ドイツの大学のコンピュータサイエンス学部の選び方
この記事では、ドイツの大学のComputer Science(以下、独:Informatik)学部への入学を検討している方に向けて、私の経験を元にみなさんが出願する大学を選ぶ際に参考にできるような情報を提供したいと思います。お伝えする情報はWintersemester2022/23時点のものです。一般的なビザや保険、ドイツ語の勉強の仕方についてはたくさんの方が情報を提供してくださっているので今回は省略し、なるべくInformatik学部に関連する部分に絞ってお話ししたいと思います。
出願する大学の選定方法について
ドイツには公立だけでもたくさんの大学があるため、出願先の大学を決める際に結構迷ってしまう方も多いと思います。また、大学によっては出願料金がかかるため、お金に余裕がある方でない限り手当たり次第に出願するのは難しいですし、何よりも手間がかかります。なので、ここでは実際に大学を選定する際に役立つかもしれない5つの選択軸について記載したいと思います。
1.教授言語
ドイツへの留学を決める時、その背景には人によって様々な理由があると思いますが、個人的には大きく分けて3つのカテゴリーに分類されると思います。1つ目は、これまでの人生の中で短期留学や家族の都合などで既にドイツに住んだことがあり、ある程度の土地勘がある状態で留学するパターン。2つ目は本場ドイツで美術や音楽といった芸術分野を極める為に来るパターン。そして3つ目は、当初他の英語圏の国への留学を検討していたが、費用や生活環境などを考慮した結果、ドイツに留学することになったパターン。3つ目に該当する人は、当初はドイツ語を学ぶ予定なんてなかったでしょうから、まず言語習得が最初の大きな壁となり、英語で授業が行われる学部のコースを探したくなるかもしれません。しかし、実際にDAAD(ドイツ学術交流会)のサイトでInformatikのコースを英語で提供している大学(ÜniversitätenのみでFachhochschulenを除く)を検索するとわずか2校しかなく、一方、ドイツ語の場合は100以上のコースが存在します。
さらにその2校がある街は他の主要都市と比べてあまり大きくないため、大学の外でドイツ語なしで生活をするとなると不便に思うことがあるかもしれません。なのでドイツの学部でInformatikを専攻するならドイツ語の習得は必須と考えた方が良さそうです。ただ、逆に英語は必要ないのかと言うとそうではなく、私が見たほとんどの大学のInformatik学部のコース概要には一部の授業が英語で行われることがきちんと明記されています。なので、英語能力が出願の前提条件になっていない場合でも、ある程度理解できるレベルになっておいた方が無難です。また、将来ソフトウェア開発を生業としたい人は結局、英語のドキュメントを読んだりプログラムのエラーを解析する時に英語のリソースにアクセスすることが多々あるので、今のうちから慣れておいても損はないはずです。
2.地域
教授言語がドイツ語のInformatikコースはドイツ全土の大学で提供されています。その為、お気に入りの街があるならそれを軸として大学を選択するのもいいと思います。ライプツィヒやドレスデンのような東ドイツの雰囲気が好き、ベルリンのカオスな感じを楽しみたい、自然と歴史が融合したミュンヘンが好き、デュッセルドルフで日本を身近に感じたいなどの理由で大学を選ぶのも勉強のモチベーションアップに繋がると思うのですごく賛成です。ただし1点だけ、Baden-Württemberg州だけは注意が必要です。この州はドイツの中で唯一、外国人の学生に対して1セメスター1500ユーロの授業料を課しています。
英語圏の国と比べれば年間3000ユーロという金額はそれでも破格ですが、他の州が無料であることを考えると授業料の安さを理由にドイツに来た人の選択肢からは外れてしまうかもしれません。ただ、単純に授業料のみで比較できるものでもなく、例えばミュンヘンやベルリンのような大都市の恐ろしく高い生活コストと比較すると、1ヶ月換算250ユーロの授業料の差は家賃単体で簡単に相殺されますし、どの都市と比較するかによっても話は変わってきます。ちなみに、自然科学分野で有名なKarlsruher Institut für Technologie(KIT:カールスルーエ工科大学)もこの州に位置しています。私の場合、今回が初めてのドイツ渡航で特にお気に入りの地域もまだない為、一旦Baden-Württemberg州を除くドイツ全土の大学を選択対象としました。
3.入学制限の有無
ドイツ留学に興味を持ち始めた初期の頃にネットで色々と検索していると「ドイツの大学は入学条件さえクリアしていれば誰でも入れる」という記事を目にするかもしれませんが、少なくともInformatikなどの近年人気が爆上がりしている学部の場合、必ずしも全ての大学がそうとは限りません。かなり前からInformatikは世界中で最も人気な学問のうちの一つとなっていますが、ドイツでも例外ではなく、10年前から学生の数はずっと右肩上がりで増加しています。そろそろ宇宙や電池といった次の産業の波が来てもいいのではないかと思ったりするのですが、依然、自然科学分野ではInfomatikが優勢です。そうなると大学側は入学者の数を制限しなくてはなりません。そのような出願者の選考があるコースのことをNC(Numerus Clausus)といい、逆に条件さえ満たしていれば誰でも入学が認められるコースのことをNC frei(またはohne NC)と言ったりします。その他にも、人数制限は設けていないものの、書類審査や筆記試験などのEignungsverfahrentest(適性テスト)を課す大学もあります。また、これらの制限を設けてる大学ではEU域外出身の外国人に割り当てる定員数もあらかじめ決めており、私が今回出願したNCありのほとんどの大学では全体の定員数のうち数パーセントをEU域外出身者に割り当てていました。つまり、地元の子やEU出身者とは別の枠組みの中で、EU以外の国から来た人たちと椅子取りゲームをしなくてはなりません。また別途記事を書こうと思いますが、今回の経験を通じてその中で合格を勝ち取るのはかなり狭き門だと感じました。そのため、志望度の高いコースがNCやEignungsverfahrentestによって入学制限されている場合、万が一落ちた時のことを考えて他の大学のNC freiのコースにも複数出願しておくのが賢明です。
4.学習プログラム
もちろん大学毎にコースのカリキュラム内容は違います。具体的には、 通常はMonobachelor(単一専攻)が一般的なのに対して、Hauptfach(主専攻)とNebenfach(副専攻)を組み合わせられるコースがあったり、Praktikum(実習)を必修科目としていることろがある一方で、任意もしくはそもそも無いコースがあったり、その他のところでも選択科目の違いなどが挙げられます。しかし、少なくとも表面上はどの大学もコースの枠組みが多少違うだけのように見え、具体的なInformatikのコア部分の学習内容に関してはそこまで各校に違いを見出せませんでした(ただし、もしかしたら実際に入ってみると外からは分からない違いがあるかもしれません)。例えばInformatikに必要な数学(線形代数、微積分、集合論、グラフ理論、確率論など)や計算機科学(コンピュータの仕組み、データベース、ネットワーク、アルゴリズムなど)のモジュールは当然と言えば当然ですが、ほぼ全ての大学のコースで提供されています。自分の場合、Informatikの「学位」を取ることが今回の留学の目的なので、そこまでカリキュラムの構造については気にしませんでした。各大学のWebページにはStudienplan(またはStudienaufbau、Studienstruktur:学習要領)が掲載されており、実際にその大学でどのようなことを学べるのか体系的にまとめられているので参考にしてみると良いと思います。ただし、ほとんどの大学が英語版も作っている出願関連のページとは違って、学部の各モジュールの説明ページはドイツ語にしか対応していないところもあるので、語学学習を始めたばかりの人は読むのに少し苦労するかもしれません。
5.大学の外部評価
これまでの選定軸で絞っても多くの人の場合は、まだ山ほどの大学が選択肢として残ることになるかもしれません。そこで最後に登場するのが、外部評価です。大学院の選定であれば、自分の興味のある分野や研究室によって大学を選ぶのがベストと思いますが、今回は学部留学であり、大学のある街の様子やカリキュラムの内容は私にとってさほど重要ではなかった為、Wirtschaftswocheというドイツのビジネス誌が発表している雇用者側から見た学術分野ごとの各大学の卒業生の評価ランキングやQuacquarelli Symonds社が発表しているQS world university rankingsを参考にしました※1。
※1 私の場合は、主に外部評価を指標として大学を選びましたが、一般にドイツの大学はどこも高い水準の教育を提供すると言われているので、自分の好きな街や惹かれるカリキュラムがあるならそこの大学に通うのが一番いいと思います。
私が最終的に出願した大学
Informatik分野で評判の良いTU9(ドイツの9つの工科大学からなる連合)を中心に以下の8校に出願しました。BioInformatikやWirtschaftsinformatikなどの関連分野、およびNebenfach(副専攻)のあるコースは対象外とし、以下に記載の大学へは純粋なInformatik(B.Sc.)コースのみに出願しました。
〜補足〜
今回出願したのは上記8校のInformatikコースのみですが、Data ScienceやStatistikのコースにも出願しようか少し迷っていた時期もあり、インターネットでデータサイエンス方面の仕事についても調べていました※2。最終的にはやはりInformatikに決めましたが、ドイツの大学には学部からでもこれらを選考できるコースがたくさんあるので興味のある方はぜひ調べてみるといいと思います。
※2 インターネットで「データサイエンティスト」などと検索すると、ほとんどの検索結果は関連サービスを提供している会社のホームページであることが多く、データサイエンティストとしての仕事や業界の実態に関する情報を見つけるのは非常に難しいです。そんな中、見つけたのがこの分野で統計学を使って第一線で活躍されている尾崎 隆さんという方のブログで、業界に対するこの方なりの見解も含めた様々な内容についての記事が書かれています。その他には海外の方の記事やブログ、YouTubeなども参考になります。日本語で検索するとほとんど表面的な内容の記事しか見つからないのですが、英語で検索すると、実際に普段1日の業務で行なっていることや他のポジション(アプリエンジニア、マネージャ、データエンジニア)との役割分担、データサイエンティスト職を辞めた理由などの内容について話しているコンテンツがポツポツ見つかるので実態についてよく知りたい方にはおすすめです。
今回の記事ではInformatikコースの選び方について記載しましたが、時間があれば次回の記事では、実際に出願したそれぞれの大学の以下の点についてまとめてみようと思います。
・提出書類
・選考プロセス
・合否結果(不合格となったコースでの私の順位)
・試験内容
・大学が提供する入学前プレコース
以上、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
少しでも皆さんの大学選びのお役に立てたら幸いです。
それではたま!