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『メキシコ旅行の途中で』[7] 突然の電報

震えながら、恐る恐る電報を開けると『デンワマツ セイコ』たったそれだけだった。
彼女には名刺を渡してあるはずなのに。自宅の番号も仕事場番号も、知っているはずだ。妙な気がしたが、出発まであと3日しかない。
彼女の家に電話すると、直ぐに彼女が出た。
昨日、帰国したばかりの彼女は、自宅のタバコ屋で店番をしていた。
「いきなり電報が来て、ビックリしたわ。」
「あなたにもらった名刺、ビクトロが欲しいというからあげちゃった。メモしてなかったけど、電話帳見ればわかると思っていたの。でも、載ってないんだね。番号案内にも聞いたけど、そんな人はいないって言われてしまって、電報しかないと思ったの。」彼女は知らなかったようだ。普通に考えれば、彼女がしたように電話帳や番号案内で直ぐにわかるだろう。
本当に困っている人もいるが、イタズラの目的を持つ人もいる。女性名や珍しい名前を見つけると面白がって掛けたりする。友人のひとりは、嫌がらせの電話に悩まされ、3度も番号を変えたがそれでもかぎつけられ、住んでたマンションまで引っ越してしまった。
あまり表面には出ないが、そういうトラブルは実に多い。女性同志でイタズラ電話の話をすると、『実は私も......。』と必ず返ってくる。家族と暮らしているとあまり被害に遭うこともないから、彼女みたいに番号案内に聞けばわかると思ってしまうのも無理はない。番号案内が、電話帳に載ってない番号まで親切に調べてくれるはずがない。もしあったりしたら、プラシバシー侵害だ。
外国生活が長い彼女は、日本人なら誰でも知っているようなことを知らなかったり、言葉の意味を取り違えて平気で使っていて、後で意味を知って赤面したりする。『君はイタリアンヒップだね。』と言われても、ほめ言葉だと思って長い間、気をよくしていた。ただのデカイヒップをからかっていたと気づいた時はムッときたという。彼女のことを『ペルー人でもとおるね。』とか『ギリヤークに似ている』と言ったことがあるが、彼女に理由がわかっていないようだ。
そんなユニークな彼女といると面白い。友だちになれて良かったと思う。時々、おかしな日本語を使ったりするが、スペイン語が出来て英語や中国語も話せる彼女は、尊敬ものである。
5年も住んでいたらアホでも話せるようになると彼女は言うが、たったひとりで言葉も解らない国へ行き、学校や生活は一口では言えないほど大変だったに違いない。行くだけでも勇気がいる。

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