「不幸な言葉」が生まれる社会。たとえば、「介護殺人」
Y!ニュース10月28日水曜日12時7分配信毎日新聞とありました、この記事につけられている題名は、
「限界だった」たった1人の介護の果て なぜ22歳の孫は祖母を手にかけたのか
22歳の孫は、女性、社会人になったばかりで、複雑な親族関係の中、親族の援助が見込めず、祖母を介護することになりました、たった1人で。
「祖母を手にかけた」とあるように、「介護殺人」という結末。
「介護殺人」
スマホで簡単に変換できました、ひらがなから、漢字へ。
スマホ君、少しは、「え?なに?それ?どう書くの?」って、さ、モタモタしてくれれば、さ、なんか、なんか、よかった気がする。
「介護殺人」
日本社会が不幸にも生み出した不幸な言葉。
菅義偉内閣総理大臣は、
「自助、共助、公助、そして、絆」
という言葉を吐いたと記憶していますが、僕、こたろうは、
「自助」を強要される社会の到来を肌で感じます。
22歳の孫は、
「共助」なく、
「自助」を強いられた果てに、
祖母を殺めてしまったのではないか?
国語辞典を開いたりしなくてもいいと思います。社会福祉関係のテキストを読む必要もないと思います。
「公助」とは「制度化された共助」と理解すべき!!
僕、こたろうは、そう思う。
行政や、社会福祉について、研究したことなどありません。
素人、
無知、
無教養、
その通り!!
ただ、他人事ではなく、僕、こたろうが、今は亡き母の介護を、たった1人でしたというだけのこと、、、。
事前に研究しておく時間なんてもらえない。突然に始まった母の介護。
訪問ヘルパーさんだけは手伝ってくれたけれども、、、。
「介護殺人」
こんな不幸な言葉が生まれた日本社会をどう思うのか、
みなさん?
僕、こたろうは、日本社会を変えたい、そう思うのです。
また、
頭が痛くなりました。
これでお終い。