河原 真宙
昨日より曖昧な言葉に縋れば 今日はいつもより鳥が騒がしい。 群衆を分ける合図に頷けば ありふれた日常が可愛く微笑んでいる。 指先で辿る嘘の言葉が真実に変わる様を 初めから終わりまで曝け出せれば素敵。 あなたより大事な私を自分で傷付けられるのならもっと楽しい。 世界はとても脆くて目を閉じるだけで終わる。 反戦運動の文字が勇ましく揺れている。 目を開けて写る私を見つめる電車の中。 それでも私を信じて見つめるあなたは 誰。
祭りの終わりに出会う二人。 誰でも良かったわけではないけど、 あなたでなくても良かった。 他人のまま夜は始まり、 月が満ちるまであなたを観ていた。 夜に風が吹いたのは気のせい。 祭りの終わりに出会った。 嘘付きな私はよく笑い、 誰も信じないあなたに丁度良い。 名前を知らないまま、 余の口に月が欠けるまで待つのは誰。 夜は月の影だと識る。
海に向かう最終列車に わざと乗り遅れたあなたは誰。 海を目指していたわけではない、 ここが旅の果てにしよう。 いつまでも取り残されて 空っぽの線路を見ている。 諦めたわけではない、 壊れた時間のせいにしよう。 真夜中の踏切が鳴る。 飛び込めと誰かが笑う。 いつまでも取り残されて 私は私を見ている。 諦めたわけではない。 そうだ、暑さのせいにしよう。
8月の空が遠く落ちて行く。 閃光が音を置き去りにした。 逃げ場所がない蝉が地面で焦げている。 先走りの雨に打たれた鳥の群れが 道路の真ん中で震えていた。 海に雨が降る事を知らなかった。 あからさまに打ち上げる花火が、 真昼の夜と重なっていた。 眩んだのは雷でも花火でもなく 誰のせいにも出来ない台無しの暗雨。 希望に夢を見る程 何も知らないわけではない。 絶望を与えて生き抜いて来たからには 素通りしなくてはならない。 真昼の夜と重ねたのは 暗雨に溶けた月の果て。
泣くだけでは足りない悲しみは 叩きつける拳で誤魔化せた。 痛みを見つけて溢れた涙は 真夏の汗にまみれてようやく留まる。 重く熱い風が吹く。 生き抜く為に溜息を吐き、 泣き叫んで息を吸う。 握る拳が爪を破る。 滲む血を見つけて、 さらに滴るのは血ではなく涙。 赤ん坊が泣かない夏。 老人が力尽きる夏。 息を殺して涙だけを数え、 満月を待つ私だけが超える水平線。
なんでかかなしい。 でも生きたい。
何かある様な東京の夜。 何もない事はすぐに分かった。 期待していた楽しい事は 私には無縁だった。 風が香るわけではない。 季節が分かるはずもない。 匂いも風景も 時間が散らばって落ちているだけだから。 目眩の中で覚める夜。 暖かい冬に桜に登る猿が蝉に怯えていた。 初めて訪れた東京の22時。 手招きする私の手を握る私。 初めて食べる夜中の朝食。 デカくて固いパンをコーヒーで飲み込んだ。 美味しいと笑う、 私を見て喜ぶ。 これが東京だ。 ひたちなかの海を見ながら、 いつか話
貴方から嘘を失くしたら 何も残らない。 私から笑顔を失くしたら 何も残らない。 貴方が私を知らなくても 何も変わらない。 私から貴方を失っても 何も変わらない。 嘘が無ければ ここに私は存在しない。 あの時、笑顔で応じなければ 貴方は側にいなかった。 本当は嘘をついていなかった。 私はそれを知っていた。 本当は涙を隠して笑ったふり 本当は泣いていた。 嘘をついたのは 私。
いつかの いつもの海岸線。 いつでも佇み打ち寄せて消える。 星屑になった砂の底。 逃げる為に手を離して 独よがり夜の海の前で迷う。 誰かが 本当は誰もが覚悟がある いつでも準備してその日を待つ。 私は誰より先に砂を掘ろう。 埋もれた明日を見つけるから 素通りして本当の海を見つめて欲しい。 私は誰より先に立ち上がっている。 手を離して両手を突いたから 私はこうして生きている。 私が誰もの罪を背負うから 知らないふりして急いで欲しい。 明日は晴れるから。 きっとお腹が
何処かで何かが燃えている。 煙に纏われ苦しくて。 匂いだけが漂って、 逃げているのか、進むのか。 この場で蹲るのが最善か。 何処かでいつかを思い出す。 それは九歳までの冬の日で。 眠るまで一緒に居たはずの、 週に一度だけ遊んだ記憶の片隅。 繋ぎ合わせていつからか、 線でなぞった輪郭と、涙の跡。 微熱の中で泣いていた。 煙ではなく、それは線香の匂い。 私から燃え燻る諦めた匂い。
雨の止まない春の始まり。 25時の終電を逃した他人が笑う。 昨日までの冷たい雨を思い出して、 駅の外れベンチに横たわる。 寂しさに満ちた身体。 他人の二人は春の雨を勘違いしている。 悲しいまま抱かれた身体。 終わらない昨日を引き摺る。 私を見ながら、遠くを思う。 きっと貴方は寂しい。 私を見ながら、誰かを思う。 きっと貴方は優しい。 雨の止まない春の始まり。 行くあてもない知らない街が手招く。 昨日のまでの温もりを掻き消して、 街の入り口で立ち止まる。
思い出を生きる貴方には 聞こえない歌。 夜に叫ぶ月にさえ気が付かない。 ネオン街に置いて来た、 子供たちが手を招く道。 月が堕ちる道と同じ。 砂を掴み海に投げては 音を切り取る風。 最終の電車を見送って 線路の向こう手を招く道。 月が満ちるまで笑っていた。 幸せを貴方に報せよう、 他人のままで。 そして眠ろう。 明かりは一つだけ点けよう、 誰が来ても気が付く様に。 鏡の中では泣ける様に。 思い出を生きる貴方では 聞こえない歌。 川の流れからも逸れた事を知らない。 空き
雨に濡れた東京。 誰かの鼻唄が聞こえる。 夜に華やぐ東京。 生きろ生きろと叫んでる。 酔い醒めの太陽。 誰かが死んでも知らないふり。 生まれたばかりの東京。 誰も産声は聞こえない。 国道を跨いだ歩道橋。 故郷に続くこの道を 声に出さずに恨んでる。 生まれ落ちたはずの故郷。 あの日のまま時間は待っていた。 夜に期待した様に 何かがあると信じた東京。 何もないと分かったいつかの今日。
すがりつく足元。 後追いして抱きついた。 まともに立てないくせに 歩いて走ろとした。 もっとすがりつけば良かった。 ずっと離さなければ良かった。 なんで泣かなかったのだろう。 どこにも行きたくなかった。 ただ何もしたくなかった。 生きたくないのなら 立ち上がれなくても砂を咬み、 崖の上から町を見下ろして、 呪うまでの愛に怖気付き 叫びながら自分に讃歌を。
行き先のない夜の道。 時間と沈黙が車内に満ちる。 遠くにネオンが見えた。 いつまでも遠くに見えている。 煙草ばかり吸っているね。 時間と沈黙かま車内を燻る。 言い訳がないのなら 言い訳すらないのなら このまま進みましょう。 思ってたより行き先はなく、 行きたいだけの失望に近い。 私にも一本下さい。 深く吸い込んだのは溜め息ではない。 命が漏れていっただけ。
別れもないまま 会えなくなりました。 列車が通った後の風に溺れた日たちを まだ覚えています。 明日になれば、と呟くだけで 何なかった事になる様に。 夜に迷った野良猫に 夜に捨てられた子供の眼を見た。 夜に震える野良犬に 夜に泣く子供の眼を見た。 なぞる指先にある鉄条網。 鉄条網が仕切る記憶。 私は覚えている。 あなたが弱っていく様を。 私は覚えている。 泣きながら食べていた食卓を。 寝たふりして過ごした暗闇に あなたは何を見ていたの。