『メキシコ旅行の途中で』[11] 旅の不安
同室になるらしい、まだ見ぬお婆さんのイメージが、ニワトリになって『トットット......。』と説教じみた鳴き声を発しながら、私の神経を突っつきまわっているような気がしてくる。行きたくない。目の前が真っ暗である。だが、明日、出発だ。旅費もすっかり払い終えている。旅は、キャンセル出来ない。
『そんな年で旅する老人だから、旅なれているかも知れない。英語だってペラペラなんじゃないか。旅のコツなんか教えてもらえるから、考え方によってはプラスになるかも知れないよ。』心の中で良い方に考えようと努力した。
6月24日水曜日。不安ながらも、大阪空港に到着した。
集合場所には次々と年配の人たちが集まってきた。
同室になるお婆さんはどの人だろうと聞くまでもなく、すぐにわかった。一番年寄りで、小さなトランクを持った小さなお婆さんは、80歳を過ぎていそうだった。若々しくない。心までお婆さんだ。本物のお婆さんだ。
ますます不安は大きくなったが、コンダクターを困らせたくなかったので、黙っていた。コンダクターを入れて全部で24人いる。
その中に、何となく気になる、やせっぽちの青白い顔の女性が、場違いのように目についた。新婚ではないが、男性と二人連れのようである。黒いフリルの踊り子の様な服は、本当にメキシコへ行くんだろうかと不思議に思えた。
成田に向かう飛行機の中で、隣に座ってきたのは、カメラマン風の男性と、あの気になる、やせっぽちの女性である。見るからに若い。20代前半だろうか。彼女が窓側に座ると思ったが、男性が窓側、彼女が中央、私が通路側になった。
12時45分、定刻通り離陸した。
隣の気になる彼女は、名刺の詰まった長方形の箱とエアーメールの封筒の束を取り出し、宛名を書き始めた。差出人の名をちらっと見ると、『スタジオ・オレンジハウス』と書いていた。カメラマンかブティック関係の人達だろうか。住所から見ると、スナックのありそうな場所である。一体、何者だろうか。
そんな時、急に彼女が気分悪そうに口をおさえた。それも私の方に向かってである。いくらブスでも、ひどいと思う。恋人同志なら、彼氏の方に向くべきだ。
それでも、思わず、「だいじょうぶ?」と彼女の背をさすりかけて、ハッとした。これは、彼氏のすることだ。しかし、彼氏は、「トイレへ行け!」と言ったまま、雑誌から顔を離さない。何とおかしな恋人たちだろう。
通路を隔てた隣の客たちが、寿司を食べ始めた。空港で買ったサンドイッチをテーブルに置いて、食べる用意をしているのに、気分が壊れる。それでも、箱を開けたが、味など、何処かに飛んでしまって美味しくない。
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