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バイトで学んだこと

はじめ

僕はマクドナルドのバイトを2年間経験した大学生です。

僕にとってバイト経験は、とても密度の濃いものでした。そこで、僕がマクドナルドのバイトを通して得られたものについて、ここに書いてみようと思いました。

バイトをしようか迷っている方や、そもそもバイトをする必要性を感じていない人にも、バイトの良さを伝えられたら嬉しいです。

本文

初期の頃の自分は、金のためにとりあえずやってみるか、というスタンスでした。けれど、回数を重ねていくうちに、「これはバイト以外にも生かせるぞ!」という思考回路ができたと思っています。

それは、何かというと、、。
「今に集中する技術」です。

言葉にすると陳腐に見えてきました、、。

けれど、それが具体的にどういうことなのか
説明できる人とできない人の間には
確実に”差”があると思います。
僕がそうだったからです。
これを言葉にできなかった頃の自分と比べて、
仕事の質が確実に上がったと思います。

以下で詳しく言葉にしたいと思います。

一つのバイトの中にも、お客さんを対応すること、商品を準備することなど、やることはたくさんあります。そして、その沢山のやることが組み合わさって、お客さんに商品が渡ります。

バイト初心者の頃は、とにかく仕事を覚えることで精一杯で、与えられた細切れの仕事を処理することに集中せざるを得ませんでした。
この段階では「頭の中の言葉」を使って自分に指示を出しながら、
仕事を進めることになります。
ここで心が折れてしまう人も多いでしょう。
この段階がいかに辛いかということも、わかります。
厳しい言葉を向けられることも多いです。

その批判を自分という存在に向けられたものではなく、
あくまで自分の仕事への批判なんだということを言い聞かせて、
とにかく仕事を覚えることを最優先にしなければ、
この段階から脱することはできません。

これを繰り返していくうちに、
自分の中で新しい感覚が得られました。
何かを自分に言い聞かせなくても仕事ができるようになっていきます。

要は「慣れ」です。呼吸をするように一つ一つの細切れの仕事ができるようになりました。僕はここに来るまで一年くらいかかりました。

この段階に来ると、それぞれの細切れの仕事の特徴を捉えて、その瞬間に必要な所に力を入れられるようになってきます。この辺りから、目線を自分の仕事だけでなく、お客さんの動き、そして他の人の仕事に向けられるようになります。

その場の流れ(例えば、何かを右から左に流す作業であれば、流そうとしているものが完成に向けてどこまで進んでいるか)に誰よりも注目して、その流れを目を凝らして見ていると、その瞬間その場にいる人の中で一番鋭い目線をその場に向けることができるようになってきます。

序盤ほど作業を体に染み込ませるための抵抗に耐える必要がありますが、慣れてくるとその場において、必要なところが見えているのが自分だけ、という状況が生み出せるようになってきます。

その場で一番早く「ツッコめるようになる」ということです。

これは、どこにその場の流れの歩留まりがあるかに気づけるようになっていることに他なりません。

僕が僕の立場から疑問に思うことは、他の人が疑問に思うことと一致しません。僕と他の人は違うからです。

だから、僕が疑問を投げた瞬間、みんなが言語化していなかった場所に僕が一番早くたどり着きます。

仕事を続けていると、自分の投げた疑問が他の人に受け入れられやすい疑問になります。なぜなら、仕事をきちんとこなしていくことで、僕の信頼が貯まっているからです。

きちんと仕事をこなしている僕のポジションから生まれる適切な疑問だと思われるようになると、僕の疑問に対して、人が欲しい答えを教えてくれるようになります。

でも、これは実は初期であっても同じなんです。
「他人が欲しい情報をくれるわけではない」
という一点を除き、という話ですが。

初期の自分の疑問は、大抵の場合、その場に慣れている人にとって些細なことになります。「そんなことも知らないの?!」と言われて、傷付きます。

僕が何かを失敗したとき、それを批判してきた人がいたとします。
でも、その批判してきた人は、僕がなぜ失敗したのか、というところにまで思考が及んでいないことが多く、単純に僕がやった仕事に対して不快感を表現しているに過ぎません。

その反応をよく観察しながら、足りていない僕の要素が何なのかを突き止め、それを誰よりも正確に、自分に合った形で改善する方法を知っているのは僕です。

つまり、最初の苦しい段階から、欲しい情報は手に入っているのです。

みんなにとっては当たり前、でも僕にとっては当たり前ではなかった、という経験は誰にでもあります。これを忘れてはいけません。

その発見は僕にとって新しい一歩なのであり、
「そんなの当たり前」という一般的に言われるような他人の言葉と、
僕自身が思っている「そうだったんだ」という本音を
混同してはならないということです。

そう僕が「思っている」時点で、新しい発見を喜ぶ僕を許していいんです。それをどんなに他人にバカにされても、喜んでいる自分を否定する人の言葉に耳を傾けることは僕にとって不正解です。

初期の段階では、
分かりやすく他人が欲しい情報をくれることはありません。
自分の解釈によって必要な情報を認識しようとしなければ、
欲しい情報にはたどり着きません。

ここまで来て、初期の自分を批判してくるドリームキラーの言葉には、耳を傾ける必要がないのだということを、断言できるようになりました。

――話を戻します

僕の疑問に対して、人が答えを教えてくれるようになった状態。
これを超えると、常に欲しい情報が”人から”もらえるようになります。
それに適切に応えることで
人から感謝されるようになっていきます。
一番最初にその場の違和感に気づけるようになります。
頼りにされる感覚が得られるようになっていきます。
こうなってくると、仕事が楽しい状態になります。

まとめ

多くの人は、起こっている現象を起こった後に、多くの場合、形容詞を使って一言で表現することしかできません。

ただし、その一言に込められた意味は、その場の仕事の流れに対して僕自身がどの程度逆らってしまっているのかを知るためのヒントになります。

①そんなことも知らないの? →めっちゃ抵抗あり
②あざーす →抵抗は少ない
③お、いいね →抵抗は限りなく少ない
④本当にありがとう →めちゃくちゃ合ってる

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
⑤なんでそんなことにまで気付けるの?
→ここからは僕が正解を作れる世界になります。

人はその流れに逆らうことができません。単体の僕という存在に従ってるわけじゃないからです。僕はあくまで仕事の流れの代弁者だからです。

僕がここがおかしいと思ったことは殆どの場合でおかしい、という納得感を生めるようになります。

そして、それを生むために「言語化されていない部分」への鋭い目線を向け続けることができるようになっていく、ということになります。

これが僕が冒頭で説明した「今に集中する技術」です。
これは仕事以外のあらゆる分野で応用可能な技術だと思ったので、ここに記録しておこうと思いました。

誰かの役に立てたら嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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