ノルウェー映画『ヒトラーに屈しなかった国王』のセリフから、祖国の意味を考える
//おおむね史実に基づいた映画ではありますが、
結末まで#ネタバレ しています//
Alt for Norgeとは、ノルウェー王が代々使用するモットー(スローガンのようなもの)である。
Google翻訳先生によると
「全てはノルウェーのために」
という意味になるそうだ。
ノルウェー映画『ヒトラーに屈しなかった国王』にも、このセリフが登場する。
史実に基づいた本作品の舞台は、第二次世界大戦下のノルウェー。
ノルウェーは当初中立の立場を表明していたが、ヒトラー率いるナチスドイツから
「イギリスがノルウェーを狙ってるぞ!守ってやるから、オレたちの味方になれよ、な!な!」
と迫られる。
(なおイギリス云々は建前で、本心はスウェーデンからの鉄鉱石輸入経路の確保だったと考えられている↓)
ヒトラーが交渉相手として指名したのは、首相ではなく国王。
この国王こそが、映画『ヒトラーに屈しなかった国王』の主人公ホーコン7世で、”Alt for Norge” という言葉を初めて使った人物でもある。
◇
元々、ホーコン7世はカールという名前のデンマーク王族であった。
しかし長らくスウェーデンと連合国の関係にあったノルウェーが独立、王制を採用することが決まり、カールがノルウェー王に指名される。
ノルウェー国民がデンマーク生まれの自分を受け入れてくれるのだろうか─カールは悩みつつも、ホーコンというノルウェー風の名前に改名し、妻と一人息子を連れてノルウェーへ行くことを決意した。
"Alt for Norge"は、元々その際の決意表明として使われた言葉であった。
◇
カール改めホーコン7世として即位してから幾星霜。
ノルウェーに来た時には片手に抱っこされていた一人息子も結婚して、後継者となる男の子の孫も生まれた。
ナチスドイツの侵攻を受けたのは、その孫がわずか3歳の時であった─。
◇
降伏を迫るナチスドイツに対し、ホーコン7世はそれを拒否、話し合いによる解決法を模索した。
しかしドイツはそんな要求聞いてられるかとばかりに軍隊を差し向ける。
ホーコン7世は、宮殿を捨てて逃げるしかなかった。
◇
映画では、こんなシーンが挟まれる。
逃げる道中、国王は銃を携えた少年兵に出会い
'Alt for kongen, Deres Magesyet.'
(全ては国王のために、陛下)
と声をかけられる。
これに対し、ホーコン7世は"いや違う"として
'Alt for Norge.'
(全てはNorgeのために、だ)
と返した。
◇
さてこのシーン、日本語字幕では
「全ては祖国のために」
と訳されている。
私は初め、この翻訳はおかしいのではないかと思った。
ホーコン7世の祖国はデンマークのはず。Norgeノルウェーは彼の祖国じゃないでしょ?と。
しかし立ち止まって考えると、国王の行動はノルウェーを自身の祖国と考えているからこそのものだと思い当たった。
◇
本来なら、
「わしデンマーク人だもんね、ノルウェーのことなんかどうでも良いもんね」
と早々に白旗をあげてもおかしくない状況。
(私なら間違いなくそうする)
にも関わらず、ホーコン7世はそうしなかった。
35年前 自分を選んでくれたノルウェー国民と、最後まで共にあろうとしたのだ。
王としてではなく、いちノルウェー国民として。
◇
このシーン自体はフィクションだと思うのだが(※ただし少年兵は、同名のフレドリク・セーベルFrederik Seebergという 実在した人物をモデルにしている)、'Alt for Norge’は「自分も含め、みんなで祖国ノルウェーのために戦おう」というホーコン7世が実際に持っていた思いを表現したのだろう。
そう考えると、Norgeをノルウェーではなく祖国と訳した理由が腑に落ちた。
◇
さて「全ては祖国のために」を信念としたホーコン7世、最後まで祖国ノルウェーをドイツに明け渡すことを拒否した。
それでも内閣が望むなら、自分は退位しても良いとさえ言った。
結局内閣は、ドイツに屈するよりも国王を支持することを選ぶ。
そして国王はイギリスに亡命。亡命先からラジオ演説によって国民を鼓舞し続けた。
◇
やがてドイツは降伏、ホーコン7世はノルウェーに帰れることになる。
帰国に先立ち、アメリカに亡命していた孫との再会を果たし 互いの無事を喜び合った。
なおこの孫とは、現在のノルウェー国王ハーラル5世である。
そして映画のラストはこう締めくくられる。
"現国王ハーラル5世は父や祖父の信念を受け継いでいる。
Alt for Norge (全ては祖国のために)─"
◇
ハーラル5世は、今年2月に87歳の誕生日を迎えた。
1月半ばに 隣国デンマーク女王が生前退位した事に伴い、彼の去就にも注目が集まったが
「私は議会で即位の宣誓を行った。それは一生続くものだ」
として、今でも杖をつきながら公の場に出続けている。(時事通信ニュース より)
不屈のDNAも祖父譲りだろうか。
◇
最後に、ホーコン7世が1945年5月にドイツの降伏を受けて行った演説を紹介する。
半世紀以上経った今でも戦争は相変わらず無くならないが、彼の言葉をなぞりながら、せめて祖国という言葉の意味を考えたいと思う。
見出し画像: Nasjonalbiblioteket on flckr
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