「パラソル&アンブレラ」⑤
第五話「青春の輝き」
そんなわけで、一家の大黒柱古透子は、せっせとバイト生活に精を出していた。バイトが終わった帰り道、どれどれとイヤホンをバッグの中から探し出し、古透子はサブスクで井上陽水の「海へ来なさい」を聴き始めるのが習慣になっていた。日差しはごく強く、古透子はバイト代で買ったちょっとしたフリルが可愛い日傘をさして、それを日にかざしてくるくると回して踊らせた。陽水の「♫幸せに〜、なりなさい〜」という歌詞をつぶやきながら。そうして、幸せを感じ入るのが古透子の流儀であった。
この時点で、懸命なる読者の方ならお気づきかもしれないが、友人(ゆひと)の想いは決して片想いではなかったのであった。だがしかしながら、また懸命なる読者の方でもお気づきにならぬ程、古透子は鈍感でもあるのであった。まだまだ友人(ゆひと)の想いは報われずに進むのである。おお!!
ただいま~とアパートへ古透子が帰ると、八未がひょこっと自部屋のドアの間から、顔を出して、
「なんか良いことあった?また、オジョウちゃん?」
とケラケラ笑って尋ねた。オジョウちゃん、とは決して古透子のことではなく、ジョセフこと友人(ゆひと)の、八未が名付けたあだ名である。通常、ジョセフのあだ名がジョーなので、それでであった。
「バカにしてるでしょう?友人(ゆひと)は、ああ見えてやっちゃんのことも、心配してるわよ?」
「へええ。やるじゃん、ヒゲ面!」
と、びっくりした体を装って、八未はまた支度をし始めた。
「今度はどこへ行くつもりなの?」
古透子が聞くと、
「街コーン!」
と、八未が事もなげに返してきた。
「、、、すごいねえ」
と、懲りない偉大な妹を、ただ下から見やる姉なのであった。
その日も、バイト後に待ち合わせて合流した友人(ゆひと)と、夏休みはどこに行こうか話していた古透子は、そういえばと、
「この間、母の妹のおばから電話があってね、一度直接私と会って話したいんだって。一体なんだろう?」
と首を傾げた。それを聞いた友人(ゆひと)は、
「ワオ!それはおばさん、君に見合いの話のひとつでも持って来るつもりなんじゃないのかい?困ったな。。。」
ボリボリと、半分透けた美しいブラウンヘアーをかき乱してみせた。
「そんなわけないわよ!」
一笑に切り捨てた古透子は、少し困ったように体をよじらせた。
「君はわかってないのさ。どんなに、その、君が。。。」
いつになく真剣な友人(ゆひと)は、その茶色の瞳がぼうっと燃えていた。もう、言ってしまっても良いのではないか?それは、何度も何度も彼が思い描いていた事柄だった。
「僕は、僕は、君とお付き合いがしたいと思ってる。どうかな、、、?」
だが、今度はサーッと古透子が顔色を変える番だった。
「私、私、そういうのはまだまだしたくないわ。」
顔を背けて言う古透子に、それ以上かける言葉を友人(ゆひと)は持ち合わせていなかった。
何故いつも、うら若き女性はこうなのか。それは誰にもわからぬ事柄だった。
次の約束もせずに、別れた二人は、お互いを想い合っていた。古透子は、ボーッとしてアパートの鍵を間違え、自転車の鍵を鍵穴に突っ込んでいた。友人(ゆひと)の方は、いかついバイクに乗らずに、隣に停めてあったママチャリに乗ろうとしてしまい、持ち主の若い奥さんにジロリとにらまれる始末だった。
嗚呼、若さゆえ、若さゆえの過ちとは言え、何故こうも人は間違いを犯し続けるのか?その代償を払うときは、必ずやって来るというのに。