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ミュンヘン工科大学のCS学部で2セメスター目を終えて(勉強編)

こんにちは。
前回はミュンヘン工科大学の概要や大学生活のスタート部分など勉強以外の観点からまとめてみましたが、今回はいよいよ大学生活の中でも最も重要な学問の部分について書いてみようと思います。

さて、突然ですがみなさんはドイツで学部を無事に卒業できる学生の割合をご存知でしょうか。Deutschen Zentrums für Hochschul- und Wissenschaftsforschung(DZHW)という政府研究機関が発表しているデータによると大学に入学した学生全体のうち約28%が卒業できずに途中でドロップアウトするそうで、さらに数学、コンピュータサイエンス、物理、化学、電気工学などの自然科学分野ではその割合は40%を超えるという結果が出ています。私は現在2セメスター目を終了したばかりですが、科目の内容や試験の合格率から見ても感覚としては大体合っていると思います。また、これらの退学者の多くは最初の1,2セメスター目で大学を去る傾向があるということも一般的に知られています。前回の記事でも少し触れましたが、ミュンヘン工科大学の場合も学業成績が悪いと最短で入学後半年で強制退学が確定します。

ドイツ人のそれなりに出来る層でもきちんと勉強しないとドロップアウトしてしまう世界なので、ドイツ語非ネイティブの外国人はより一層苦労します。この記事では、TUMのCS学部のカリキュラムの構成や普段の授業の様子、試験の難易度などについて詳細に記載してみよう思います。

(注意事項)
TUMでは2024/2025 Wintersemesterから非EU出身の学生に対して授業料の徴収を始めます。学部課程であれば、およそ年間4000〜6000ユーロ、修士課程であれば年間8000〜12000ユーロとのことです。詳細な金額は学部によって異なるようですが、今時点(2023年10月11日)ではまだ明かされていません。正直、日本の国立大学より高く、これに加えてミュンヘンでの生活コストを考えると日本で私立大学に行くよりも高くつく場合もあると思います。現時点ではTUMのみがこのような措置を導入しているので、コスト面からドイツ留学を考えているのであれば他の大学も探してみることをお勧めします。



卒業までに取得すべき単位

ヨーロッパの大学ではECTS(European Credit Transfer and Accumulation System)という単位制度が共通して使われており、大学間で単位の換算方法や評価を統一することで学習過程の透明性を担保しています。そのおかげもあり、ドイツでは日本よりも簡単に他の大学へ編入することができます。費やされるであろう平均的な予習や復習、課題に取り組む時間を元に各科目ごとのECTSが決められており、30時間 = 1 ECTS Creditに換算されます。例えば、8Creditsの科目があれば、おおよそ240時間分の勉強が見込まれているということになります。もちろんTUMで取得できる単位の基準もECTSで、CS学部の場合は卒業までに合計180ECTSを取得する必要があります。

CS学部が推奨している単位取得プランは以下の通りです。

出典:https://www.cit.tum.de/cit/startseite/

上表に記載されているのは全て必修科目で、このほかに、Überfachliche Grundlagen(学際的基礎科目)群の中から6ECTS、Anwendungsfach(応用科目)群の中から21ECTS分のモジュールを選んで単位取得すると合計180ECTSとなり、晴れて学位が授与されます。Überfachliche GrundlagenはIT関連の法律、ITビジネス、起業、データ保護、異文化理解、経済学基礎に関するモジュールが選択肢としてあり、これらの単位を1〜4セメスターの間で取得することが推奨されています。内容的には、将来社会に出て企業で働いたり、あるいは起業したりする時に役立つような科目が集められています。Anwendungsfachは経済、電気工学、機械工学、数学、医学の5つのカテゴリーから自分の好きなものを選んで3〜6セメスターまでの間に単位を取得することが推奨されています。また、日本の大学では学年という単位で進級していき、その学年での必修単位を落とすと留年してしまうこともありますが、ドイツでは基本的にそのような学年の区切りや進級の基準はありません。こちらでは「今自分は何セメスター目か」という基準があるだけで、このセメスターにこの科目の単位を必ず取得しなくてはいけないという縛りはないので留年という概念もありません。学部規程さえ守っていれば、サクッと指定の180ECTSを取得して高速で卒業することもできますし、ゆっくり自分のペースで卒業することもできます。ただし、3年未満での卒業を目指すのはドラゴンボールで例えるとクリリンがフリーザに挑むくらい無謀なことです。爆死します。

180ECTSのうち大多数を占める必修科目はドイツ語のみ、もしくはドイツ語+英語で行われますが、選択科目は約半数が英語、もしくは英語+ドイツ語です。ドイツの大学では、学部要項に「教授言語は英語」と規定されていてかつ入学に際してドイツ語能力証明が課されていない場合には、講義がドイツ語で行われることはほぼ無いと思いますが、その逆は全然あります。以前の記事にも少し書きましたが、つまり教授言語がドイツ語となっていて、かつ英語能力証明が入学要件になっていない場合でも、必修、選択問わず講義が英語で行われることは普通にあります。この点については日本の大学とは大きく違います。

このように180ECTSの内訳を見てみると一般教養系の科目はほとんど無く、選択できる人文系科目もごく僅かなので、3年間を通してひたすら専門的なことを学ぶカリキュラムになっていることがわかると思います。なので、ドイツの大学で学部を決める際は今一度、本当にその学問を学びたいのか考えてみることをお勧めします。勉強自体も日本の大学より大変なので、専攻が自分に合っていないと3年間ただただ辛い思いをするだけで、留学が悲しい思い出となってしまいます。


退学の基準

基本的には全ての単位を3年間で取得することが標準とされていますが、実際に3年きっかりで卒業できる学生の割合は少ないです。例えば2019/2020年のTUMのCS学部の卒業生数は全部で292人となっていますが、標準期間である3年で卒業した人はそのうち55人のみです。ではこれらの標準的なカリキュラム構成通りに単位を取得できなかったらどうなってしまうのでしょうか。そのような場合の扱いを規定しているのが、前回の記事で述べたAPSOとFSPOです。そこには色々と細かい規則が書かれているのですが、特に注意しなくてはならないのが以下の2つです。これはTUMだけでなく他の大学でも同じですが、一度どこかの大学の学部を退学になると、ドイツの全土の大学で永久にその学部から追放されるので、学部を変えて再びどこかの大学に再入学するしかなくなってしまうので注意が必要です。

・1セメスターの必須科目合格
入学後最初のセメスターでは通常4つの必須科目を登録します。実際は登録を3科目に絞ったり逆にÜberfachliche Grundlagenや次のセメスターの科目のうちどれかを先取りして追加することもできますが、Studienberatung(大学の学生課のような部署)は規定の4科目のみを登録することを強く勧めています。その理由は学部規定により、最初のセメスターでこの4つの科目のうち最低2つ以上の試験に合格しないとその時点で退学させられてしまうからです。なので新入生にとって最初の1セメスターは3年間のうち最も重要であるといっても過言ではありません。

・各セメスター終了時の最低取得単位数
上記の条件に加えて、各セメスターの終了時に最低限取得しておかなければならない単位数も定められており、それを下回るとその時点で退学になります。取得済み単位数のチェックは第3セメスターの終了時から始まり、その時点で最低30単位を取得していないといけません。以降のセメスター終了時の最低取得単位数は30ずつ増えていき、第8セメスター終了時に卒業に必要な合計180単位を取得していないと退学になります。


科目の構成

前述の表にある「IN0001」や「MA0019」などがそれぞれ1つのモジュールに該当し、それぞれのモジュールは主に3つの形式の授業の組み合わせによって構成されています。

Vorlesung(講義形式 )
大規模な講義室やホールで教授がパワーポイントの資料を元に講義を行う形式で、この点に関しては日本の大学の講義とあまり変わらないのですが、受講者数はかなり多いです。TUMに設置されているそれぞれの学部は、Schoolというもう少し大きいカテゴリーに属しており、Informatik(コンピュータサイエンス)は「TUM School of Computation, Information and Technology」というスクールの配下にあります。Informatik以外にも、Bioinformatik(バイオインフォマティクス)、Games Engineering(ゲームエンジニアリング)、Wirtschaftsinformatik(ビジネスインフォマティクス)の3つの学部がこのスクールの配下にあります。これら4つの学部生が最初に習う大学数学やコンピュータサイエンスの基礎は重複することがあるので、モジュールの受講者も1000人を超えることも普通です。その為、特に最初のセメスターの講義は、ある大講堂で教授が講義している様子をさらに別の大講堂にビデオ中継するといった形で行われます。また、私が入学したWintersemester 2022/23時点では、すでにコロナに関する各種規制が全て解除されて完全に通常の大学運営に戻っていたのですが、コロナ対応とは関係なく講義の内容をアーカイブで視聴できるようになっています。なので対面授業でうまく聞き取れなかった箇所や、難しくてわからなかった箇所などは後日何度でも繰り返し確認することができます。これは私のようなドイツ語に慣れていない留学生にとっては大変ありがたい仕組みです。また、ドイツでは授業が終わると拍手をする代わりに学生が机をコンコン叩く文化があるのですが、もちろん最初はそんなことは知らず、数百人の学生が一斉に机を叩き始めるので何事かと思いました。

また、私が日本で大学生だった頃の講義は、教授が壇上で1時間半ずっと話し、学生はひたすらそれを聞いているという形式が殆どでしたが、ドイツの大学の場合は教授が学生に何かを問いかけたり、学生が質問したりするのが1000人規模の講義でも頻繁に起こります。北米やイギリスの大学に比べたらコミュニケーションの頻度は低いかもしれませんが、それでも日本の大学よりはインタラクティブだと思います。質問のある生徒は教授に指されるまでひたすら挙手をし続ける(長いと1分くらい)スタイルがこちらでは一般的で、どの講義でも90分の間に大体5〜10回は質問が挙がります。ちなにみ日本式の挙手をすると例の敬礼になってしまうので必ず人差し指を立てるか手の甲を裏っ返します。

出典:https://eu.usatoday.com/

意欲的な学生も日本より比較的多いように思います。私を含め、日本の大学では講義中に机に伏せて寝ている学生がちらほらいるのは普通でしたが、こちらではそのような学生はほとんど見たことがありません。また、講義後には何人もの学生が質問をするために教授のところに列を作ります。このような熱心な学生が多い理由は大きく二つあると思います。一つは、単位取得の難しさです。よく言われる通り、日本の大学は入学するのが難しくて卒業するのが比較的簡単なのに対して、ドイツの大学は入学するのは比較的簡単ですが、卒業するのが難しいです。そのため試験に合格するためには熱心に勉強せざるを得ません。もう一つは、成績に対する考え方の違いです。日本の大学でも良い成績を取ろうと頑張っている方もいると思いますが、大半の大学生はGPAをそこまで追及せず、企業側も新卒採用時にはGPAよりも大学名をよく重視しますが、ドイツでは英語圏の大学と同じように就職時には、専攻とその成績が重要になってきます。その為、少しでも良い成績を取ろうとする学生は多いように感じます。

ZentralÜbung(集中演習)
Vorlesungでは主にその分野の根幹となる理論や概念について学びますが、ZentralÜbungではVorlesungで習ったことのおさらいに加えてより具体的な事象を扱い、演習という形で実際に手を動かして何か問題を解いたり、プログラムを書いたりします。Vorlesungは教授が行うのに対して、ZentralÜbungは比較的若い助教やDr.が行うことが多いです。クラスのサイズはVorlesungと同程度くらいで、この演習の主体は半分が講師で半分は学生という感じです。ZentralÜbungの内容もVorlesungと同じく、アーカイブされた動画を何度でも視聴できます。

TutorÜbung(チューター演習)
この演習の主体は100パーセント学生で、90分を通してVorlesungで習った内容に関する問題をひたすら解いていくハンズオンのスタイルです。VorlesungとZentralÜbungが数百人規模の授業なのに対して、TutorÜbungは最大20〜30人程度の比較的小規模なグループに別れて行われます。チューターはMasterの学生、もしくは過去にその科目を好成績で合格した上位セメスターの学部生が担当するので、これまでと違い一気に学生とチューターの距離が近くなり、質問や意見もよく飛び交います。大体は事前に問題が配られるので、各々で解いた後にチューターがモデレーターとなって、みんなで答え合わせをする流れです。TutorÜbungは小規模なセッションなので録画はされません。


試験、成績

一部の例外を除いてTUMの科目の成績は全て最終試験のみで決まります。日本の大学であれば、日々の提出課題の出来や場合によっては出席点が最終成績の一部となることがよくあると思いますが、TUMの場合、毎日授業に出ていようが日々の課題を全て提出していようが、最終試験で合格ラインを超えることができなければ落第です。逆にいうと、現実的ではありませんがたとえ学期中一度も授業に出ていなくても最終試験さえクリアしてしまえば単位がもらえます。ドイツの大学の成績は1.0から5.0まで幅があり、日本や北米と違い1.0が最高で5.0が最低です。間には全部で13段階(1.0、1.3、1.7、2.0、2.3、2.7、3.0、3.3、3.7、4.0、4.3、4.7、5.0)あり、4.0までが合格で、4.0より大きい場合は不合格となります。

成績は試験一発ですが、科目によっては毎週ある任意提出の課題の出来によって最大0.3ポイントまで加点されることがあります。ただし、点数が追加されるのはあくまでも最終試験単体で合格ラインを超えている場合のみなので、例えば試験の成績が4.3ポイントで課題の追加点数が0.3ポイントの学生は、合計して4.0ポイントで合格とはならず、試験単体で不合格なので、不合格となります。合否を決めるのはあくまでも最終試験の成績単体です。
また日本の大学と違うところは、授業の登録と試験の登録がそれぞれ切り離されている点です。日本では科目登録をしたら、講義の受講から期末試験まで一気に進むのが普通ですが、ドイツの場合は学期初めに科目を登録したとしても、試験を受けるためには学期末に別途、試験登録をする必要があります。なので、科目を履修してみたものの内容が難しくてついていけなかった場合には試験を受けないということもできますし、その場合は翌年にその科目の試験だけを受けることもできます。これは授業と試験の登録が分かれていることの利点だと思います。

試験はVorlesungszeit(授業期間)の後のVorlesungsfreie Zeit(授業無し期間、いわゆる夏・春休み)に行われるEndtermKlausur(期末試験)と次のセメスターの最初に行われるWiederholungsklausur(再試験)があります。[単位]の章で書いた通り、1セメスター目では最低4モジュール中2つに合格しなくてはならないのですが、EndtermKlausurに不合格、もしくは試験登録しなかった場合でも、最遅でWiederholungsklausurに合格すれば問題ありません。EndtermKlausurに合格した場合はその時点で成績が確定してしまうので、例え思うような良い点数が取れなかったとしても再度Wiederholungsklausurを受けて成績を上書きすることはできません。また、一般的にはWiederholungsklausurはEndtermklausurの数週後に行われることが多く、その間に学生はより多くの時間をテスト勉強に割くことができるのでEndtermklausurよりも難しく設定されている場合が多いです。

TUMの試験の形式は基本的には日本と大きくは変わりません。試験時間は大体90-120分で、チートシートの持ち込み可否は科目や年度によってバラツキがあります。また、ドイツ語が第一言語ではない学生は全ての試験でドイツ語↔︎母国語の辞書の持ち込みが許可されており、大体どの科目もドイツ語と英語両方での回答が許可されていました。

また、一般的にTUMの試験は時間との勝負と言われているのも特徴で、高得点を取るためには120分の中でいかに早く問題を解くことができるかが鍵になります。そのため、普段のTütorÜbungやVorlesungでは難しい内容も扱いますが、試験では深く考えて答えを出すという問題は少なかったように感じます。どちらかというと基礎をしっかりと身につけて時間内ですばやく情報処理をすることが大切です。1セメスター目のEndtermklausurの受験者の不合格率は30〜47%でしたが、高学期で受講が推奨されている科目では、合格率50%などは割と普通で、ひどいと20%にもなる場合があります。

以上、ミュンヘン工科大学での学生生活について勉強部分に焦点を当ててまとめてみました。本当は「ドイツの学部正規留学を薦めるか」というテーマもこの記事で少し書いていたのですが、ちょっと趣旨がずれてしまったので次の記事としてアップロードしようと思います。

それではまた!


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