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『メキシコ旅行の途中で』[8] 奇蹟の手紙

同じデザイン事務所にいた頃は、よく彼女の体験談を聞いた。
「あなたは、勤め人には向かないわ。アート的なことして、ひとりでやる方がいい。」決心して仕事を辞める日、彼女はそう言った。
あまり仕事に慣れてない彼女に、全部押し付けて辞めるのは気が引けた。
辞めて1ヶ月ほどたった頃、用事があって事務所を覗くと、彼女は以前、私の使っていた机を使っていた。狭い机だと、いつも思っていたのに、アキが目立つ。
「あなたの使っていた机が、こんなに広いなんて思ってなかったわ。」使う人によって、机がこうも変わってしまうのかと、複雑な思いがした。
それから数ヶ月して、彼女も事務所を辞めて、メキシコに行ってしまったようだ。

出発2日前の夜、彼女と会う約束をした。
持って行ってほしい写真が夕方にならないと、手に入らないからだと言う。
約束した淀屋橋の駅で待っていると、30分くらい遅れて彼女がやって来た。
手にはたくさん荷物を持っている。
ヘアースタイルも事務所では、ひとつに束ねたり、ダンゴにしていた彼女は、カーリーに変わっていた。向こうに行って4キロ痩せという。
近くの喫茶店に入って話し始めた。
「ほら、見てよこれ!」彼女が見せたのは、彼女に出した私の手紙だった。切手の貼ってあったあたりが、破られている。
「切手は、どうなったの?」「みんなに手紙見せたら、持って行かれたのよ。」
「えっ、ただのありきたりの切手で、珍しくもないのに。」「日本の切手は珍しいのよ。配達員が、ちぎってしまうこともあるんだから。あなたの手紙を受け取ったのは、メキシコを出る1日前だったから、手紙も書けなかったの。」
彼女が言うには、いくら早く手紙を出しても、外国郵便は手渡しなので、誰もいないと配達員は持って帰ってしまうらしい。5月中には届くはずの手紙も、彼女に届いたのは6月11日で、12日にはメキシコを出て、ロスアンゼルスのおばあさんの家へ行ってしまうことになっていたらしい。あと1日遅ければ、彼女は手紙を受け取れなかったかも知れない。

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