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問うことの少なさ、意見を言うことの多さ

こんばんは。
ゆきむです。

今日で言語化強化月間8日目
まだまだ素直な言葉で出せないなぁ
みられること意識しちゃう
(意識すべきなのかもだが、、、)
もうちょっとありのままな文章書けるようになりたい。


ということで、今日は「問うこと」について


この前の週末、英語のグループクラスのトピックが
「教育」についてだった。
その時に「教育」という言葉からでてくる質問や疑問を考えてみよう!
というアクティビティをしたのです。

考える質問はなんでもいい、、、
今の学校教育についてどう思う?とかいう堅い内容でも
給食ってなにが美味しかった?とかでも良い。

とにかくたくさん質問を生徒さんにだしてもらいたかった。

でも、、、、

思ってた以上にたくさんの質問がでなかった。。。

「私の聞き方やアプローチが悪かったのかな?」と
あとでじっくり考えてみたの。
確かにもう少し段階を踏んだり、わかりやすい例をだしてあげたら良かったなとかなり反省をした。
まだまだだな自分、、、と、、、

さらにそのあと、
この「トピックに対する問いを思いつかない」という人の思考の背景にはなにがあるんだろう?ともかんがえた。

ちなみに、同じことを子どもたち(小学生)にやると
質や文章の脈略は置いといて、
大人よりも問いの数は多い

なんでなのだろう?

自分なりに考えてみた

① 恥ずかしさと強がり

- 「こんなこと聞いたら惹かれるのでは?」
- 「こんな質問、答え知らないの私だけだよなぁ?」
- 「こんなことも知らないなんて知られたくないよ」

とかとか、、、
大人になればなるほど↑みたいな傾向が強くなっているきがする。
私もその一人だ。
恥ずかしさと強がりとつねに戦ってよく負ける
そして口をつぐむ、、、

こういうことを繰り返しているうちに
問うこと自体を忘れていってしまう時が多い


② 問うことよりも意見を言うことの圧倒的多さ

面接、授業、会議、プレゼンテーションなどなど
私たちは問われることにたくさん頭は使うんだけど
問うことにはさほど重きをおいていない気がする

聞かれたことにしっかり答えよう
自分の意見を持とう

大切だよね。

でも、問うことも同じくらいに大切だと最近感じる。
充実した会話を生みだすのは良い問いかけから
会議が良い方向に盛り上がるのも、良質な問いが発言されてから
だったりする。

問いはコミュニケーションの潤滑油

私の車の潤滑油は壊れてすぐなくなります
(なんの話?!)


問う機会を作ることの重要性に気づかされた瞬間でした


私も問い力高めたいな


ではでは。

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