ショートショート(掛ける)
掛ければどんなものでもゼロにしてしまうという魔法のドレッシング、その名も(0)をネット通販で手に入れた。
「かけ算で0を掛ければどんなものでもゼロになる原理をドレッシングに応用しました…」
ドレッシングを(掛ける)と掛け算の(☓)を掛けた駄洒落。
私は説明書きを読みながら、眉唾感半端ないそのボトルをマジマジと見つめた。
とにかく、ものは試しと、私はその日食べる予定だった白米2合にドレッシングを掛けてみた。
大飯食らいの私には2合の米は1食分なのだが、果たしてカロリーはゼロになるのか…。
「凄い!本当にゼロだ!」
食後、早速体重計になった私は、体重の増減がゼロになったことに歓喜した。
どうやらネットのレビューは本物のようである。
「でも、食べ物以外に掛けたらどうなるんだりう?」
私は試しに目の前のテーブルの上にドレッシングを掛けてみた。
ドレッシングは無色透明であり、一見すると水のようだけど、独特な粘り気があった。
「消えた!」
何とその独特な粘り気が台に到達した途端、さっきまで目の前にあったテーブルが跡形も無く消えてしまったのだ。
まるで手品のような光景に、私の目は暫く点になっていた。
「…まてよ、もし、これを人に掛けたら」
恐ろしい想像が頭を過る。
私は怖くなって、頭を振って忘れようとしたが、振った視線の先に恐ろしいものが見えた。
「ゴキブリ!」
私は驚きのあまり声が裏返ってしまった。
大飯食らいの巨漢の癖に、ゴキブリが大の苦手な私。
パニックになりながらも野放しには出来ないと、必死で手近にあった空き箱をゴキブリの上に被せたのであった。
「しまった!このドレッシングを掛ければ良かったんだ」
今になって自分の行動を悔やむ。
箱の中からカサカサと、奴が這いずり回る音が聴こえてくる。
今の私に、この箱を開けて暴れまわるゴキブリに、ドレッシングを掛ける勇気はとてもない。
しかし、この中にいる以上、いつか奴を始末しなくてはいけない時が来る。
一体どうしたらいいのだろうか…。
「掛けるんじゃなくて加えてみようか」
私は箱の上にそっと、ドレッシングをボトルのまま置いて加えてみた。
直接掛けられなくても、こうしてボトルを置けば、ひょっとすれば効果があるかもしれない。
「もう1本置いてみるか」
私はこのドレッシングを2本セットで購入していた。
もう1本も箱の上に置く。
2本の「0」と書かれたドレッシングが箱の上で並んだ。
「待てよ…。ドレッシングの加えただけじゃ意味がないぞ。足し算のことを加法と言うから、この場合、ゴキブリ一匹に0を足すということになる」
1に0を足しても1のままだ。
つまり、ゴキブリには何の変化も無いということになる。
「何だよ、意味ないじゃん…」
期待外れに終わった結果に私はため息をつく。
その時だった。
奴のカサカサという音が、急に大きく激しくなったのである。
その音はどんどん増していき、ついには箱の上のドレッシングもカタカタと揺れ始めた。
「ま、まさか…。0が加わったってそっちの意味なんじゃ…」
1に0が加わる。それはすなわち、1の後に0が加わるということ。しかもドレッシングは2本…。
100。
私は奴が、奴らになって加わったと確信した途端、さっきまでドレッシングを掛けて楽しんでいたその顔から、一気に血の気が(引いて)いった…。