姉から郵送された淫紋を貼ったら和牛をもらうことになった。 Part1
淫紋が落ちないことに気づいたのは、インクがすっかり定着してからだった。
お風呂場でこすっても消えず、悲嘆にくれて、とりあえずハロッズの紅茶を淹れてのむ。
のんでる場合じゃないと正気にかえるまでに、甘納豆がひと袋きえていた。あと紅茶が2杯分。ついでにブランデーも少々。
ベートーヴェンは「1杯のコーヒーはインスピレーションをあたえ、1杯のブランデーは苦悩をとりのぞく」といったけれど、なんの解決策もうかばない。
ひとまずブランデーをたしてみた。
肌が火照って淫紋が目立ち、えっちな感じになった。現実は非情でした。
冷たい床にころがって酔いをさましていると、スマートフォンに届いたTwitterの通知から、フォロワーに助けをもとめることを思いついた。
たしか過去に淫紋タトゥーシールが落ちなくなった女装男子さんのつぶやきが回ってきたし、その方とちかしい人がフォロワーに複数回いたから。
それよりもっといい手があったよね?
ネットミームでしか会話できない中学生のアカウントか?
すぐにフォロワーがむらがってきたけれど、それはそれとしてある手が浮かんできた。
「そういえば、前に落ちなかった人はオリーブオイルで落ちたはず!」
AJINOMOTOオリーブオイルを手にとり、オリーブオイルの伝道師、速水もこみちに祈りを捧げながら淫紋を落とそうとした。
落ちなかった。
速水もこみちのファンやめます。
TLをひらいたら、「前の人はオリーブオイルで落ちなくて、下腹部に淫紋をはったまま2日も通勤した」ということがわかった。
Twitterのうろ覚え受動喫煙でうごいちゃダメだね。
絶望して空になったAJINOMOTOオリーブオイルのボトルに八つ当たりしていたところ、「クレンジングオイルで消える」そうアドバイスいただきました。
幸い、それならわたしと同居人の分で2種類もあります。
もう肌が荒れてもいい。なんとしてでも、このインクを落とす。
クレンジングオイルをふたつ、試す。
落ちなかった。うそ、ちょっと落ちた。
令呪を一画だけ使ったみたいで、もっとえっちになった。
(注1 『Fate/Grand Order』より、参考画像)
こまった。もうどうしようもない。
ソファの上で体育座りしながら甘納豆を食べていると、あるリプライが目につく。
理系なのに化学はさっぱりのわたしでも、アルコールはなんのことか、身をもって理解しています。さっきまで飲んでたから。
でも、アルコールとエタノールを「ロシア人はどちらも飲む」と勝手に混同してしまったことが悲劇につながります。
化粧をふくめた準備もそこそこにブーツをはき、最寄りのホームセンターを目指す。
そこは治安が悪く、ガンプラのために下敷きを一回だけ買いにいったきりのお店ですが、事態は一刻を争います。
マジだぜ。
ホームセンターの入り口をくぐると、さっそくランダムイベントの夫婦げんかが発生していた。
うまく解決できればアライメントが善にかたむきますが、失敗して余計なイベントが発生しかねないので今回はスルーします。
ここで困ったことに、なにを買えばいいか分からないことに気づいた。
(注2 リプライでは「エタノール」とも指定されていますが、モームは「ロシア人はどちらも飲む」と勝手にアルコールでくくっています)
店員さんに「工業用アルコールはありますか?」と聞きました。いったいなにを聞いているかわたしにも分かりませんが、とにかく、言われたものが欲しかったのです。
しかしここで問題が発生。
「転売対策のため、用途をお聞きしています。なにに使われますか?」
《言いくるめ》でダイスロール。
1d100で99以下なら成功。さいころを投げる。
100回やって99回は成功するんですよ? 失敗すると思いますか?
失敗しちゃったね。スパロボで「100%以外信用するな。99%は1%で外れるという意味だ」と勉強したはずなのに。
失意に暮れながら紅茶花伝を買い、ふらふら京都の市中をさまよう。大学へ進学してからずっと散歩している街も、なんだか異国の土地に来たよう。
ふと目をやれば、大きな神社。
やることもないので参拝をして神頼み、中学へあがったばかりの弟のために学業成就のお守りを買い求め、神社のベンチに座って紅茶花伝を飲む。
身を切る風と野ざらしのベンチは冷たいが、紅茶花伝はあたたかい。
家族にあわせる顔もなければ、ご先祖様にも申し訳ない。
でも実家の蔵には先祖伝来の春画や艶本がたくさんあるからいいや。
その血の運命。
やることもないのでベンチに座りながら調べると、わたしが貼ったものは「ジャグアタトゥー」という、2週間は落ちないものらしいとわかった。
この時、12月16日(水)。クリスマスを来週に控えた冬の日。
クリスマスに人と会う予定があったわたしは絶望のあまり、はたから見れば二条大橋から身投げしそうなほど追い詰められていたそうです。
それをなぜ知っているかと言えば、通りがかった茶店のお姉さま(80代)にお持ち帰りされ、火鉢にあたりながらお茶をいただいた時に、そう聞いたから。
お抹茶の苦味が舌に心地よく、焼き餅の米の甘味とあわさって、体の奥からあたたまった。
火鉢のじんわりとした熱も長野の実家を思い出し、祖母のつくるきのこ粥が食べたくなってきた。
ちょっと泣く。
郷愁の念にたえられず涙をこぼすと、店員さんのお姉さま(60代)に背中をなでていただいた。
詳しい話ができないためぼかしながらお話していると、いく人かの方に慰めていただきました。
はい(はい)
おみあげに羽二重餅を買って帰る。
初日はこうしてなにごともなく終わり、2日目につづきます。