠原がタップし自分で蹴り返すのだけれど、若干風下の感もあり、ボールは先ほどの新田よりも手前でラインを割ってしまう。
そして、ラインアウト、モール、サイド。ごちゃごちゃ。キック。こんな展開が続く。時間はあっという間に経過する。彼らの術中にハマる形で、僕らは全く人数のアドバンテージを活かせないまま、タウファのシンビン明けまであと1分というところを迎える。その間の試合は、ずっと僕らの自陣でごにょごにょした、押し合いへし合いが続いていた。
相手が14人の時の戦い方のようなものは、僕らはあまり用意をしていなかった。FWが少ないならばFWでこだわった戦い方をするだろうけれど、それ以外は特になんのプランもなかった。
が、雨が僕らに味方する。
後半15分過ぎ。次のプレーではタウファが戻るだろうというところのラインアウトから、彼らのSOはハイパントをあげようとするも、そのボールを滑らしてしまい、前にこぼしてしまう。そこを厳しく詰めていた僕に、2バウンド目が不意にボールが大きく跳ね、僕の胸にボールが収まる。僕自身も驚きながらも、とった瞬間にこの事態を理解する。この天佑を認識する。
慌てて手をだす相手の10番の右に鋭くステップを切り、彼を左手で払いのける。キックと思っていた相手のFWはまだポイントにいる。裏に出ると、目に入るのは真後ろのFBだけだ。カバーに来るはずのブラインドウイングは、タウファの代わりにセンターに入っていていない。
この一人。この目の前の一人を抜けば逆転できる。
僕の頭に、2年前の夏、僕が1年生の時、3年生の定期戦の最後のプレーがよぎる。行けると思った。でも、追いつかれ、フォローに来た先輩にボールを放せずペナルティを取られて試合が終わった。
抜けるかもしれない。でも、相手の15番も、県代表の候補にまでなっている、2年とはいえスタークラスのプレイヤーだ。
抜きたい。かわせる。
でも。
横を見る。右の後ろ、来るはずのFWを感じてみる。左の方から、桜渓大付属のバックス陣の足音がする。
僕らの方が出遅れている。
僕は、少しスピードを緩める。気持ちだけ緩める。そして、小さく左にスワーブを切る。15番はその動きに完全に反応する。僕はそれを見て、しっかりと彼に体を当てる。抜けない。ならば、FWが来るまで、あと1秒、いい体制でいよう。
右肩で強くあたり、彼のタックルを弾こうとする。抜きにかかってくるだろうと思っていた15番は、強くあたられて食い込まれる。僕はあと2歩、彼に体を当てたまま前に出る。
後ろから声がする。スパイクの音がする。大野だと思う。何か叫んでいる。
パスはできない。そのままの姿勢で前に出ようとする時に、僕は後ろから突き飛ばされる。大野が強引に僕に突っ込んできた、僕も15番も倒してラックにしようとする。ここでいいラックができれば、かなりトライに近づく。
それを察した15番は、倒れてからも必死に僕の体にまとわりつく。僕の手を、肩を抑えて、ボールを殺そうとする。しかし、それはやり過ぎだ。それに、レフリーから丸見えだった。
長い笛が鳴る。寝たままの15番のプレーにペナルティが示される。
僕と大野、そして後ろから小道がやってきてハイタッチをする。
ゴール正面。22m付近。
雨がさらに強さを増す。夏のようだ。
小道は淡々とボールをセットし、特に躊躇もせずにゴールに蹴り込む。正面だ。問題ない。
15ー14。ノートライだけれど、ついに逆転した。
残り13分。
タウファが戻る。何かをメンバーに伝え、肩をぶつけ合って鼓舞している。
気がつけば、30人のジャージはずぶ濡れで、ヘッドキャップからは水滴が絶え間なく滴り落ちていく。インゴールから見る相手のゴールは少し霞んで見えるくらい、グラウンドからは雨の靄が立ちこめる。
10番が再開のドロップキックのセットをする。一瞬、会場がしんとなり、雨音だけになった気がする。