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36.狭い運河に巨大トラスー横浜市中区の霞橋


新山下運河に架かる「霞橋かすみばし

 横浜市中区の新山下しんやました運河に架かる霞橋かすみばしは、下路式プラットトラス橋である。 橋長:32.96m、幅員:6m(車道:4m、片側歩道:2m)、高さ:9.36mの道路橋である。

 プラットトラス構造とは、斜材が中央に向かって下向きに配されているトラス構造のことで、斜材が主として引張力を受け、短い垂直材は圧縮力を受ける美しい対称形の橋である。

写真1 新山下運河に架かる白い「霞橋」

 幅30mたらずの小さな運河には単純桁橋の多い中で、なぜ、10mほどの背の高いプラットトラス橋が架けられているのか?

 この疑問に対する答えは、橋のたもとの説明板に「旧江ヶ崎跨線こせん」、さらに歴史をさかのぼると「旧隅田川橋梁」であったことが記されている。橋門構の脇には、江ヶ崎跨線橋から運ばれてきた支承ししょうが1基設置されており、青空博物館の様相を呈している。支承とは、橋台と主桁の間に設置された橋を支える部品である。

写真2 橋門構も重厚な「霞橋」と、右下に設置された可動支承

隅田川橋梁から江ヶ崎跨線橋への歴史

 1896年(明治29年)、日本鉄道土浦線(現在の常磐線)の「隅田川橋梁」が建設された。 当 時、複線軌道のプラットトラス橋の建設 は国内初となるため、海外に設計が公募された。設計・製作は英国の鉄鋼関連企業である Andrew Handyside and Company(ハンディサイド)と伝えられている。

 「隅田川橋梁」は複線軌道のプラットトラス橋Iアイ桁を使う鈑桁橋ばんげたきょうを並べた複合橋で、全長:約475mもあった。長さ:60.96m(200フィート) のトラス2連と、約18.29m(60フィート) の鈑桁(桁橋)19連で構成されていた。

 1928年(昭和3年)、常磐線を走る機関車の荷重増加により、隅田川橋梁は架け替えが決まり、旧橋は撤去された。
 1929年(昭和4年)、撤去されたプラットトラス2連は、新鶴見操車場の開業で分断される横浜市新鶴見・江ヶ崎地区と川崎市幸区鹿島田・小倉地区を結ぶ「江ヶ崎跨線橋こせんきょうに転用された。

 江ヶ崎跨線橋は全長:178mで、隅田川橋梁のトラス2連と、1985年(明治28年)建設の東北本線の荒川橋梁で使われていた長さ:30.48m(100フィート)の橋門構のないポニーワレントラス橋1連と桁橋1連が組み合わされた。

 1984年(昭和59年)新鶴見操車場が廃止された後も、江ヶ崎跨線橋は引き続き利用されたが、2005年(平成17年)に老朽化や幅員不足のため跨線橋としての幕を閉じ、2009年(平成21年)に撤去された。

横浜市中区「霞橋」への架け替えの歴史

 一方、1964年(昭和39年)、横浜市中区の新山下しんやました運河に架けられた霞橋かすみばし(幅員:4m)は単純桁橋であり、1976年(昭和51年)に歩道が追設され幅員:5.5mに拡張された。

 しかし、2008~2009年(平成20~21年)度の調査で腐食が確認され、横浜市が総事業費5億円で架け替ることが決まり、江ヶ崎跨線橋の一部が活用されることになった。

 2013年(平成25年3月)、旧江ヶ崎跨線橋の様式や部材をできるだけ残すリ・デザインが行われ、霞橋は200フィートのプラット・トラス2連の傷みの少ない部分を切り出して半分の長さで再生された。
 2014年(平成26年6月)、霞橋は土木学会田中賞を受賞した。これまで受賞した橋の中では最も短い橋であった。

図1 土木学会田中賞を受賞した横浜市中区の「霞橋」 出典:横浜市

モニュメントとして「リ・デザイン」された霞橋

 解体された旧江ヶ崎跨線橋の部材調査が行われた結果、刻印からスコットランドのDalzell Steel and Iron Works(ダルゼル)製の鋼材であることが判明した。設計・製作を請け負ったAndrew Handyside and Company(ハンディサイド)がプラットトラスに加工したのである。

 上・下弦材、斜材の強度試験が行われ、JIS規格「一般構造用圧延鋼材:JIS G 3101」のSS400に匹敵する強度が確認された。そこで、現在の構造設計基準に合致するよう、幅員は変更せずに橋長を半分に短縮して「霞橋」は架け替えられた。ただし、床組みとトラス上部の横材は新たに製作された。

 また、鋼材 の結合にはリベット結合が採用されていたが、「霞橋」への架け替えでは高力ボルト結合が採用され、当時のリベット 結合との違いが分かるようにデザインの工夫が行われた。

 さらに、展示されている旧隅田川橋梁から旧江ヶ崎 跨線橋まで114年間使われ続けた鋳鉄製の可動支承は、現在は一般に使われない欠円型ローラー 部が転がり稼働する珍しい形式である。解体修理後に健全性を確認して再利用され、明治時代の 橋梁塗装であるとび色が再現された 。

写真3 114年間使われた可動支承と、新たに導入されたボルト結合部

 構造的な特徴であるT型の下弦材と、橋中央部のX型斜材と下弦材の4カ所にある架橋誤差吸収用のコッターピン(くさび)格点構造などは、そのまま利用されている。


 

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