過酷未来のマナー講師-皆殺し編-《第49話後編:Manners of Apocalypse》
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1
「主任……いえ、サダオ・ウミノ。貴方が都市に叛逆を行ったのは非常に残念です。せめて私の散弾で、貴方に最期のマナー指導をさせていただきたいところです」
俺はシエの散弾に四肢を撃ち抜かれ、高級なカーペットの床を舐めていた。撃たれた場所は猛烈に痛むが、それでもモルヒネのおかげで、意識だけは飛ばなかった。銃口は相変わらず俺に向けられている。
「そうか……で、撃たないのか?」
「今すぐにでも撃ちたいところですが、恐れ多くも豊臣・ドミナント・秀吉さまから直々に尋問を行い、適切な法の手続きにのっとり、適切に裁かれる事を所望されています。都市の公平な扱いに深く感謝しなさい、反逆者」
彼女は冷たく言い放つ。仕事熱心で、一言多い所は相変わらずだ。
「そう……か……」
シエは俺の身体を持ち上げると、会議室の椅子のひとつに座らせ、目の前の会議用ディスプレイを点灯させた。
『OSAKA Operating System ONLINE』
目の前に文字列が流れてくる。俺を椅子にセットしたシエは会議室の中央にある席、すなわち代表支配者である豊臣・ドミナント・秀吉の座る席の前のキーボードを操作しながら、携帯デバイスでどこかに連絡をとっていた。俺はというと、四肢を動かす力さえなく、ただ痛みと異様に良い座り心地の椅子の感触を感じていた。
「偉大なる都市指導者、豊臣・ドミナント・秀吉さま。研修公社《マナー講師》のシエ・ネモキです。卑しくも研修公社のマナー講師でありながら都市に対する反逆行為に手を染めたサダオ・ウミノを確保しました。ご指導いただいた通り、四肢は撃ち抜きましたが、生命には異常はありません」
暫くすると、俺の前のディスプレイが自動でテレビ通話システムを起動させ始め、カメラに赤いランプが点灯した。ディスプレイ中央部に、研修用ビデオなどで何度も見た【永世知事】【超国家指導者】【日輪の皇子】の顔が映る。
背景は随分と豪勢なリビングだった。背後には天然物の酒、旧世代の物も含め、壁に並べられている。なるほど、【エグゼクティブ】は良い暮らしをしているのだと改めて感じた。
思っていたよりも少々痩せているかもしれない。ツーブロックの髪が思ったよりボリュームが無い。研修用画像はCGで補正でもされていたのだろうか。そんな取り留めのない事を思っていると、ディスプレイ内の男が口を開いた。
「これより指導者が直々に尋問をしたる。聞かれた事だけ答ええ。それ以外は口を利くんやないど、この叛逆者め」
「へいへい……」
俺は何とか空返事を返すのがやっとだった。シエが銃をこちらに向けて、命令に従えのハンドサインを送る。何処までも忠実な部下だと感心した。
「まあ、ええわ。これから貴様はたっぷり拷問と、残虐な公開処刑が待っとるんや。産まれてきたことを後悔せたる。だがその前に一つ聞かせろや。何故マナー講師である貴様が都市を裏切ったんや?」
ため息をひとつつく。豊臣・ドミナント・秀吉の怒鳴り声が銃創にしみて、酷く痛む。だが、それでも力を振り絞って答えた。
「……信じてください。私は都市を裏切ってなどいない」
「はっ」
何を言うのかという顔だ。最高指導者は天然蒸留酒を飲み、オーガニック葉巻をくわえた。
「この期に及んで命乞いでもするんか?」
「……違います」
俺は緩やかに、否定した。最高指導者はまた蒸留酒を一口、口に含んだ。
「証拠は全てあがっているんやぞ」
「……ええ、そうでしょう」
目線だけ動かしてシエの方をチラリとみる。そして息をゆっくり吸い込み、意を決して答えた。
「裏切ったのは貴方達だ。私はこの都市がもうダメだと、全ての市民を済度したいと思ったまでです」
最高指導者が首をかしげた。
「狂うたんか?なるほど、狂ったピースは交換せんとあか……なんや!?」
チュドォーン!!!
その瞬間、巨大な爆発音が起き、都市全体が激しく揺れた。
「な、なんや。何をしたんや?!」
サイレンが鳴る。アラームが鳴る。俺は満面の笑みを作り、答えてやった。
「……ええ」
息を飲む。
「私の同盟者が都市地下に存在し街全体の電力を供給する巨大核融合炉を暴走させたのでしょう。今頃、彼は笑顔で蒸発していると思います。もはやダメになった都市を救うには、全てを無に帰するしかありますまい」
「アホぬかせ!!!」
最高指導者の激高は最高にいい気分にさせてくれた。
「巨大核融合炉の隔壁は、『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』のわしの机からしか開けられへんはずや!!!」
「ええ、そうですね。ですので、今、彼女が開けてくれました」
ドミナントの顔色が一瞬にして青ざめる。
「裏切っとったんかアのアマ!!!!!!!!!!!!!!」
「ええ、そうです。人たらしで名高い『豊臣秀吉』の名を名乗る割に、人望はありませんでしたね、最高指導者閣下」
絶叫が響き渡る。何とも心地いい。
「うるさいわドアホ!!というかお前は、アレか?!お前の世直しのためだけに『都市全員』を殺すつもりなんか?!アホかお前は!!」
「そういう事です……ようやくおわかりいただけたようで何より」
顔がにやける。今はまだ引き締めなければ、と思うものの、止められない。
「じゃあ、あと数分ほど。最期の時までアンタの顔を眺めているのも嫌なので、これで失礼します。ではジゴクで、また」
俺がそういうとディスプレイの画像が消えた。非常電源のお陰で、中枢だけはいつまでも電力供給が止まらないらしい。第六階層と『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』の扉は、両方から施錠でき、両方開かない事には開かない。あとは安心して、街が蒸発するまでこの椅子の座り心地を堪能できる。
「お疲れ様でした。主任」
俺はなんとか頑張って指を動かし、シエに親指を立て、Good!と合図を送る。
2
ここで時系列は少し遡る。
地下核融合炉前の隔壁で、一人の怪人物がその時を待っていた。そして、突如目の前の隔壁が開き、狂喜乱舞していた。
「ヒャッハァァァァ!!!!あの男、本当にやってくれたゼ!流石はこのミスター・ビリケンの見込んだだけの男だゼ!」
一通り歓声を上げた後、急いで核融合炉の工作に取り掛かった。旧式のものだ、ミスター・ビリケンの手にかかれば事前の準備とほんの数分の現地作業で『規格外の水爆』(ツァーリ・ボンバ)に変えられる。
「グッバイ、腐れ都市大阪!グッバイ、最高の友!グッバイ、ミスター・ウミノ!ジゴクで逢おうぜベイビー!」
熱と衝撃と放射線の押し寄せる中で、消滅の瞬間、【消えた筈の男】男は叫んだ。
3
暴動中の街は突然の停電に、続いて街全体の振動に、そして崩壊に襲われた。何も知らないゲリラ戦闘員達も、残存していた都市の治安維持部隊も、そして暴動に怯えていた無関係な市民達も全員が未知の恐怖に叫んだ。分断されていたこの街が、ようやく『一つの大阪』になろうとしていた。あらゆるボルテージが上昇していき、その瞬間を……すなわち地面が、建物が、生命が、全てが吹き飛ぶその時を迎えようとしていた。
《マナー講座》マナーなくして人類生存圏たる都市大阪はありません。人類生存圏たる都市大阪なくしてマナーはありません。
4
『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』で、俺は一息ついていた。まだ全身が痛むが、それでも声をかけねばならない。
「終わった……終わったな。全てが。シエ、ありがとう。そして、すまない。最期まで俺のバカげた話につきあってくれて」
「いいえ、完璧な演技だったでしょう?私もだいぶ腕を上げたと思いませんか?」
「ああ」
シエがゆっくりとこちらにやってきた。机越しに、俺を見下ろしている。切れ長の美しい瞳は何を考えているのだろう?
「相変わらず綺麗だ。前から思ってたんだ。いい女だってな……」
「本当に?ワコよりも?」
「ああ……いや、それはどうかなあ?……うーん……」
「相変わらず正直ですね、主任は。知ってました?ワコも私も、主任のこと、ちょっと好きだったんですよ」
「へえ、それは凄いな。全然気が付かなかった。そいつは僥倖……」
そこまで言いかけて、シエに唇をふさがれた。そしてゆっくりと背中に手を回された。
カチリ。
何かの金具を止める音が聴こえる。
何かに締め付けられる感触がする。
チクリ、と何かに刺された感じがする。
「おい……何をした?」
胴体が動かない。
「痛み止め・化膿止め・出血止めその他の医療用ナノマシン配合緊急用アンプルを刺して、拘束用ベルトを止めただけですよ」
「な、なに?」
「私が死ぬのは構いません。街が消えるのも主任が望むのなら構いません。でも、貴方がここで死ぬのは絶対に許さない」
聞いたことがある。『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』は会議室であり、処刑室であると。ケジメを取るべき幹部を窓際の席に座らせ、最高指導者の一存で席ごとロケットで高度300mの空へ放出装置があると。
「なるほど、シエ……都市ごと無理心中を図るような奴は自分の手で始末したいと……そういうのか」
シエは秀吉の席のコンソールの前に立ち、こちらを振り向くと、にこりと笑った。
「いいえ」
彼女は微笑む。
「その席は射出方向が大阪湾に向いています。運が良ければ、爆発から逃げられるかもしれない」
「俺を生かそうとするつもりか?!やめろ、シエ」
「ダメです。だって、貴方は私の家族のようなものでしたから。私のわがままであり、貴方の計画に加担した報酬です」
「やめろ……やめろ!!!」
「どうか、生きてください。私の事を覚えていてください。貴方にあえて良かった」
僅かにコンソールの上の指が動く。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
俺は絶叫したまま、窓を突き破り、空へと放出された。遠くに、『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』からこちらを見ているシエが見える。その瞬間、彼女の姿は爆炎に消えた。
「うわぁああああああああああああああああ!!!!」
発狂しそうだ。凄い勢いで落下し、やがて水面に激突する衝撃が来た。椅子の拘束は取れない。俺は静かに水底に向かって沈み始めた。
ぶくぶく……
息ができない。苦しい。
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!
鼓膜が破れるような爆発音が聞こえる。ついに都市が核融合に包まれたようだ。だがその喧騒からも切り離され、こんなところで1人死ぬのか……ああ、だが狂った殺戮者への罰としては妥当なところだ。
ぶくぶく……
意識を失う瞬間、青白い何かがこちらに向かってくるのが見えた。大阪湾に住む遺伝子改造バイオ・ホオジロザメだろうか、それとも伝承にある罪人をジゴクに迎えに来た死神だろうか。
俺は意識を失いつつあった。
『それ』は俺を物凄い力で掴んで、どこかに引っ張っていく感覚があった。俺の記憶は、そこで終わった。
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